4 魔女との契約 タケルの覚悟
夜のギルド宿舎。
月明かりが差し込む窓辺、タケルは静かにベッドの隣に座っていた。
ミーナは布団に包まり、まだ少し顔を伏せていた。
「……ごめん」
かすれた声で、ミーナが言った。
「私、またやっちゃった……。暴走して、皆に迷惑かけて、恥ずかしいところ見られて……タケルにまで、心配かけたよね」
「バカか、お前は」
ぽつりと、タケルが言う。
「誰だって怖いさ。自分の力が制御できないってのは、ひどく不安だ。でも……あのとき、あれだけ暴走しても、お前は最後まで“誰かを傷つけよう”なんて思ってなかった。俺は、それを信じてたよ」
ミーナの目が揺れた。
「……信じて、くれたの?」
「当たり前だろ。仲間だからな」
タケルの言葉に、ミーナの目から涙がひと粒こぼれた。
「……ありがとう」
しばらくの静寂の後、ミーナがふと笑う。
「わたしね、魔法学園を目指してるの。魔力さえあれば誰でも入学できるって聞いて、ずっと頑張ってきたんだ」
「魔法学園……?そういえば出会った時そんな事言ってたっけ」
タケルはその言葉に反応した。
「うん。私みたいな獣人族って、魔法が苦手な種族なの…でも、あの場所に行けば――もしかしたら、何か変われるかもって、そう思ったの」
「……理由はそれだけか?」
「ううん――」
ミーナは一瞬視線を逸らしたあと、勇気を振り絞って続けた。
「私……憧れてたの。聖女ユリ様に。あんなに綺麗で、強くて、みんなを救って……同じ女の子なのに、何もかも違って見えたわ」
タケルの瞳がわずかに揺れる。
(ユリ……)
彼の胸に、なぜか説明できない感情がふっと広がった。
「なぁ、昼間助けてくれた人たちってーー」
その瞬間だった。
「……いい夜ね、実に」
ふわりと、甘く妖しい香りが漂ってきた。
部屋の扉がいつ開いたのか――そこにいたのは、漆黒のローブをまとったエルフの女性。
豊満な肢体を包むその衣は、まるで闇夜の海のように艶やかで、紫の瞳が妖しく光っていた。
「黒の魔女……マリア……なんでここに…!ウェルトに居たはずじゃ…」
ミーナが息を呑む。
「ふふ、仕事でちょっとね♡それにしても昼間の騒ぎ、しっかり見せてもらったわよ」
マリアは微笑むと、タケルの前まで近づいてきた。
「あなた、名前は?」
「……ヤマト・タケル」
「ふふ……良い名前ね。でも、もっと良いのはその力よ」
マリアは手を伸ばし、タケルの頬に指を添えた。
「魔力ゼロ。それでいて魔原子の構造と流れを本能で読み、再構成できる。ーーそれはね、常識の枠外なの。いずれその力、手に余るわ。私の“弟子”になりなさい、タケル」
「は……?」
「ちょ…!突然すぎますっ!」ミーナが割って入る。
「そうね、でも――」
マリアはタケルに向き直ると、声を低く、しかし真剣に言った。
「もしこの提案を受けるなら、私はあなたを…そうね、“魔法学園”に推薦してあげる。私の推薦なら、魔力ゼロでも入学は通るわ。……どう? 悪い話じゃないでしょう?」
タケルは目を細めた。
「……なんで、俺を?」
マリアの瞳がわずかに揺れた。
「理由は三つ、一つ、あなたの才能。私が見てきたどんな魔法士より、面白い。二つ目――」
彼女は声を潜める。
「あなたの中に、“ユリ”と“ハルト”と同じ気配を感じた」
「……!」
タケルは言葉を失った。
「貴方たちは、不思議な魂の色をしているの…それと何か関係があるのかしら?それにあなたの目が、彼らを追っているように感じた。彼らもまた同じく貴方を…ね、それに、あなた自身はまだ……“思い出していない”みたいだけどね?」
「……何かを、救わなきゃいけない気がしてる」
タケルは素直に答えた。
「でも、それが何なのかは……分からない」
マリアは小さく笑った。
「その気持ちがあるうちに、力を手に入れなさい。あなたが何を忘れていようと、それがどれだけ茨の道だったとしても、立ち止まらず進まなきゃいけない」
静かに、しかし重く響く言葉だった。
「……分かった。弟子になるよ、マリアさん」
「呼び捨てでいいわ。じゃあ契約成立。これから一ヶ月、私のもとで地獄の修行よ」
マリアはくすっと笑いながら、魔力で宙に小さな封蝋のついた紙を浮かべた。
「これは、あなたへの推薦書。修行をやり遂げたら、これを持ってローズ王立魔法学園へ向かいなさい」
「あぁ、わかった」
「ふふ、明日に備えて英気を養うことね。そこにいる子猫ちゃんもよ?」
「エッ!?は、はいっ!」
タケルはそれを受け取った。
――ここから、自分の物語が本格的に始まるのだと、そう感じていた。
……そういえば
「結局最後の三つ目ってなんだったんだ?」
ロゼリア王都1日目がおわった。