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あなたに、会えてよかった。  作者: 西崎小春


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第25話 逃げません

その夜、美奈子は再び恵比寿へ向かっていた。

駅のホームに立ちながら、スマートフォンを見ている。

園田との約束。

明日でも大丈夫です

ななしにいます

そのメッセージは、昨日届いた。

短い言葉。

でも、それが園田らしいと思った。

余計なことは言わない。

でも、逃げない。

電車が来る。

扉が開く。

美奈子は乗り込む。

窓の外の街が流れていく。

恵比寿の灯りが近づく。

胸の奥が少し速くなる。

今日は、今までの夜とは違う。

ただ飲みに行くわけじゃない。

ただ話す夜でもない。

全部話す夜。

電車を降りる。

恵比寿の夜はいつも通りだった。

人の流れ。

店の灯り。

タクシーのライト。

何も変わらない。

でも、美奈子の中では何かが変わっていた。

ななしの扉の前で立ち止まる。

ほんの一瞬、深呼吸をする。

それから引き戸を開けた。

「いらっしゃい」

マスターの声。

店の中はいつもの静かな空気だった。

カウンターの中央。

園田が座っている。

グラスを持っている。

美奈子に気づくと、少し驚いた顔をして、それから笑った。

「こんばんは」

「こんばんは」

美奈子は隣に座る。

マスターが聞く。

「いつもの?」

美奈子は頷く。

氷がグラスに落ちる。

カラン。

その音が、夜に溶ける。

しばらく二人は何も言わなかった。

でも、その沈黙は重かった。

今までのななしの夜とは、少し違う。

園田が先に言った。

「話、ありますよね」

美奈子は小さく頷く。

園田はグラスを置いた。

逃げない目。

美奈子はゆっくり言葉を探す。

「橘と」

その名前を出した瞬間、胸が少し締めつけられる。

「長いんです」

園田は黙って聞いている。

「一緒にいるのが当たり前になってて」

美奈子はグラスを見つめる。

氷がゆっくり溶けている。

「でも」

その言葉を出すのに、少し勇気がいる。

「園田さんといる時間は」

胸の奥が少しだけ速くなる。

「少し違う」

園田は何も言わない。

美奈子は続ける。

「楽しいとか」

「落ち着くとか」

「そういう言葉だけじゃなくて」

少しだけ声が震える。

「帰り道が終わるのが、少し嫌になる」

その言葉を言った瞬間、店の空気が静かに止まる。

園田はグラスを見ていた。

そして、ゆっくり息を吐く。

「美奈子さん」

「はい」

園田は顔を上げた。

その目は、いつもより少し真剣だった。

「僕は」

ほんの少しだけ間を置く。

それから言った。

「あなたが好きです」

その言葉は、大きくなかった。

でも、はっきりしていた。

美奈子の心臓が強く鳴る。

園田は続ける。

「でも」

その声は変わらない。

静かで、まっすぐ。

「奪いたいとは思ってません」

美奈子は驚いて園田を見る。

園田は少しだけ笑った。

「美奈子さんが、自分で選ぶことだから」

その言葉は、橘の言葉と少し似ていた。

「幸せになれる?」

橘。

そして園田。

二人とも、美奈子に選ばせている。

その優しさが、胸を締めつける。

園田はグラスを持つ。

一口飲む。

それから言った。

「でも」

美奈子は顔を上げる。

園田は静かに言った。

「もし美奈子さんが僕を選ぶなら」

その言葉は、少しだけ震えていた。

「逃げません」

ななしの夜は静かだった。

グラスの音。

低い音楽。

そして、二人の呼吸。

恋というものは、

誰かを奪うことではなく、

誰かと歩くこと

なのかもしれない。

その夜、

美奈子の胸の奥では、

もう答えが

すぐそこまで来ていた。

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