2 魔力測定と黒のマリア
【魔力ゼロ】
「タケルも一緒にギルド登録に行きましょ!」
そう声をかけたのは、金の髪を首元で揺らす猫耳の少女──ミーナだった。
草原での戦闘から数時間。タケルとミーナは魔物の死体を置き去りにし、最寄りの街【ウォルト】へと辿り着いていた。
街の中心に構える大理石の塔。その地下にある魔法ギルドが、冒険者や魔術師たちの拠点となっている。
「ギルドってのは、なんか……科学技術省みたいなもんか?」
「へ? なにそれ?」
タケルの言葉にミーナは首を傾げたが、本人も曖昧だ。自分の記憶にはまだ霧がかかっている。
ただ、何かを“救わなきゃいけない”ーーその焦燥感だけが、彼の中で脈打っていた。
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ギルドロビーは人で賑わっていた。魔法士、剣士、商人らしき人間たちが思い思いに談笑し、依頼の掲示板を睨んでいる。
タケルは受付の女性に案内され、【魔力量の測定】と【ギルドカード発行】のため、奥の部屋へと通された。
部屋の中央には、水晶のように透き通った球体──《魔力測定水晶》が据えられている。
「両手を水晶に添えてください。魔原子の流入反応を測定します」
「……魔原子?」
「ま、まさか、知らないの?」
ミーナが目を丸くする。
「この世界の魔力ってのはね、空気中に漂ってる目に見えない粒子──《魔原子》を、体内に取り込むことで生成されるの。みんな生まれつき、それを吸収できる“器”を持ってるんだよ」
「じゃあ、俺も持ってるのか?」
「さぁ……どうかな。やってみよう」
タケルは言われるまま、水晶に手を置いた。
──沈黙。
水晶の中は、まるで空っぽのように何の変化も見せない。
「……測定不能。魔力……ゼロです」
ギルド職員が冷たい声で告げた。
「なっ……」
ざわり、と部屋の空気が変わる。
「魔力ゼロだって?」「おいおい、まさか本物の“魔なし”かよ……」「死人と変わらんじゃねぇか……」
嘲笑と軽蔑の混じった視線が、タケルに突き刺さる。
ミーナが庇おうと口を開きかけたそのとき──
「面白いわね。久々に“ゼロ”を見たわ」
高く、艶やかな声が響いた。
振り返ると、そこには一人の女が立っていた。
腰まで流れる黒髪。紫の瞳。豊満な肢体を包む漆黒のドレス。
──黒の魔女、マリア。
ギルドで伝説と噂される、マスターランク第三位の魔法士である。
「……誰?」
タケルが警戒しつつ問うと、ミーナが震えながら答えた。
「…あ…じ、序列3位《冥界の魔女》……黒のマリア様……!」
「ボクが魔力ゼロの子かしら?」
マリアはくすりと笑い、タケルの頬を指先でつつく。
「あなた、面白い目をしてるわね。まるで、異物。その目、見込みがありそう……ふふ、今後が楽しみだわ」
そう言ってマリアは去っていった。受付の誰もが頭を下げて見送る中、彼女は悠然とローブを翻す。
タケルには分からなかった。
だが、その瞬間、マリアの目は確かに“何か”を見抜いていた。
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「ねぇ、タケル。元気出して」
街の噴水前で座り込むタケルに、ミーナが小声で話しかけてくる。
「この世界じゃ……魔力ゼロって、本当に生きづらいの。魔力が全ての価値観を決めていると言っても過言じゃないから……でっ、でもね!!それだけが全てじゃない。たとえば、ギルドのトップランカーたち──“マスターランク”の5人には、色んな人がいるの」
ミーナはギルド冊子を開いて、タケルに見せてくれた。
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【マスターランク(Sランクの上位5名)】
1.カムイ・ハルト《黒雷の剣神》
少年ながら王国最強。雷魔法と剣の融合により一騎当千。
2.クリス・ヴェルニア《神童》
幻影魔法と剣技の使い手。王国騎士団団長。カムイ・ハルトが来るまでは序列1位。
3.黒のマリア《冥界の魔女》
闇の禁術を操る伝説のエルフ魔女。本名不明。謎が多い。
4.ルル・アークライト《氷華の女王》
冷徹な氷魔法使い。氷魔法で国一つを凍らせた異名を持つ。
5.カンナギ・ユリ《癒光の聖女》
圧倒的な治癒魔法の才能。その美貌から美しき聖女と謳われる少女。
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「……あれ?」
タケルは冊子のページを凝視した。
どこか懐かしさを感じる──
だが、それが“なに”なのか、思い出せない。
「きっと、タケルはタケルのやり方で強くなれるよ。たとえば……あの時の草原の戦いみたいに。あんなに強いんだからきっと大丈夫よ」
ミーナは微笑む。
──あのとき、確かにタケルは科学的な直感で【サイエンス】を発動し、魔物の弱点を突いた。
“魔法”でない別の力。けれど、それは確かに通用したのだ。
「俺は……魔力は無い。でも、それでも……」
思い出せない過去。けれど、心の奥に、確かな意志がある。
何かを守らなければ。
何かを……救わなければ。
「ギルドカードの発行は完了しました。ランクはE、使用魔法属性:なし、スキル:《サイエンス》」
カードを受け取り、タケルは静かに握りしめた。
そうして彼の目に、再び闘志の光が灯った。