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ダンジョンの外から届く手紙によると私は悪役令嬢だそうですが、ドラゴン倒すのに忙しいです。唯一の癒しは第二王子からの手紙です。

ドラゴンが手紙を燃やしたり千切ったりする描写が書きたかったので書きました。どなたか読んでくださったら嬉しいです。

『悪役令嬢イザベラ・フロストリアへ』


 と書かれた手紙が目の前で燃えた。

 というか、悪役令嬢って一体なんなんだ。


 ---


『ギャオオオーーー!!!』


 ヘルフレイムドラゴンが高く泣き声を上げてから熱い火を吐いた。


「右へ!!」


 ドラゴンの吐いた火が背中スレスレを通り過ぎる。

 背中をかすめた炎に、皮膚が焼けるような痛みを覚えた。

 だが、握る氷剣はむしろ冷たさを増していく。

 髪の毛はまとめているから無事だった。


 他の皆も何とか避けられたようだ。


 ドラゴンが火を吐いた後は、隙が大きく溜めの時間ができる。

 私は速いスピードで迫りくるドラゴンの爪や尻尾を避けながら氷の大剣で切り付ける。

 周りの仲間たちは氷魔法を放っている者もいる。


 しかし、ヘルフレイムドラゴンは傷つけられた端から自己再生していく。

 ダメージは与えられているはずだった。

 簡易鑑定の魔法を常時発動している者から、ドラゴンに蓄積しているダメージ値が読み上げられているから。


 再生の炎に包まれた鱗の下、うっすらと氷の痕が残っている。


「ほら、効いてる!無駄じゃない!」


 誰かがそう叫んでいる。


『ギャオオオオオーーー!!!』


 そうこうしている内に、また炎を吐く準備ができたのかドラゴンが構えの動作を取った。


 そしてそのとき、物質転移魔法の光がキラッと閃く。

 少し目がくらんだ。

 もしかしてまたあの迷惑な手紙なんじゃ………。


「左!!」


 仲間の声に私は左へ大きくジャンプした。

 着地して地面を転がりながらできるだけ遠くへ避ける。

 そして起き上がると同時に氷のナイフを投げた。

 私の攻撃を追うように仲間の攻撃が次々とドラゴンへヒットする。


『ギッギッギッ!!』


 ドラゴンが威嚇のように短く鋭く鳴きながら、少しずつ後ずさりし始める。

 氷と炎がぶつかり合って蒸気が充満する霧の中、ドラゴンが攻撃を受けている。


「ダメージが十分に蓄積したのでヘルフレイムドラゴンが撤退します!」


 簡易鑑定の結果が告げられる。


 その声と同時にヘルフレイムドラゴンが狭いダンジョンの中を器用に飛び、ダンジョンの奥へ飛び去って行った。

 羽ばたいてはいない。

 天使族と同じで、羽は魔法を支える概念なのだろう。




 私はドッと疲れが押し寄せるのを感じながら、足元にちょうど落ちている手紙を拾い上げた。

 一部が焦げているが、力強く書かれているのは、


「悪役令嬢」の文字。


 もう封筒に入れる礼儀もないらしい。


『私の大事なデイジーがお前の事を悪役令嬢イザベラ・フロストリアだと言っていた』


 との言いがかりだった。


 大体、何なのだろうか。『悪役令嬢』とは? まあ、『悪』と言っている事からして良い意味でないのは間違いないだろう。


「……悪、役? 私が誰かの芝居に出ているというのか?」


 私は盛大に首を傾げた。


 伯爵家三男のジョンが私が持っている手紙をのぞき込んでため息をつく。


「本気で第一王子って何なんですかね? 安全なところから邪魔になる時間に手紙送ってきて」

「残念ながら、私の婚約者だ」


 そこで、再度物質転移魔法の光が瞬いた。

 ドサッとダンジョンの床に大きな荷物が落ちる。

 今度は第二王子からの荷物だ。


 第二王子からの荷物にジョンが駆け寄る。


「やった、これこれ」


 ここから見るだけでも大量の焼き菓子や肉や魚、野菜類が木箱に詰まっているのが見えた。

 ジョンが次々開封して料理担当に渡していく。

 焼き菓子は何個か私に渡された。


「フロストリア様、第二王子様からの手紙が入っていますよ」


 ジョンから渡された手紙を見ると、そこには、


『イザベラ・フロストリア侯爵令嬢へ

 ダンジョンのモンスター討伐お疲れ様です。

 補給物資と今日焼いたばかりの焼き菓子を送ります。

 イザベラ嬢がお好きなチョコマドレーヌを多めに焼きました。

 尊敬を込めて

 ルシアン・ド・アイステリアより。

 追伸 兄のレオンがイザベラ嬢に奇怪な手紙を送るのを止められませんでした。

 申し訳ありません』


 と、第二王子殿下のルシアン様とのお言葉があった。

 ルシアン様の真面目な様子が手紙から伝わってきて、自然と笑顔になる。

 自然とルシアン様の温かみのある茶色の瞳の眼差しが思い出された。

 私なんて白髪に近い銀の髪に濃い青の目で冷たさしか感じない。


「フロストリア様、ルシアン殿下とくっついたほうが良いんじゃないんですか。不敬を承知で言うんすけど」


 更に第二王子ルシアン様からの手紙もジョンが覗き込んでくる。


「ルシアン様には、もっとお似合いの可憐な令嬢がいるだろう。私と第一王子レオン様は政略結婚だ。多少相性が良くないように感じられるかもしれないが、政略結婚はそんなものだろう」

「まあ、この国の王妃様に必要なものは身分の高さと魔力の多さ、そして何より強さですからね」

「分かってるじゃないか」


 この国で身分の高いものは民衆から税金を取る代わりに、体を張ってモンスターと日々戦い、領地経営を行っている。

 第一王子ゆくゆくは王太子となり王となるものと王妃となるものは、その頂点に立つものとして強くなくてはならない。


 この国アイステリア王国の第一王子レオン様は、魔力は高いものの実践的な戦いになると、逃げる傾向にある。

 今回のダンジョンからモンスターが溢れることを防ぐ、ダンジョンでのモンスター討伐にも、成人の19歳にも関わらず体調が悪いことを理由に(王族が体調が悪いことを公言していいのかはともかく)、参加されなかった。

 第二王子のルシアン様は16歳の私より3つ年下の13歳なので、まだ実践的な戦闘には投入されない。

 しかし、何か力になりたいと補給役をかってでてくれているのだ。

 王族がそういう役を担ってくれると、補給部隊も士気が上がってありがたい。


 そして、レオン様の婚約者であるフロストリア侯爵家の私が、貴族たちを率いてアイステリア王国の王都にあるダンジョンのモンスターの討伐に来ている。

 さっきも戦ったヘルフレイムドラゴンがダンジョンに現れたとの知らせを受けてだ。


「まあ、しゃあなしですね。はやいとこヘルフレイムドラゴンなんて厄介なやつ倒して戻りましょう」

「そのつもりだ」


 普段はモンスターの素材や魔石がとれるダンジョンは、王都の冒険者たちでも手に負えないヘルフレイムドラゴンの出現で経済活動が滞っている。

 ヘルフレイムドラゴンのような30年に一度現れるか現れないかみたいなモンスターが出ると、ダンジョンからモンスターが溢れてしまう可能性も高まっていると、王宮の魔術師たちも言っていた。

 なかなか安易に倒させてはくれないヘルフレイムドラゴン。

 しかし、蓄積ダメージを与え続ければ倒せるはずだ。


 私はダンジョンの奥を睨みつけた。


 ーーー


 ピピピ…………!!!


 誰かの魔道具が鳴ってる。


「朝か………」


 私は自分のテントから起きて外に出た。

 昨日テントを張って休むことにしたのは、ダンジョンの開けた比較的にモンスターが少ないと言われるダンジョン広場だ。

 ダンジョンとは不思議なもので、ダンジョンの要所要所にこういった広場があり、ご丁寧にも隅に湧水が出て小さい泉もある。


 他にも起きだして朝ご飯を作っている者、素振りをして体を動かしているものなど様々だった。


 中には貴族でテント泊はまだ慣れないものもいるのか、肩や腰に簡単な治癒魔法をかけているものもいた。


 私はとても快調だ。

 ルシアン様が転移魔法で送ってくださった物資で、ダンジョンの中とは思えないぐらい豪勢なものを食べて、ルシアン様が焼いてくださったチョコマドレーヌを食べた。

 ルシアン様の焼く菓子は絶品で、ふっくらと焼き上がり程よい甘さが美味しい。

 その後に補給物資に入っていた魔力回復ポーションも飲んで、ヘルフレイムドラゴンとまた戦う準備は万全だった。


「待ってろよ、ヘルフレイムドラゴン」


 今日はヘルフレイムドラゴンを追って更にダンジョンの深部に向かう予定だ。


「イザベラ様、気合入ってますね。朝食できたみたいですよ」


 いつの間にか横に来ていたジョンが朝食の用意ができたことを告げた。


『……………………ギャオオオオオーーー………………』


 遠くからヘルフレイムドラゴンの声がかすかに聞こえた気がした。

 昨日、私たちにダメージを与えられたからだろう。

 距離をとってこちらの様子を窺っているのだろう。


「朝食を取り次第出発だ」

「ですねー」


 こちらが進軍したとなれば、すぐにまたヘルフレイムドラゴンに遭遇するだろう。


 ---


『ギュエエエエーーー!!!』

「「うわああああー!!」」

「ジョン!! ナタリー!!」


 ヘルフレイムドラゴンのが尻尾をぶん回して攻撃してきたのが、何人かよけきれなくて壁に激突して吹っ飛んだ。

 特にジョンと補助魔法士のナタリーが強く壁にぶつかった。

 治癒術士が二人に駆け寄るのを横目で確認してから、氷剣を握ってヘルフレイムドラゴンの頭に向かって跳躍する。

 二人には申し訳ないが、ヘルフレイムドラゴンが大ぶりな攻撃を繰り出したのがチャンスだ。


 ヘルフレイムドラゴンが、尻尾攻撃をした遠心力でとっさに態勢を変えられないのを狙った。


「やあっ!!!」

『ギュウウ!!!』


 鼻先に軽く着地してその赤い目を思い切り貫こうかと思ったが、ヘルフレイムドラゴンがギリギリ攻撃に反応して頭を振るので剣先がぶれて目の横を突きさすにとどまった。


 すぐに私にドラゴンが噛みついて来ようとするのを避けて思い切り後ろにジャンプする。


 ドラゴンには私の魔法で作成された氷の魔法剣が目の横に刺さったままになっている。


『ギュイイイーー!!』


 ドラゴンは半狂乱になって叫びながら無茶苦茶に暴れていて、その間魔法士たちがドラゴンに魔法を撃ち続けている。


 ドラゴンが埒があかないと思ったのか痛みに耐えながら、その赤く光る眼で私を睨みつけた。

 魔法は私に当たらないと思ったのかその大きな爪で私を切りつけようと振りかぶって………、


 キラッ…………!!


 そして空気を読まない物質転移魔法が光り、私は少し目がくらんで、ドラゴンの爪にひっかかって鎧が少し欠けたが、なんとか後ろにんで避けた。


 防御担当の魔法士が、さらに私とドラゴンの間に入って防御壁を展開する。

(防御壁は詠唱に時間がかかかるので、そうそう何個も展開できない)


『ギュエエエエーーーー!!!』


 状況を見て追撃は難しいと悟ったらしいドラゴンが、悔しがってなのか足踏みをドタバタと繰り返した。

 その後、また飛び上がりダンジョンの奥へ飛んでいこうとするが、最初に会った時よりはノロノロしてヨタヨタしている。


 それを更にチャンスと思った魔術師の攻撃班が、炎属性に有効な水魔法や氷魔法を撃ちまくって追撃した。

 だが、ドラゴンは振り返らずにダンジョンの奥に飛んで逃げていく。


 簡易鑑定魔法士が戦闘でのドラゴンに与えたダメージを高らかに叫んだ。


 次がおそらくヘルフレイムドラゴンとの最後の戦いになるだろう。



「本当に第一王子ってなんなんですかね!!!」


 ジョンが、ダンジョンの床に散らばった(絶対に)第一王子の手紙を見て叫んだ。

 先ほどドラゴンに吹っ飛ばされたのは、治癒術士のおかげで大丈夫そうだ。

 ……………………良かった。


 しかし、ジョンの鎧はズタズタで、表情は鬼の形相だった。

 ジョンは貴族らしくない。私は疲れのあまり無関係な事を考えた。


 さきほどの戦闘で、私の目をくらましたのは、予想通りレオン様からの手紙だった。

 ドラゴンの爪によってバラバラに千切れていても分かる。


『悪役令嬢!!!』


 の文字が手紙の端々に力強い字で書かれているからだ。


 その日、戦闘が終わってからすぐ来るかと思われた補給は、キャンプ地にしようと思っていたダンジョン広場に着いてから届いた。


 大量の木箱に、ジョンやナタリーが駆け寄っていって、


「フロストリア様!」


 とナタリーが手紙と大きな紙箱を持ってやけに水平にバランスをとりながらこちらに寄ってきた。


「第二王子殿下からお手紙です」


 ナタリーは手紙をこちらに渡してから、何故かうやうやしく紙箱を持ったまま側に立っている。

 私はとりあえず、手紙を読んだ方が良いのかと手紙を開いた。


『イザベラ・フロストリア侯爵令嬢へ

 ダンジョンのモンスター討伐、本日もお疲れ様です。

 イザベラ嬢が誕生日なので、ケーキを焼きました。

 誕生日おめでとうございます。

 イザベラ嬢のお好きなチョコレートケーキです。

 尊敬を込めて

 ルシアン・ド・アイステリアより。


 追伸 今日も兄のレオンがイザベラ嬢に奇怪な手紙を送るのを止められませんでした。

 言い訳をすると、兄が手紙を送らないよう、父上が転移魔法士に転送禁止命令を出していたのですが、

 兄が転移魔法士を脅して無理やり送っていたことが判明しました。

 兄は王命違反で処分となりました。

 今、兄は自室で謹慎処分になっています。勝手な行動をしないように見張りも立っているので、今度こそ大丈夫だと思います。本当に本当に申し訳ありません』


 おっと、追伸の方が長かった。


 それにしてもチョコレートケーキとはありがたい。

 ナタリーが私が手紙を読み終わったタイミングで紙箱をパカッと開けて見せる。


「あ…………、かわいい」


 紙箱の中にはチョコの薔薇で飾られたチョコレートケーキがあった。


 ケーキの上には砂糖で作られた人形が載っている。

 人形はキラキラ光る白い髪に濃い青の瞳で、天使族のように白い羽が生えていた。


 この人形は……………………私か。


 日々戦闘漬けでかわいいものは少し縁遠かった私にも、ルシアン様の作ったケーキのかわいさが心に染みた。

 皆でケーキは分けて食べて(もちろん私の分は大きく切ってもらった)貴重な甘味を味わった。


「ルシアン殿下さいこー!」


 とジョンが大きめの声で叫んでいた。


 私はと言えば、食べ物を行儀が悪いとは思ったが、砂糖の人形を魔法で氷漬けにして自分の空間魔法のポーチにしまった。

 人形を見るたびに、心が温かくなってなんだか力が湧いてくる気がするのだ。


「ルシアン様………」


 ルシアン様を思うと、その思いやりや自分のできることをしようという心意気に癒される。


「おっ、フロストリア様はルシアン殿下と……………………ってーーー!!」


 ジョンが何故か発言の途中でナタリーに強めにはたかれていた。


 明日のヘルフレイムドラゴン戦は今度こそ決着をつけよう。

 蓄積ダメージからして、次が最終決戦だ。


 ドラゴンに勝ってダンジョンからモンスターが溢れるのを止めて、ルシアン様が居るこの国を守る。

 私は強く決意した。


 ーーー


『ギャオオオオオーーー!!!』


 爪でのひっかきやファイヤーブレス、尻尾攻撃などドラゴンは今までの攻撃を使えるものは全部使うとばかりに、めちゃくちゃに攻撃してくる。


 攻撃は最大の防御とばかりに、こちらも応戦はしてはいるがヘルフレイムドラゴンの必死さに押され気味だった。


 これではドラゴンもこちらも消耗してばかりだ。


 大ダメージさえ与えられれば、ドラゴンは完全に討伐できるはずだ。

 簡易鑑定をしている魔法士がこちらの与えているダメージを叫んだあと、ドラゴンの尻尾攻撃に当たって吹っ飛んだ。

 すかさず、治癒術士が駆け寄っていく。


 前回のように尻尾攻撃の後に隙がない。

 尻尾攻撃をしながらむちゃくちゃに爪を振り回しているし、周りに向かって絶え間なく火を吹いている。


 私は決心を決めた。

 無理をしてても攻撃を当てて見せる。


「ギリギリまで防御壁を展開してくれないか。残りの魔力をこめて氷の魔法剣をで攻撃する」

「そ、それはっ、大丈夫ですか?」


 防御壁を展開しながら走り回っている味方の一人に声をかけた。

 男爵家の次男のヘンリーだ。

 とても心配そうな顔をしている。

 当たらなかったら、私の魔力が枯渇してしまうだけの作戦だからだ。

 しかし、このままではじりじりと戦力が消耗してしまうだけなのは分かっていた。


「おっ、フロストリア様やりますか?!」

「あなたっ、フロストリア様に対して気安すぎるわよ!」


 ジョンとナタリーが攻撃を防ぎながらこちらに駆け寄ってくる。

 ジョンが細かい攻撃をさばき、補助魔法士のナタリーが私に強めの攻撃力アップの魔法をかける。

 ヘンリーが防御壁を徐々に強いものにして、私が剣に魔力を込める間の時間稼ぎをしてくれる。


『ギュエエエエーーー!!!』


 ヘルフレイムドラゴンも私に魔力を溜めさせたらダメだという事が分かっているのかいないのか、他の魔法攻撃などを無視して私に集中して突進を繰り返し始める。


 だが、


「遅かったな」


 私はジャンプした。

 前回と同じく、ヘルフレイムドラゴンは目を狙われると思ったのか、自分の顔の前をやたら爪でひっかき攻撃をして防御している。


 だが私はヘルフレイムドラゴンの腕ごと首を横なぎに切った。


 切る軌跡に氷のきらめきが舞う。

 自分の技だが美しいと思った。


 全ての魔力を費やしたせいか、あっさりと切れた。

 ヘルフレイムドラゴンの体力と魔力が残り少ない所まで削られていたせいもあるだろう。


 ドサッ…………


 ドラゴンの首と共にダンジョンに転がる。


「やった…………すまないが、後はよろしく頼む」


 ダンジョンの床に魔力をすべて使ったせいで、私の空間魔法の中の荷物が散らばった。

 途切れそうな意識の中、ダンジョンの床に氷漬けの砂糖の人形が転がっている。


 私はルシアン様を、そしてアイステリア王国の国民たちを皆と一緒に守れたんだ。

 ……………………良かった。


 ---


「知っている天井だ………」


 目を覚ますと、そこは知っている天井だった。

 普通に王宮だ。

 飾り彫りのタイル状の木を組み合わせて作った天井なんて、王宮の客間しか知らなかった。


「イザベラ嬢。目を覚まされて良かったです。僕、僕…………イザベラ嬢がこのまま目を覚まさなかったらどうしようって………」

「あ…………ルシアン様」


 横から声をかけられてそちらを向くと知った顔だった。

 ルシアン様だ。

 少しぼんやりする視界に、目を潤ませたルシアン様の幼い顔と、知っている王宮の女官たちの顔がある。


 当然ながらその中に私の婚約者の顔はない。


 私は止められるのを振り切ってベッドに体を起こした。

 腕には魔力回復ポーションを点滴する管が繋がっている。


「ありがとうございます。イザベラ嬢。この国の為にこんなになるまで頑張って頂いて」


 ルシアン様が、私のおおよそ可憐な令嬢とは言い難い手を、両手で握る。

 私は婚約者のいる身でその温かい手にドキッとしてしまった。


 年下と言えども異性だ。

 正しい距離を保とうと手を引き抜こうとすると、意外と強い力で更に握られた。


「聞いてください。兄とイザベラ嬢の婚約は解消になりました。兄はデイジー・デミストリア男爵令嬢やその他貴族と共謀して、複数回にわたってイザベラ嬢を『他の貴族を害した』という事実無根の罪で陥れようとしたことにより廃嫡になり、北の幽霊塔へ幽閉になりました」

「えっ、レオン様が?」


 そこまで深刻な問題とは思わなかった。

 でも、ルシアン様が私の手を握り続けている事とそれとどういう関係があるのだろうか。


「不甲斐ない王室で申し訳ありません。それで、今回のダンジョンのモンスター討伐の功労も含めて、討伐にも参加した貴族からも僕からの要望もあるのですが、もちろん侯爵家にも通常に上乗せして多額の報奨金も払われますが……………………………………」

「ルシアン様?」


 ルシアン様は顔を真っ赤にしている。


「僕と婚約してください!」

「えっ……………」


 至近距離で穏やかなルシアン様らしくなく叫ばれて驚いた。


「はっきり言います。こちらに都合のいい話でもあると思います。僕はイザベラ嬢の優しく強く美しく気高い所が昔から好きでした。憧れていました。僕はこれから頑張って、兄の代わりに王太子になり、将来王になるように頑張りたいと思います」

「はい、優しいルシアン様ならなれると思います」

「頑張ります。そして僕はその時にイザベラ嬢に隣に居てほしいのです」

「え……………………」

「僕、頑張って早く大人になってイザベラ嬢と一緒に国を良くしていくように頑張ります。僕もこの国の王子らしく氷魔法が得意だし、治癒魔法も得意だしえーと、ポーションづくりも得意だし、イザベラ嬢の好きなお菓子も毎日焼くし、だからだから……………………」

「ルシアン様」

「兄よりもイザベラ嬢が好きです。婚約したいです」

「ルシアン様……………………」


「婚約したいです」と茶色の瞳に涙を溜めて上目遣いで見てくるルシアン様がかわいくて、一緒に居てあげたい、と思ってしまって、即答してはダメなのに……………………、


「ルシアン様」


 私の首が、私の意思に反して縦に振れてしまった。

 あんなにすごい勢いでドラゴンを討伐した私なのに、ルシアン様の前では、顔を熱くして首を縦に振るしかできない自分に絶望した。


「ありがとう! イザベラ嬢、大好きです!」

「きゃっ」


 ルシアン様がパアァ!! と笑顔になって、私に抱きついてきた。

 私は、戦闘も何もできない小娘のような悲鳴を上げて、真っ赤になって固まるしかできない。


 違う! 私は勇ましい侯爵令嬢イザベラ・フロストリアだ!


 私は首を小さく振ると、


「ルシアン様! よろしくお願いします!」


 とルシアン様の頬に口づけするのだった。


「イザベラ嬢……………っ」


 すると、今度はルシアン様が再度更に真っ赤になり、二人で真っ赤になったまましばらく見つめあうのだった。

読んで下さってありがとうございました。

もし良かったら評価やいいねやブクマをよろしくお願いします。

また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
 ルシアン王子、何と健気で可愛い年下男子でしょうか。彼には是非、好きな女性とこれ以上ないほど幸せになってほしいと思いました。手作りのチョコレートケーキがものすごく美味しそうでしたね。  装備が駄目にな…
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