5 地獄の特訓 マリアの密かな願い
王都ロゼリア南部、ギルド管理下の特別訓練場――通称「地獄の円環」。
広大な結界空間に造られたこの場所は、魔力を持たぬ者にとっても生命の危機となる苛烈な修行場であり、ロゼリア魔法ギルドのギルドマスターのマリア直属の訓練施設として知られていた。
今そこにいたのは、ミーナとタケル。
黒の魔女マリアの指導のもと、極限の修行が始まっていた。
「魔力がないからといって、休んでいい理由にはならないわよ」
マリアの美しい声が、鋭利な鞭のように飛ぶ。
「次。魔原子操作基礎、十二式。無詠唱連続変換、五連射」
「えっ、待って、いまの連続って……あっつぅぅ!? もしかして水って言ったのに火ぃ!? ギャーッ! 尻がぁぁぁああ!!」
「タケル燃えてる!?!? っていうか……これ、ほんとに初心者レベルの内容!?」
ミーナもまた、既に何度も魔力操作を誤って地面に突っ伏していた。
しかしマリアは表情一つ変えず言った。
「これが“普通”よ。特にあなた、タケル。あなたのような“異物”は、魔法を“理解して”使わない限り、一生使い物にならないわ」
「理不尽だあぁ……」
タケルは呻きながらも、サイエンススキルによる構造解析を無意識のうちに行っていた。
風、水、火、土。魔原子の配列を感覚で読み取り、変換のための流れを頭の中に描き出す。
(……まるで、分子構造の化学式みたいだ)
そして何度も、何度も失敗しながら、タケルはゆっくりと「魔法の原理」を“知識”として自分に刻んでいった。
⸻
数日後。夜。訓練場近くの休息所。
ミーナは布に包まれた手をさすりながら、焚き火を見つめていた。
「……痛いけど、不思議。タケルと一緒にいると、どんな無茶でも“できるかも”って思える」
小さく笑うミーナ。その視線の先には、疲れ果てて薪の上に寝転がるタケル。
その姿を見つめるもうひとつの視線があった。
――黒の魔女、マリア。
その目は鋭さを湛えつつも、どこか懐かしげな色が混じっていた。
(やっぱり……)
「あなたを見ていると、思い出すわ。昔……“魔力ゼロ”だった男を」
マリアの紫の瞳が、焚き火の中に滲んだ。
「いけないわね、歳をとるとすぐに思い出に浸っちゃうわ」
すっと表情を戻す。
「さあ、明日も地獄の一日が待ってるわ。せいぜい覚悟しておきなさい」
そう言い残すと、マリアは夜の闇に溶けるように姿を消した。
⸻
一方――同時刻、王都北側 学園寮
ユリは月を見つめながら、訓練着のままベランダに出ていた。
(……タケルくん)
彼が“黒のマリア”の元で修行していると聞いたとき、胸が強く脈打った。
(あの人の修行は、魔力がある者にとっても苛烈……タケルくんに耐えられるの?)
不安と同時に、どこかで嬉しさを感じる自分もいた。
(でも……)
思い出す。タケルとミーナが、並んで歩いていたあの姿を。
(……ずるいな)
胸の奥が、チクリと痛んだ。