忘れられてた男
後半の関西弁が少し読みにくいかも?です。
鮮血の惨状も今やすっかりと落ち着き、俺達は何も無かったかの様にお茶を飲んでいた。
当の本人である北川さんは、美味しそうにジャガリコのトマト味をむさぼり食ってるし……。
新井さんは何かそわそわしている。そしてその視線の先に居るのは、あの騒動を終止符につけた乱入打ち止め男だ。
橘 大輔……俺と同じ経済学部の一年で、ここのサークルに入部希望という事だから、こいつも相当の変わり者だろう。
俺はね……何かもう色々面倒になったからの入会だから、決して変わり者ではない……はず。
それにしてもあいつ、橘は無愛想な見た目に似合わず、何ともまろやかなに、尚且つ絶妙な渋みで緑茶の味を引き出している。
只者じゃないな!打ち止め男め。
ああ……本当に美味いな……。
俺はコーヒーや紅茶よりも日本茶が好きだ。だから自然に顔がほころんで来る。
これに大福も加われば、最強だね。
あ……、飲み終わったからお代わり欲しいな……。
さり気なく目線でお代わりを要求してみると、橘は目聡く気づき立ち上がる。
「御代わりが欲しいのか?」
「すみません……橘君はお茶を淹れるのが上手ですね。とても美味しいので……」
橘は湯のみを受け取ると、慣れた手つきで急須に茶葉を入れる。どうすればあんなに味だ出せるのか、その所作をじっくり見ても全く分からなかった。
「熱いから、気をつけろよ」
「ありがとうございます」
子供じゃないんだから、心配はご無用だが……二杯目の湯呑みは確かに熱かった……。
火傷をしない様にと、ふうふうしながら、湯呑みを口元へ持って行こうとした時、何かの視線を感じて顔を上げると。
橘以外のメンバーが、熱に浮かされたような目で俺を見ていた……。
特に新井さんの方は、開いたままの口の端から、一筋の光るものが垂れている。
「……何か……?」
何だ?どうした?俺の顔に何か付いているのか?
それともお茶の飲み方が可笑しいのか?
俺が何かを食べてたり、笑ったりしていると、時々こういう顔する奴がいるが……、凄い気になるから何か言って欲しいんだけど!
「新井さん……」
女の子がはしたないよと、声に出しては言えないので、自分の口の端を指差してみる。
数秒後に、新井さんはハッとして口をごしごしと擦り、北川さんは慌ててジャガリコを数本掴み、大人し気な見た目に似合わずワイルドにかじり付いた。
橘はその光景を只じっと見ている。無表情に見えて、実は頬がピクピクしているのを俺は見た。
北川さんのがツボったようだ。笑いたいなら、笑えば良いのに……。
いや……自分もそうなんだから、他人の事は言えないけどね。
「所でさ、橘君はどうして内のサークルに入る気になったの?」
何事も無かったかの様にして、新井さんが話題を振るが、擦った口の端が赤くなっていて、過去は簡単には消えてくれないようだ。
「ん~、……何となく、面白そうだったから?」
お茶をずずっ~と飲みながら、答えになっていない様な返事をしている。
何となくって何なのさ……。まあどうでも良いけどね。
でも俺と同じ新人なのに、馴染むの早くない?創立メンバーの様な貫禄出てるよ?
「う~む。そうかぁ……」
「まあ、そんな感じで」
「内のサークルは、何ていうか……。名前はミステリー研究会なんだけど……別に推理小説や映画を見たり、話し合ったりする所では無いのだよね」
新井さんは何とも言いにくそうに、言葉を捜しながらな感じで、橘の顔を見たり逸らしたりしている。
活動の内容を話して、橘が興味を無くして、入部を取りやめるかも知れないと思っているのだろう。
「それでね……、何をするのかと言うと……実際に起こっているかなり…危険な事件とか、心霊現象とか、とにかく変わってる物を調べたり考えたりする部なの」
最後の部分は吹っ切れたのか、早口だったね。
「イメージと違った?」
新井さんの説明を黙って聞いていた橘は、無表情なまま持っていた湯呑みを置いた。
静まり返った……いや、北川さんのお菓子を食べる音のみ存在する部屋では、湯呑みを置く軽い音さえもよく響く。
ゆっくりと息を吸い込んで口を開く。
「別に。良いんじゃない?」
淡々とした一言だった……。
さっきの妙な緊張感は何だったんだろう?
「……。では、改めて…ようこそミステリー研究会へ!私が会長の新井 夢姫よ」
「どうも、橘 大輔だ。宜しく頼む」
新井さんが差し出した手を、橘が握る。二人が握手を交わして、良い感じに場が和んで来た頃。
長机を思い切り叩き、その男は勢いよく立ち上がった……。
「お・前・ら、ええ加減にさらせよ!俺の紹介、今か今かてず~と待ってんのに、何もかも終わったみたいに、締めにかかるなや!俺の存在まるっきり忘れとるやないけ!」
こてこての関西弁で一気にまくしたててる彼は、青筋立てて仁王立ちになっている。
「あれ~?二木君の紹介してなかったっけ?ごめんごめん~」
二木の怒りを他所に、ひらひら~と手を振りながら、新井さんが実に軽く謝った。
「何が、ごめんごめん~やねん!」
「だって歩ちゃんの事とか、橘君の入部とかで忙しかったし」
さすが会長、全く怯んでいない。
北川さんは胸の前で手を合わせて無言で謝っている。その隣では橘が新しいお茶を淹れて配っていた……。
「熱いから気をつけろ」
「すみません」
「ありがとうございます……いい香りです……」
お茶を飲みながら見守っていよう。
「そこや!北川が鼻血なんかぶっこくからあかんねん!だいたい、汚れた床やら机やら誰が掃除した思てるんや。後、橘が淹れてるお茶の葉や湯呑みと急須も、全部俺が用意したんや!」
「ごっ…ごめん。体質なの……」
あれだけの量を何回も出しているのか!?今までよく生きてたな……。
「俺は何か?黒子か?コ〇ンに出てくる全身黒い影みたいな奴か?」
「だから、ごめんって~。君の名前は二木 英則君だよ。男前で優秀で私達のすーぱーえーすです」
「棒読みで言うな~よけ業沸くわ!」
「まあ、茶でも飲んで落ち着け。熱いぞ」
ナイス橘!上手く割り込んだな。ここで空気を変えるんだ。
二木もさすがに喉が渇いているのか、受け取ったお茶を勢いよく口に含んだ途端に、勢いよく吹き出した。
「熱いわ!!」
「だから言っただろう。熱いぞ、と」
橘~!余計に怒らせてどうする。
だが舌を火傷したおかげで、喋りにくくなった様なので、結果良かったね。
「もう……ええわ……。でも最後に、花屋敷……」
ええ!俺?指差さないでよ。
「は…い」
「いくら、この学校の儚い系男子上位一位か何か知らんけどやな……ほわほわ~んとしとらんと、もっと喋れ」
「……すみません……」
ほわほわ~ん?
俺って今は、そんな風に見られてるの?儚い系男子か……。
鬼畜ドSから百八十度の大展開だね……。
でも人畜無害の分、今の方が良いかな?
「ちょっと、花屋敷君にまで何言ってるのよ!」
「あ~ん?別に良えやろ、これで許したるんやから」
「誰も許してくれとは言ってないわよ!」
ちょとちょっと、新井さん……俺が謝ればこの場はとりあえず落ち着くんだから。
これ以上は鬱陶しいから、喧嘩を売らないで下さい。
「新井さん……僕は大丈夫ですから、もう止めて下さい……。二木君も……」
どうかな?儚い系らしく庇護欲を強く感じてもらえただろうか?
あの……これ以上はもうさすがに無理なので、静かになって下さいね。
「ううっ!」
「な…何やこの気持ち……」
どうやらそれなりの威力はあったみたいだけど、気持ち悪いから本当はあんまりやりたくはない。
………………。
そうだ、こいつらよりも北川さんだ!
ハッとして彼女の状態を確認したら、橘が上手くフォローしていた様だった。
ホッと一安心。
「それより、当分のお題はこれにせぇへんか?」
半ば無理やりな感じで、二木がパソコンのモニターを指差した。
「えー。何々?」
新井さんに次いでメンバー達が二木を囲む様にモニターを覗き込む。
俺も覗いてみて正直驚いた。
ええ?本当にこれを研究するのか?
でも……このサークル、こんなの話し合って一体何が楽しいんだ?
「今をときめく〝切り裂きジャック〟や」
二木君はこてこての兵庫県民です。
大阪人ではないのでした。
次から少し過激な表現も出てくる予定なので、一応注意です。