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あなたに、会えてよかった。  作者: 西崎小春


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第19話 帰りたくない夜

店を出たとき、代官山の空気は少しだけ冷えていた。

夜はもう遅い時間だった。

通りを歩く人も、さっきより少ない。

店の灯りが後ろで静かに揺れている。

園田がコートのポケットに手を入れながら言った。

「思ったより遅くなりましたね」

美奈子は小さく笑う。

「そうですね」

時計を見ると、もう十一時を過ぎていた。

話をしていただけなのに。

特別なことをしたわけでもない。

でも、時間はいつの間にか過ぎていた。

二人はゆっくり歩き出す。

代官山の夜の道は、恵比寿より少し静かだ。

カフェの灯り。

閉まりかけの店。

遠くの車の音。

並んで歩く。

距離は近い。

腕一本分より、少しだけ近い。

でも、触れない。

その距離が、妙に意識される。


園田が言う。

「今日は」

美奈子が顔を上げる。

「来てくれてありがとうございました」

その声は、いつもより少しだけ柔らかい。

美奈子は首を横に振る。

「私も楽しかったです」

その言葉は、自然だった。

無理に言ったわけではない。

本当に、そう思ったから。

しばらく二人は黙って歩く。

沈黙。

でも、重くない。

むしろ、この静かな時間が心地いい。

美奈子はふと思う。

このまま、もう少し歩けたらいいのに。

駅までの距離は、もうすぐ終わる。

そのことが、少しだけ惜しい。

園田も同じことを考えていた。

駅の灯りが見えてくる。

改札まで、あと少し。

園田が足を少しゆるめた。

美奈子も、自然に歩く速度を落とす。

どちらも、急がない。

駅の前で立ち止まる。

改札の灯りが明るい。

ここで、終わる。

そうわかっている。

園田が言う。

「また」

美奈子が顔を上げる。

園田は少しだけ笑った。

「会えますか」

その言葉は静かだった。

でも、まっすぐだった。

美奈子は少しだけ考える。

考える必要はないのに。

それでも、ほんの一瞬だけ間があく。

それから言った。

「会えます」

その答えを聞いたとき、園田は小さく息を吐いた。

安心したような顔。

その顔を見て、美奈子の胸が少しだけ温かくなる。

改札の音が響く。

人が通っていく。

でも、二人はまだ動かない。

ほんの数秒。

でも、その数秒が少し長く感じる。

園田が言う。

「美奈子さん」

「はい?」

園田は少し迷うようにしてから言った。

「今日は、帰したくない夜ですね」

その言葉に、美奈子の心臓が一度強く鳴る。

帰したくない。

でも、園田はそれ以上何も言わない。

引き止めない。

ただ、静かにそう言っただけ。

美奈子は少しだけ笑った。

「そうですね」

それ以上の言葉はなかった。

それでも、その言葉だけで十分だった。

恋というものは、

引き止める言葉より、

引き止めない優しさ

の方が心に残ることがある。

美奈子は改札の前に立つ。

ICカードを取り出す。

「今日はありがとうございました」

園田が言う。

「こちらこそ」

カードをタッチする。

改札の音。

振り返る。

園田がまだそこに立っている。

さっきと同じ場所。

美奈子を見ている。

美奈子は小さく手を振る。

園田も同じように手を振る。

電車の中で、美奈子は窓に映る自分の顔を見ていた。

ただ一緒に飲んだだけ。

それだけなのに。

胸の奥が、まだ温かい。

そして、ほんの少しだけ思う。

さっき園田が言った言葉。

帰したくない夜ですね。

あの言葉の続きを、

もし聞いてしまったら。

きっと、

もう今までと同じ夜には戻れない。

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