表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明治純愛フィロソフィア  作者: 猫塚ルイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/15

第2話

「……ふわぁ。よく眠れた」


帝都での初めての朝。


九条家の客間でお借りしたお布団は、羽根のように軽くて、まるでお日様に包まれているようだった。


「いけない、お寝坊してしまったわ!」


大慌てで身なりを整え、台所へと急ぐ。


使用人の方々に「若奥様、おやめください!」と止められかけたけれど


「実家ではいつも私が作っていたのです」と押し切り、なんとか朝食の準備を整えた。


お味噌汁の出汁の香りが漂う中、伊織様が姿を現す。


「……おはよう。朝から騒がしいと思ったら、君が立っていたのか」


昨夜の軍服姿とは打って変わって、ゆったりとした和装に羽織を引っ掛けた伊織様。


寝癖ひとつない完璧な美貌に、一瞬だけ息を呑んでしまう。


朝からこんなに眩しいなんて、やっぱり帝都の殿方は凄い。


「おはようございます、伊織様!お口に合うか分かりませんが、朝食をお作りしました」


「わざわざ? ……使用人に任せればいいものを」


伊織様は少し面倒そうに、でもどこか落ち着かない様子で食卓についた。


私は期待を込めて、彼が箸を動かすのを見守る。


「……っ。……あぁ、悪くない。いや、むしろ美味いな…」


「本当ですか!? 良かった……。お口に合わなかったら、どうしようかと思っていました」


私が胸をなでおろすと、伊織様が不意に箸を置き、じっと私の顔を見つめてきた。


昨夜の「獲物を狙う目」とは少し違う、どこか品定めをするような、それでいて熱を帯びた瞳。


「紬」


「は、はい!」


「昨夜のことは、忘れてくれ。俺もどうかしていた。……改めて言っておくが、俺は君に『妻』としての役割を期待していない」


伊織様は、わざとらしく冷ややかな笑みを浮かべた。


「この結婚は、家同士の都合だ。君はここで好きに過ごせばいい。俺は夜、帰らないことも多い」


「……それと、忠告しておいてあげるけど、俺に恋などしないことだよ?傷つくのは君の方だからね」


それは、女の人の扱いに長けた方特有の、残酷で甘い警告。


思わず私は感動してしまった。


「……伊織様」


「なんだい? さすがの君も俺に恋をしないなんて無理な話だ───」


「いえ……! なんてお優しい方なんだろうと思いまして!」


「……は?」


伊織様が、持ち上げたお茶を吹き出しそうになった。


「身の程を知らない私に、そんなに気を使ってくださるなんて。……『恋をして傷つかないように』と、わざわざ悪役を演じて、私を突き放してくださっているのですね。そのお心遣い、感謝致しますわ!」


私は深く、深く頭を下げた。


そう、父が言っていた。


「本当に高貴な方は、無知な者を傷つけぬよう、あえて冷たく接して守ってくださることもある」と。


「……ちっ、違う!俺は別に、君を守ろうとしてるわけでは」


「わかっております! 伊織様のような立派な方が、私なんかに構うお時間はございませんもの」


「どうぞ、夜の街でもお仕事でも、存分に励んでくださいませ。私はこの家を守り、伊織様がいつ帰ってきてもいいように、温かいお食事とお風呂を用意して待っておりますから!」


「…………」


伊織様は、何かを言いかけて口をパクパクとさせたけれど、最後にはがっくりと肩を落とした。


「……君は、本気で…本気で言っているのか?」


「もちろんです! 私、嘘は苦手ですから」


満面の笑みで答えると、伊織様は顔を真っ赤にして、逃げるように立ち上がった。


「……もういい。出かけてくる」


「はいっ、行ってらっしゃいませ!」


背中を向けて座り直した伊織様の耳が、林檎のように真っ赤になっていることに、私はまだ気づいていなかった。


ただ、「たくさん食べてくださるなんて、なんて健康的な旦那様かしら」と、嬉しくなるばかりだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ