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長かった序章もやっとおわりです。

今回はいつもより長めになっていますが、お付き合い下さると嬉しいです。

ううっ……

やばい…やばいって!

花屋敷君!早く来て!

このままだと…私、もう…限界だ……。

ジュースの空き缶を手が白くなるほど握り締め、私はまだ来ぬ彼を待っていた。

もう…早く!

私、今もの凄くトイレに行きたいの~。

極度の緊張と、大量の水分摂取のために私の膀胱は限界に達していたのだ。

ううっ……さすがにコーヒーに紅茶で、お茶とジュースは飲みすぎだ。

トイレ、厠、wc、お花畑~。もうどこでもいいから行きたいのさ!

でもその間に、花屋敷君が来て私が居なかったら、帰ってしまうよね?

今までの苦労が水の泡になちゃうよね?

早く来て~~~。

握る手にさらに力がこもり、鈍い音を立てて缶がへこんだ。


「……遅くなってすみません」

…天使の声が聞こえた気がした…。

テラスの丸テーブルに突っ伏して震えていた私は、声のした方向へとゆっくりと振り向いた。

「なかなか解放してもらえなくて…その…すみません」

約二時間前に私に鬱陶しい発言をした彼は、予想外にソフトな感じで待たせた事を謝ってきたのだ。

視線を握りつぶされているジュースの空き缶へと向けたままで……。

「あっ…これは…」

たぶん、私がイライラして握りつぶしたって思ってるよね。

だけど、そんなことはどうでもいい!

イケメン相手だろうが、構うものか。私は行くぞ。

「ごめん…花屋敷君…」

「?」

「トイレに行ってくるから、ちょっと待ってて……」

「…どうぞ」




さっきの私の顔と声は、普段彼の見慣れている女子のものとは、大きくかけ離れていただろうね…

ちょっと引いてたもんね……花屋敷君。

つぶれた缶と、低く搾り出された声と。

私が男だったら、百年の恋も覚めるわ…。

手を洗ってから、鏡を見て髪型のチェックをする。

今さらだけどね、一応女の子だし。

前髪の分け目を直していると、一瞬ぶるっと寒気がした。

悪寒が走ったと言うのかな?そんな感じ。

風邪の引き始めかな?私の場合、咳だけが長引くから嫌なんだけど。

おおっと…あんまりトイレが長いと嫌な方向に勘違いされてしまう!

早く戻ろう~。

あれ……なんか頭が痛いかも?



だんだんと痛くなってくる頭を押さえながら、花屋敷君の所へ戻ると……。

完璧すぎる美形の彼の隣には、また完璧すぎる変態?の様な知らない男の子が居た。

青白く光る細い糸の様なもので、ぐるぐる巻きにされて、猿轡(さるぐつわ)をされた高校生ぐらいの……。

可哀相に…花屋敷君の側に居たら、見劣りしてしまうわ…それなりには格好いいと思うけど。

でも何故縛られてるの?

「お待たせ、今度はこっちが待たせてごめんね」

私の言葉に、組んでいた足を戻してふわりと微笑んだ……。

「いえ。僕の方が待たせましたから、気にしないで下さい」

うっ……!

なに?この破壊力。花屋敷君ってこんな風にも笑うんだ…。

「新井さん?」

滅多(めった)にお目にかかれない彼の笑顔に、思わず固まってしまった私は慌てて手を振る。

「何でもないわ!ごめんなさい」

「何故、謝るんです?」

そこで小首を傾げないでぇ。

傾げた瞬間にサラサラの前髪が眼鏡の上を軽く流さないで!

女子高育ちには刺激が強いの!

落ち着け私…くるりと後ろを向き、呼吸を整える。

それにしても……さっきから後ろでうー!うー!うー!うー!何なのよ?

「それで……この子はどうしたの?」

またくるりと向き直り、軽く存在を忘れたぐるぐる巻きの少年について聞いてみた。

「……ああ」

少しだけ声のトーンを低くして、花屋敷君は黒のセルフレームの眼鏡をゆっくりと押し上げた。

「かなり……ええ、かなりうるさかったので……」

縛っておきました。と、ほんの一瞬だけぞくっとする様な低い声で呟いた。

「それに、こうしないと君にも見えないから」

そう言った花屋敷君の声は、いつもの落ち着いたものに戻っていた。

でも見えないって?

「私に見えないってどうして?」

「人間じゃないから。霊だから」

どうしてそんな事を聞くんだ?みたいな感じで、サラッととんでもない事を言う。


人間じゃないって、霊だって、え?

幽霊ってもっと、ぼやけてたり…血流してたり…無表情なんじゃないの?

でも…何かこの子、すごいはっきり見えるんだけど!

うーうー言いながら暴れて、私と目が合うとポッと頬を染めて、目線逸らすんだけど?

何か…ごめん。怖くないわ。

「どうして口を塞いでるの?噛まれたらうつるの?」

それはゾンビだろう……。

「うるさいから。こうしてないとずっと……そう、美術室に居た時から、君の後ろで僕に喧嘩を売ってた」

だから君に待っていてもらったんだ…と、その辺の美女も裸足で逃げ出すぐらいのため息をついた。

「えぇ?美術室の時から居たの?ホントに幽霊なんだ!」

あ……じゃあ、あの時の鬱陶(うっとう)しいは私にではなかったんだ……。

良かった~。ちょっとホッとした!

「ちょっ…幽霊が私に取り憑いて何する気?」

当然の疑問を聞いてみる。

幽霊よ、そこで何で赤くなる?……。

「憑いたのは二日前で、もの凄い暇でこの辺りを浮遊してた時に、新井さんを見かけて……」

何で哀れんだ目で私を見るの?

「一目惚れしたみたいです」

そこっ!もじもじしないの幽霊!

「……そーなんだ…。へー…」

どうして良いのかわからないんだけど…。

惚れられて喜ぶべきなのか…。

人じゃないから、怖がったほうが良いのか?

二日間も取り憑かれていたなんて………ん?二日間、私は全然気がつかないまま過ごしてた。

「まさか……トイレやお風呂も?」 

サ~っと自分の血の気が引いていく……見えてなかったけど居たの?ねえ!居たの?

ギリッと睨み付けると、幽霊は音が出そうなほど首を横に振って、〝見てない〟をアピールした。

「本当に?」

念を押して聞いてみると、今度は力強く〝うん、うん〟と頷いたので…信じてあげることにした。

ちょっと興味が出てきたから、お話したいかも?

「ねえ、花屋敷君。彼とちょっとだけ話出来ないかな?」

「良いですよ、ほんの少しなら」

「ありがとう~」

良いと言って置きながら、少し嫌そうに幽霊君の猿轡(さるぐつわ)を解いてくれた。


「好きです!好きです!好きなんです~!俺はこんなに夢姫(ゆぶき)ちゃんが好きなのに~。何で俺に気づかないんだよ!……はぁはぁ……すっごい好き。マジで惚れてる!付き合って下さい~!」

口が自由になった途端に幽霊は、こっちが恥ずかしくなるようなラブコールをマシンガンの如く叫び続けた。

「大好きだぁ~!なのに何で、こいつを見てドキドキしたり鼻血だしたりするんだよ!こいつはぁ~夢姫ちゃんが思ってるような王子様なんかじゃない!……腹黒でドへふぐっ」

…なんだか最後の方にすごい事を言いそうになってたけど、散々好きだ!を言い続けて、また花屋敷君に口を封じられた…。

「うん……ごめんね。花屋敷君…」

「いえ……」

何で猿轡してたのかがよく分かった。


「さてと…」

暫く沈黙が続いた後に花屋敷君が真顔になって立ち上がった。

「お遊びはここまで。新井さん…トイレで何か憑きましたね?」

「ええっ?……なっ何も付けてないよ!」

私は慌てて自分の体を見回したけど、大丈夫!汚れてはいない。

「急に体調が悪くなってはいませんか?」

「そう言えば、頭が痛いかも」

さっきまでは忘れてたけど……気がついた途端にまたズキズキと痛み出した。

「憑いていますよ?」

だから何がぁ?自分では見えない所?

「彼の影響で憑かれやすくなってるみたいですね」

まさか!

「こっちのは少々性質が悪い物なので、消しておきましょう」

ええっ…性質が悪いって、どういう意味?

何故か花屋敷君が近づく度に、頭痛が酷くなってくる……。嫌だ…何か怖い!

「…頭が…痛い…よ」

「大丈夫」

痛くて、怖くて、泣きそうになってる私に、花屋敷君は優しく笑いかけて目の上に綺麗な長い指を当ててくれた…。

彼の手はひんやりとして気持ちが良い……。

そうしてる内に……段々と意識が遠くなっていった。

「来い!速攻でイかせてやる」

聞いてはいけない台詞を聞いてしまった………。








「う…ん…」

目が覚めるとそこは、学生用の仮眠室だった。

横を見ると、花屋敷君が長椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。私に気がついた様で、ポットからコーヒーを入れてくれた。

「ありがとう…」

差し出されたカップを受け取って飲む。香りは抜けているけど、微かな苦味が意識をはっきりとさせた。

「あれから…どうなったの?」

ここに居るという事は、もう大丈夫なんだろうけど。

はっきりと結果が聞きたかった。

「安心して下さい。きれいに消しましたから」

「消したの?成仏したの?」

彼の消したという言葉が引っかかった。

「僕には…魂を浄化させる力はありませんから、存在そのものを消しました」

消えたんだ…私には何が憑いていたのか分からないけど……少し可哀相。

「兄や妹なら……魂を浄化して天に送る事が出来るんですが……」

「あ……うん。助けてくれてありがとう!花屋敷君のおかげだよ~」

助けてくれた恩人を切なくさせてどうする。ちょっと無理やり感があるけど、話しを変えてみよう。

「そういえば、ぐるぐる巻きの男の子は?」

この部屋には居ないから、気になってしまう……あの子も消えたのかな?

「あいつなら……ここに居ますよ。糸を解いたので新井さんには見えないですけど」

今はコーヒーが熱そうなので〝ふうふう〟してくれているそうな…。

「そうか~居るんだ」

良かった。悪い奴じゃないから、消えてしまうのは可哀相だ。

「この子はどうなるの?」

「家に連れて帰ります。誰かが浄化してくれるでしょう」

「良かった~。優しいね、花屋敷君は」

本当に嬉しくて、言ってしまった少々恥ずかしい台詞を、どう片付けようか考えて。

「でも……びっくりだよ~花屋敷君の家って、陰陽師かなにかだったんだね!」

結果搾り出した私の言葉に彼の表情が(ぎもんふ)の様になってしまい……。

「知っていたのではないのですか?知っていたから、僕に……」

「あー。家が特殊な家業だとしか……ごめん」

床に手をついてうな垂れてる彼の肩を、ぽんっぽんっとしながら……

「それで、うちのサークルには~やっぱりダメ?」

どさくさの内に勧誘しちゃえ!

今日の目的はこれなんだから。

「ああ……もう別に良いですよ。あなたは他の女性とは、少し違うようだから」

「ホントに?うわぁ~ありがとー。嬉しいよ!」

思いがけないOKの返事に嬉しさ余って、花屋敷君に抱きついてしまったよ。何だか良い匂いがする……。




すっかり暗くなってしまった帰り道。

花屋敷君と並んで歩きながら、今日の出来事を思い返す……。

本当に色々あったな。色々、色々……。

「私ね…花屋敷君って、真面目で優しくって、草食系男子だと思ってたんだけど……。本当は俺様で、肉食なの?」

意識を失う前に聞いたあの言葉。『来い!速攻でイかせてやる』の件が特に……。

「……誰だって、知られたくない秘密の一つや二つはあります。それを隠す為の仮面なら…僕は幾らでも持っているんですよ」

君にだってあるでしょう?と笑った顔は、どの仮面なんだろう?
























次から本編の主人公、花屋敷君が語ります。

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