3 暴走する魔力と光の鎮魂歌
王都ロゼリア。
中央通りに面した広場は今日も賑わい、果物の露店や魔法書を並べた屋台が軒を連ねていた。
「見て、あれ……! もしかして――」
「うわ、本物だよ、カムイ・ハルト様! その隣の方、聖女カンナギ・ユリ様じゃない!?」
「Sランク、しかも“マスターランク”の上位二人だよ。あの二人が並んで歩いてるなんて……!」
街の人々が色めき立ち、足を止めて彼らの姿を見送る。
王立魔法学園の制服を纏い、鋭い眼光で通りを見据えるカムイ・ハルト。
白銀の髪を風に揺らしながら歩く彼の横には、紅い瞳を湛えたカンナギ・ユリが静かに微笑んでいた。
「……街の人の視線が痛いね」
「慣れろ。今さら隠れて歩く柄でもない」
ハルトは素っ気なく言い放ちつつ、通りの先を見やった。
「それにしても見つからないね…」
「3日ほど前に魔力ゼロが見つかったという話が王都に届いたばかりだからな。そろそろウォルトから着く頃だろう」
「そうだね、会えるといいなぁ…《タケル》くん」
「……ユリ見ろ。あれだ」
視線の先には、タケルとミーナが並んで歩いている姿。
タケルはミーナに何か問いかけていた。
「つまり、“魔原子”っていうのがこの世界の“エネルギーの素”で、動物も魔物もいわゆる魔原子を溜め込んでいるが違いは瘴気を放っているかいないかと…なるほどねぇ…放射能みたいなもんか」
「ほ?…そのホウシャノウ?ってのは知らないけど、うん。人によって量も質も違ってて、それが“魔力量”とか“魔法の系統”を決めるの。わたしは風系だけど……正直、ちょっとだけ不安」
「不安?」
「……私、実はね。たまに……魔力が暴れちゃうの」
ミーナは笑おうとするが、うまく笑えなかった。
「獣人族って、獣に近い種族だから感情をうまく抑えられないの。理性より本能が強いから。……だから、魔法を暴走させやすいの」
タケルは言葉を失った。
だが――
「そんなん、気にすんなよ。暴走するエネルギーには、きっと制御方法がある。……多分な」
「ふふっ、やっぱり変な人……」
そんな2人を遠くから見つめるユリの瞳に、微かな光が揺れた。
(あれが……タケルくん。変わってない。でも……他の女の子と…あんなに仲良く)
その胸に小さな棘が刺さる。
ハルトはタケルから目を逸らさずにいた。
だが彼の表情に、迷いはない。ただ静かな観察者の目。
(……まだだ。記憶は戻っていない。だが……このままでは済まない)
そのときだった――
「ギャアアアアア!!」
広場の外れから、けたたましい悲鳴と土煙が上がる。
「魔物だ!! 魔物が街に出たぞ!!!」
「くっ……! 何故こんな市街地に……!」
ハルトがすぐさま跳躍する。銀光の剣を抜き放ち、襲いかかる魔物の一匹を一刀で切り裂いた。
「“雷斬閃”」
轟く音と共に、雷の如き斬撃が広場を駆け抜ける。
ユリも続く。
「《光閃結界・六連》!」
紅い瞳が光を帯び、六枚の光盾が宙に展開され、魔物の進行を封じる。
人々が逃げ惑う中、Sランクの2人の戦いはまるで“芸術”のようだった。
タケルも思わず見惚れた。
(……あれが、この世界の“本物の魔法使い”)
その背後で、ミーナがうずくまる。
「や、だ……だめ……! 助けなきゃ、でも、でも、身体が、熱くて……っ」
タケルが振り返ったとき、ミーナの瞳は淡い緑光に染まっていた。
風が渦巻く。
空気が裂ける。
「やばい……!」
魔原子が暴れだしていた。ミーナの体から漏れ出し、周囲の草や石を砕いていく。
「離れて!!」
町民達や王都の冒険者、魔法士達が距離を取る中、タケルだけはその場を動かなかった。
「ミーナ! 聞こえるか! 意識を保て!!」
だがミーナの瞳は既に焦点を失っていた。
魔原子の暴走はさらに加速。空気中に風の刃が形成され、あらゆるものを斬り裂こうとしていた。
「やめろ……!」
タケルの中で、何かが走った。
(風の流れを“逆位相”にして……収束させれば……!)
目を閉じ、手をかざす。
彼の視界に、数式と粒子図が浮かぶ。
「《逆転融合式・封》──!」
次の瞬間、暴走していた魔原子がまるで音を吸収するかのように静まり、空気が収束した。
だが完全に制御しきれなかった。
「……っ!」
ミーナがうめき声をあげ、再び魔力が溢れ出し始めた。
そのとき、光が差し込んだ。
「《癒光結界・聖域》」
清らかな光がミーナを包み、暴走する魔力を静かに沈めていく。
ユリが、光の中から現れていた。
「大丈夫……わたしがいるから」
そう囁いたユリの手から、やさしい光が伝わり、ミーナの魔力が鎮まっていく。
タケルは、ぼんやりとその光景を見ていた。
(あの子は……なんで……こんなにも、懐かしい)
ミーナは気を失ってタケルの胸の中に崩れた。
ユリはそっとその様子を見て、口元に小さく笑みを浮かべた。
(……タケルくん)
タケルとミーナの距離に、心の奥で小さく嫉妬が芽生える。
そんな一連の騒動を、広場のはずれの影からじっと観察していた存在がいた。
黒髪、紫の瞳。豊満な体を黒衣で包んだ長耳のエルフ。
「……面白い。魔力ゼロで、あそこまで“魔原子”を制御するなんて。あの少年、やっぱり普通じゃないね」
“黒の魔女”──マリア。
その妖艶な唇が、意味深に笑った。