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見つけた

 ※「一時停止」から副題変更、本文追加したものです

 音もなく着地したエイスとは違い、タクミは無様に舌を噛んだ。当たり前だ、心の準備をする暇さえなかったのだ。

 痺れる痛みに顔をしかめる。どうせならこういうときこそ痛覚を遮断してくれればいいのに。そう思いながら、エイスを睨め付けた。

 しかし文句を言う前に、上にいた連中の仲間と思しき輩たち三人が前方に立ちふさがった。

(下にもいたのかよ……)

 ぐずぐずしていたら、上にいた連中が合流してしまう。ここは強行突破だろう。エイスもそれくらいは分かるはずだ。

「エイス」

 急かすというより、確認のつもりでタクミは声を掛けた。しかしエイスは黙っている。

「おい、エイス」

 タクミは焦った。当然何かしらの反応があると思っていたから、エイスが何も返さないなど想定外だ。

 エイスの頭越し、それまでおとなしかったユウマが降ろせと暴れだした。一度体験したタクミにはその行為がどれだけ無駄かよく知っている。それに今はそんな状況ではないだろうに。

「ユウマ――」

 落ちつけと、呼びかけかけた目の前でユウマの身体が軌跡を描いた。

(……おい)

 嘘だろう。

 立ちふさがる三人の視線がそれたのをいいことに、エイスは走り出した。

 ……ふざけるなよ。

 タクミは大いに困惑していた。ひいた血の気が、さがるまでさがって、一気に跳ね上がる。ユウマでなくともこの状況で、大人しくなんてしていられるものか。

「!」

 タクミは身をよじり、エイスの腕を、肩を殴る。

「止まれよ、ユウマが――」

 連呼する視界の端、赤い光がユウマに突き刺さるのを見た。

「――っ」

 タクミは目を閉じた。瞼の裏、残光がちらつく。

 差し出された贄が消されるのは自然の流れだろう。

 だけど捧げたのは誰だ。

(なんで? どうして?)

 囲まれたわけではないのだから、意表を突いて突破することも出来ただろうに。いや、エイスは確かに彼らの意表を突いた。ただその手段が、タクミには信じられない手だったわけで。

 エイスにとってはこれが最善だったのだ。

(ふざけんな……っ)

 けれどタクミたちを守るのが務めではなかったのか。

「……っこの、やろうっ!」

 力ませに殴りつけたら、思いの外効いたのか、エイスがバランスを崩した。

「……っ」

 好機だと、タクミは身をよじる。腕の拘束が緩み、身体が肩を滑る。咄嗟に腕を交差させて、頭と顔を覆う。

 落下の衝撃にともなう例の不快感に奥歯を噛んで堪える。「くそ……」毒づいてタクミは素早く立ち上がった。ここがどこなのか、周囲に人がいるかどうか気を回す余裕はなく、というより考えに至らなかった。

「おまえなに考えてんだよ!」

「なにって、なに?」

「――っ」

 気付いたら手が出ていた。

 だがそれが当たることはなかった。腹が立つことに、そんな衝動的な行為もエイスにとっては避けるに容易いものらしい。

「避けるなよ!」

「避けるよ。痛いの嫌だもの。あー、びっくりした」

「びっくりしたのはこっちだ! なんでユウマを見捨てた? ネネだって……おまえがちゃんとあいつらに気付いてたら消されなかっただろうに……っ」

「そんなこと言われても……分からなかったんだもん」

「もん……?」

「たぶん魔法の派生技なんだ、消す対象を気配とかまで反映出来るようになったんだ、だからボクにも分からなかった」

「そうかよ……じゃあ、ユウマはどうなんだ。重いから捨てたとかいうんじゃないだろうな」

「……そうだって言ったら?」

 エイスの顔から笑みが消えた。

「……おまえ、」

 タクミは息を呑んだ。つかみ所のない存在が、得体のしれない存在へと変貌した瞬間だった。

「だってあの子、ボクのこと邪険にするし。もういいかなって思ったんだ。君さえ守れたら」

 恐ろしい告白だった。

 脈打つこめかみの勢いにともなって、指先が温度を失っていくのが分かる。

「……俺だけ守れたらいいって……?」

「そうだよ」

「なんでだよ」

「分からないよ! 身体が動いてた。ユウマからエイスの話を聞いたときはよく分からなかったけど、でもきっとそういうことなんだよ」

「わかんねえよ!」

「わかってよ!」

 エイスは子供のように地団駄を踏んで叫んだ。自分の中にあるものが自分でも分かっていないことへの苛立ちがそこにあった。

 その姿にタクミの戸惑いは膨らむばかりだ。

 このエイスはなんだ、まるで違う。今までのタクミが見てきたエイスとは別の存在だ。

 より利己的で独善的。

(なんだよ……まるで人間みたいじゃないか……)

 いつからそうだった? 自分が見ようとしなかっただけで変調は以前からあったのではないか。

「――おーい!」

 どこからか人を探して呼ばわる声が遠く聞こえてきた。

 タクミに別の緊張感が走る。逃げおおせたわけでもないのに、往来で口論していたのだ。人が駆けつけてもおかしくない。

「おーい、フジくーん!」

 警戒心を取り戻しかけた矢先、聞こえた呼称に耳を疑う。

(ユヅルか?)

 最後にあったときの光景が浮かぶ。彼はあの時、リサの隣にいた。どうして一緒だったかはわからないが、ユヅルのおかげであの場は逃げ出すきっかけを掴めたわけで。

(でもリサの隣にいたって事は、こっち側じゃあないんだよな)

 それともネネのような状態だったのか。

 どちらにせよ、名を呼ばれているということは探されていると思って間違いないだろう。かといってここだよと手を振って自分から出ていくには躊躇う。何らかの見当をつけて、狙い撃ちしようとしているのかもしれない。ユヅルならばそれもあり得ると思えてしまう。

 冷静になれと、タクミは息を吸った。辺りを見渡して物陰に隠れる。当然のようにエイスが後ろをくっついてきたがここは無視した。

 もう一度、息を吸う。届くだろうか。

「ここだ!」

 ためしに叫んだ。ひょっとしたら別の人間が釣れるかも知れないが、それでも試さずにはいられなかった。

 やがて慌てたように走ってくる姿をタクミは物陰から認めた。

「フジくーん? どこー?」

 他にも何やらぶつぶつ言っているが、距離があるのでタクミには聞き取れない。

 ユヅルだ。見知った姿に安堵して出ていきかけたタクミの腕をエイスが掴んだ。振りほどこうと振り返って、タクミは言葉に詰まった。

 エイスはタクミを見てはいなかった。

 能面のように表情の消えた顔で、唇だけが動く。


「――見つけた」



 エイス? 問いかけたはずなのにそれは音にならなかった。口をぱくぱく開閉させて、ふと当たり前で気にしたこともない生活音、環境音が全くしないことに気付く。

 自分の脈拍、呼吸の音ですら感じられない。

 遅まきながらタクミが周囲から音が消えていると気付いた時にはもう、辺りが色あせ始めていた。

 影が消え、味気ない灰色が色彩を塗り潰す。

 逃げだそうにもタクミは全く自分の身体を動かせなかった。助けを求めようにも声が出ない。動揺する間にも足先から灰色が這い上がってくる。

 動けないのは何もタクミに限ったことではなかった。

 エイスもユヅルも同じように直立のまま、灰色に塗り潰されていく。

 これは局所限定的な現象か、それとも世界規模なのだろうか。恐れおののくタクミの心を置き去りに、侵蝕は瞬く間に進んだ。

 灰色に溺れる。

 縋る手もなく、ただ現実を見せつけられる。

 やがてどこからともなく、ほのかに明るい線が伸びてきた。

 それは髪の毛よりも細く、かつ等間隔で垂直水平両方向からやってきて、全てを囲う模様となった。

 タクミの肌も髪も服もみな格子柄。

 エイスも、ユヅルも、地面も空も、建物も。みんなのっぺら灰色格子柄の置物で。

 そして明かりを落としたように灰色が消えた。

 輪郭と格子状だけが残る。

 どこかでみたことがあるぞと、タクミは思った。

(あれだ、ゲームとかの制作画面ですってやつとかだ)

 エイスの説明が真実味を増してきた。今更ながら、本当だったのだと実感する。したからといって、何も変わらないし、何も出来ないというのに。

 これから自分はどうなってしまうんだろう。

 エイスは何を見つけたのだろう。

(方向は……ユヅルだったよな)

 とりとめない思考を続けていると、唐突に身体に色が戻ってきた。

(?)

 しかし色がついたのはタクミとユヅルだけ。

「やっと、見つけましたよ」

 労を重ねた重みのある、自分のものではない自分の声をタクミは聞いた。







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