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誰だって、仮面をつけて生きている。  作者: Mina
一章 ミステリー研究会へようこそ
9/9

メレンゲ菓子と、それぞれの日常

前の投稿から随分と間が開いてしまいました……。

自分で作ったハードルに負けないように頑張ります。

「桔梗坊ちゃん、少しご入浴がいつもより長いようですが、どうかされましたか?」

 ガラス戸越しに吉乃さん声が聞こえた。

 あれ……?

 そんなに長いこと入っていたのか。

 考え事をしていたから、時間の感覚が分からなかった。

 いつまで経っても出てこないから、吉乃さんに心配させてしまった様だ。

「ありがとう吉乃さん。何ともないよ、もう上がるところだから」

「そうでございますか……。それではお食事の支度をして、待っておりますね」

 ほっとした様な声で頷いて、吉乃さんは戻っていった。

 過保護と思われるかも知れないけど、でもそんな風に心配してくれる事が、凄く嬉しいと思うのだ。



「今日もすごく美味しそうだ。ありがとう吉乃さん」

 風呂から上がって食卓に着くと、直ぐに夕食が運ばれて来る。

 温かい湯気と共に、美味そうな良い匂いが食欲をそそる。

 豆腐とワカメの味噌汁に鯖の味噌煮と、ジャガイモの煮ころがし。そこにきゅうりの浅漬けという、最高の組み合わせだ。

「では、いただきます」

「はい。ごゆっくり召し上がって下さい」

 掌を胸の前で合わせて目を瞑り、一礼してから箸をとる。これは幼い頃から吉乃さんに教え込まれているので、もう癖になっている。

 まずは、温かいうちに味噌汁から……。


 ……はぁ。

 吉乃さんの造る食事は本当に美味しい。

 最後にきゅうりの浅漬けを口に入れて、その食感を楽しんでから箸を置く。

「ごちそう様でした」

 また同じように掌を合わせて、目を閉じる。

 食事とは、別の命を自分の身体に吸収して力に変えるものだから、食材の一つ一つに感謝しなければならない。

 だから米粒一つも残さないのが花屋敷家の家訓の一つだ。

「はい。お粗末様でした」

 食事中は一定の間隔を置いて下がっている吉乃さんは、空になった器を見て嬉しそうに食器を片付け、食後の紅茶と一緒に添えられたデザート皿を見て、心臓が大きく脈打った……。

 薄水色のガラス製の器に、微かに輝る白くて丸い一口大の物が一つ。

 今直ぐそれに、むしゃぶりつきたい気持ちと、そうしたくない感情とが胸の奥でぐるぐると渦を巻く。

 ……自分がどうしたいのか分からないまま、感情だけが昂ぶって涙が溢れてくる。

「坊ちゃん…。これはお薬でございます。それに一度テーブルに出された物を下げる事は出来ません」

「吉乃…さ」

 食べたいけど、食べたくない。

 縋る様に彼女を見ると、いつもの穏やかな表情からは想像も付かない様な厳しい眼をしていた。

「そんなお顔をされても駄目でございます。坊ちゃんの為なら、吉乃は心を鬼にします」

 分かってる。これは俺の為の食事で薬なんだと。

 仕事が忙しい事もあるが、家事全般の一切が破壊的に不器用な母親が、唯一俺に与えられる食べ物だという事も。

 だけど出来る事なら避けて通りたい物でもある。

「でも…昨日食べたので…毎日摂らなくても…良いかと」

 最後の抵抗を試みたのが仇になった様だ。更に吉乃さんの表情が怖くなってしまった。

「昨日、召し上がられたのでございますか?」

「……はい……」

「どちらで、でございますか?」

「だ……大学で?……」

「いつも嫌がられるのに、珍しい事もあるものですね?」

「うっ……発作的に?……。あと、状況的にも仕方なく」

「何ということ……。人前で発作が出るなどとは情けない……。吉乃の力が足りないばかりに……」

 俺の語尾は段々と小さくなって行き、吉乃さんは力無い溜息をついて、ハンカチで目尻を押さえる振りをした。

「私も坊ちゃんには少々甘うございました。これからは、お部屋で召し上がるからと言って包む事は致しません!ちゃんとお口に入れられたのかを、見届けさせて頂きます」

 藪を突いて出てきた蛇は、とんでもない猛毒を持っていた様だった。

 これから当分はこの薬から逃げられくなってしまった。

 本当の所は大好物なのだ。けれど、それは麻薬の様に一口食べれば、もっともっと欲しくなる。気分も昂ぶり続けて自分を保てなくなりそうで、怖い。

 でも食べないと発作が出るという、最悪な身体だ。

「吉乃さんの所為ではないよ。ごめんなさい」

 微かに震える指先で摘んだ物はとても軽く、メレンゲ菓子の様だ。それを一気にほお張り、味わう間も無く紅茶で流し込む……途端に体中が熱くなり凄く良い気持ちになった。

 さっきまで悩んでいたのが馬鹿らしい。さっさと口に入れれば良いのに本当に馬鹿だな俺は。

 いつも下らない事で時間を無駄にする。

 後悔するのは俺なのに。

 そうだな…気分が良い間に、切り裂き魔について調べ物でもするか。

 ド変態野郎の顔でも想像しながら、部屋に隠したアレを食べよう。

「吉乃さん。夕食はとても美味しかったです。部屋に戻ります」

 そう言って足早に去って行く俺の背中に、吉乃さんは「桔梗坊ちゃん……」と寂しそうな声で呟いた。

 胸の奥がチクリと痛んだが、聞こえなかった事にして部屋を出た。




 ****************************************




(箸休め)それぞれの夜



 新井 夢姫は、いよいよ始まる事件の研究と言う名の捜査に胸を高鳴らせていた。

 夕食時に花屋敷 桔梗の話題に振れた時の、兄の慌てぶりには中々の手ごたえを感じた。

 反対される前の先制攻撃は成功と言えるだろう。

(今度こそ、あの人に会えるかな?)

 窓を開けて夜風で熱を冷まそうとしたが、真夏の夜は暑かった……。

 その為、直ぐに窓を閉めたので、街を覆い始めた霧に夢姫は気付くことは無かった。



 二木 英則は脱衣所で服を脱ぎながら、恐る恐る夕方の新井 夢姫に痛めつけられた大事な部分を確認していた。

 ………ほっとした。

 少々打ち身のダメージは残っているが、それ以上の惨事には至ってはいなかった様子だ。

「覚えととけよ……あの女~。いつかヒィヒィ言わしたるからな!」



 北川 歩はイケメン俳優のポスターに埋め尽くされた部屋で、歯型の付いた半分食べかけの板チョコを見つめていた。

 んふふふふっ……と怪しく笑うその顔は、普段の彼女をとても見せられたものではない。

 ただミステリー研究会のメンバーは、北川 歩と言う一見にして儚げで可愛らしい少女の中身が、そこら辺の変質者が裸足で両手を上げて逃げ出す程のド変態だと言う事は暗黙の了解になっている。

(これはいざと言う時の為に大事にしまっていよう)

 壊れ物を扱う様にそっと銀紙に包み直し、歩と名前を書いて冷蔵庫へと向かった。



 橘 大輔は…………。

 既に夢の中……。





 それぞれが思い思いの日常を過ごし、夜が来てまた当たり前の様に朝を迎える。

 いつ何が起こるか分からないと思いながらも、当然の様に食事をしたり、喧嘩をしたり笑ったり。

 毎日はずっと続いていく……。

 それは疑う事もない当たり前の事。

 いつかは死んでしまうとしても、それはまだ何十年も先の話で、自分にはまだまだ関係の無い事。

 誰もがそう思いながら生きている。いや、そんな事さえも考えてはいないのかもしれない。


 夜霧が段々と濃くなって来ている、繁華街から少し離れた森林公園の噴水前で、メールを打ってる高校生ぐらいのこの少女も、続く日常を当然のものだと思っているその内の一人だ。

 普通に後何時間かすれば、朝が来る。そうしたら制服を着て学校へ行き、授業を受け友達と他愛もない話をして笑う。

 これが彼女の毎日だった。

 完全に霧に包まれた時、自分の明日が無くなるとは考えもしないだろう。

 突然にして、当たり前の毎日が他人の手によって奪われる瞬間、少女は何を思うのだろうか?


 そして最後に見る景色は、自分に微笑みかける…………。


桔梗君は多重人格者ではないのですよ。

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