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あなたに、会えてよかった。  作者: 西崎小春


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19/30

第18話 二人きりの夜

木曜日の夜。

美奈子は駅のホームに立ちながら、スマートフォンの画面を見ていた。

時刻は、約束の十五分前。

少し早く着いてしまった。

別に急いだわけではない。

でも、気づいたらいつもより少し早く家を出ていた。

電車がホームに滑り込んでくる。

扉が開く。

人の流れに合わせて乗り込む。

窓の外の街がゆっくり流れていく。

恵比寿を過ぎる。

そのとき、胸の奥が少しだけ速くなった。

今日会うのは、橘ではない。

仕事でもない。

園田。

ただそれだけなのに、いつもの夜とは少し違う。

恋というものは、不思議だ。

まだ何も起きていないのに、

夜の温度だけが変わる。

代官山駅で電車を降りる。

改札を抜ける。

外に出ると、街の空気が少し静かだった。

恵比寿より、人が少ない。

カフェの灯り。

静かな通り。

夜風。

約束の店は駅から少し歩いた場所にある。

美奈子が角を曲がると、店の前に人影が見えた。

園田だった。

ダークグレーのコート。

黒縁の眼鏡。

街灯の下で、静かに立っている。

美奈子に気づくと、園田は少し笑った。

「こんばんは」

その声を聞いた瞬間、美奈子の胸の奥が静かに温かくなる。

「こんばんは」

園田は腕時計を見て言った。

「ちょうどですね」

「本当ですね」

二人は少し笑う。

その笑い方が、ななしの夜と似ていた。

店の扉を開ける。

中は落ち着いたバーだった。

照明は低く、木のカウンターが長い。

ななしと少し似ている。

でも、少しだけ都会的だ。

マスターが軽く頭を下げる。

「いらっしゃいませ」

カウンターに座る。

今日は、隣。

ななしより、少し距離が近い。

園田が言う。

「ここ、たまに来るんです」

「いい店ですね」

美奈子は周りを見渡す。

静かな音楽。

グラスの音。

ゆっくりした空気。

園田がメニューを差し出す。

「何飲みます?」

「今日は園田さんと同じで」

園田は少し驚いた顔をして、それから笑った。

「責任重大ですね」

「大丈夫です」

グラスに氷が落ちる。

カラン。

その音が、夜の空気に溶ける。

しばらく二人は何も言わなかった。

でも、不思議と気まずくない。

この沈黙は、ななしと同じだ。

園田が言う。

「今日は来てくれてありがとうございます」

美奈子は少し笑う。

「誘ったのは園田さんですよ」

「そうですね」

園田も笑う。

その笑い方が、少しだけ柔らかい。

グラスが置かれる。

二人は同時にグラスを持つ。

軽く触れる。

小さな音。

「乾杯」

その言葉が、静かな夜に落ちる。

酒を一口飲む。

冷たい。

でも、胸の奥は温かい。

園田が言う。

「美奈子さん」

「はい?」

「ななし以外で会うと、少し不思議ですね」

美奈子は頷く。

「少しだけ」

「でも」

園田は続けた。

「嬉しいです」

その言葉は、静かだった。

でも、まっすぐだった。

美奈子はグラスを見つめる。

その言葉が、胸の奥にゆっくり落ちていく。

「私も」

その言葉は自然に出た。

無理に言ったわけではない。

本当に、そう思ったから。

園田は少しだけ息を吐く。

安心したような顔。

その顔を見たとき、美奈子は思った。

この夜は、

ななしの帰り道より、

少しだけ、

前に進んでいる。

でも、まだ越えていない。

その距離が、今は心地よかった。

恋というものは、

劇的に始まるものではない。

ただ、

同じ夜を過ごして、

同じグラスを持って、

同じ空気を吸う。

それだけで、

少しずつ、

距離が変わることがある。

その夜、二人の距離は、

確かに少しだけ、

近づいていた。

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