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科学者だって魔法を使いたい!  作者: メガ・ウルトラギガ
ローズ王立魔法学園編
15/16

10 昼下がり、近づく距離

ローズ王立魔法学園、昼休み。


緑に囲まれた中庭のテラスに、タケルは昼食を広げていた。携帯用のパンとスープに、今朝ミーナが「食べなさい!」と渡してきた果物。


「……ふぅ、静かだな」


見上げると青空が広がっており、騒がしかった午前の授業が嘘のように、時間は穏やかに流れていた。


そこへ、トレーを持ったジルベールが現れる。


「隣、いいか?」


「え? ああ、もちろん」


気まずさがまだわずかに残るものの、先日の決闘を経て、ジルベールの態度は多少柔らかくなっていた。


タケルもそれを察し、変に突っ張るような気は起きなかった。


「ったく、ウルのやつ……まだ怒ってやがる」


ジルベールはスプーンを置くと、ため息交じりにそうこぼした。


「……そんなに根に持つタイプなのか、ウルって?」


「いや……根に持つっていうか、感情の出し方が不器用なんだよ、あいつは」


「ふーん……」


タケルが相槌を打つと、遠くから聞こえてくる声に耳がとまる。どうやら近くの生徒たちが、ジルベールとウルについて噂しているようだった。


「ほら、アークライト家の落ちこぼれ双子って……」


「貴族のくせに魔力量が下の下って、恥ずかしくないのかな」


「姉はあんなに優秀なのにね……」


「……!」


タケルはスプーンを置いた。


「……ああいうの、聞き流すしかねえよ。今さら気にしない」


ジルベールが低く言うが、タケルの表情はじっと固まっていた。


「……お前は、あんなこと言われて悔しくないのか?」


「慣れたよ。……もう怒るのも疲れた」


「でも、それでも……あんなことを平気で言う奴らがのさばってるのって、なんか違うだろ」


タケルの声音には、静かだが確かな怒りがあった。


「オレさ、記憶がないんだ。けど……そういう無神経な言葉に腹が立つってことだけは、感覚でわかる」


ジルベールは黙っていた。言い返す言葉を探しているわけではなく、ただ、その静かな怒りを真っ直ぐに向けられて、何も言えなかった。


しばしの沈黙の後、ジルベールが不意に笑った。


「……なんでか知らねえけど、お前、真っすぐすぎて疲れるな」


「それ、褒め言葉?」


「さあな」


そう言って、スープに手を伸ばしたジルベール。その横顔は、どこか軽くなったように見えた。


◆ ◆ ◆


タケルは心の中で小さくつぶやいた。


(……俺に記憶はないけど、こういうのは、きっと大事なんだろうな)


目の前のジルベールと少しずつ距離が縮まり、いつしか”クラス”が”仲間”になる。その始まりが、今この静かな昼下がりだった。


そして、そんな2人の様子を――


少し離れた場所の木陰から、ひとりの少女がじっと見ていた。


(……なんで、私、こんなにイライラしてるの?)


ユリはタケルの横に座るジルベールを、微かに睨みながら小さくため息をついた。


ーーー


午後の授業は「魔力制御の基礎」――基礎制御術の実技演習だった。


魔力量や精度を測定するため、教室の壁際には木製の標的と、魔力の流れを記録する測定装置が並んでいる。


「今日はペアになって、魔力の制御精度を互いに確認し合ってもらう」


教師のブラン=ロイドが淡々と指示を出すと、生徒たちは慣れた様子でペアを組んでいく。


タケルは自然とカイラスと組むことになった。


「よろしくな、タケルくん」


「うん、よろしく」


いつもながら穏やかでにこやかなカイラス。その柔らかな笑みは、どこか心をほぐすような温かさがあった。


対照的に、教室の隅ではウルが黙々と準備をしていた。組んでいたのはジルベール。


タケルがちらりと視線を向けると、ウルと一瞬だけ目が合う。だが、彼女はすぐにそらした。


「ふん…」


(……あの目、明らかに苛立ってる。俺、なんかしたか?)


そんな疑問を抱えつつも、タケルは魔力制御に意識を集中した。


【サイエンス】――科学的知識を活用し、魔法現象を数値的に再現する異質なスキル。


「じゃあ僕から行くね」


カイラスは軽く右手を掲げた。紫電が指先に踊ると、ふわりと風が吹いたような気配の後、雷光が走る。


「《雷弾・双牙》」


放たれた2本の雷の矢が、標的の石柱に寸分違わず突き刺さった。だが柱は焦げるだけで砕けることもなかった。


「威力制御……完璧だな」


「うん。あれくらいなら、体に当たっても気絶するくらいで済むよ。さ、次は君の番」


タケルは深く息を吸った。


(自分にできることをやるだけだ……!)


右手をかざし、対象に向けて構える。


「《解析開始――対象:風魔法構成式》……構成調整、再構築……発動、《風槍・低圧圧縮》!」


解析した風魔法を、威力を抑えて再編成し、細い空気の槍として打ち出す。


ヒュッ――という音とともに風槍が目標に突き刺さり、微かに表面をえぐった。


「すごいね。君、ほんとに魔力がゼロなの?」


カイラスが目を丸くして尋ねた。


「うん……魔力は、ほんとにゼロなんだ。でも、魔原子の構造と変換式を分析できる」


「……サイエンス、か。面白い力だ」


そう言って、カイラスはほほえみながら続けた。



タケルは魔力ゼロながら、魔原子の軌道を観察し、自らのイメージを“計算”で具現化する。


「……ふぅ……」


手を掲げると、空中にうっすらと風の流れが可視化されていく。


精密な操作。決して高出力ではないが、制御の細かさでは並の生徒を上回っていた。


「おぉ、これはすごいね。タケルくん、まるで魔力を持ってるみたいだ」


「ありがとう。たぶん、イメージだけでやってるからだと思う」


カイラスが驚いた様子で称賛すると、タケルは照れくさそうに頭を掻いた。


だが――。


「……ふん」


背後から冷たい視線が突き刺さる。


それは、ウルのものだった。


その双眸は氷のように冷たく、明確な嫌悪と怒りの色を帯びている。


(……やっぱり、俺にイラついてる?)


◆ ◆ ◆


放課後、タケルは中庭のベンチでノートを開いていた。


そこに、ジルベールがふらりと現れた。


「お前さ……ウルに、なんかしたか?」


「いや……特に何も。でも、あからさまに嫌われてるっぽい」


ジルベールは腕を組んでため息をつくと、真剣な目でタケルを見た。


「ウルはな……ずっと周りから『貴族のくせに魔力量が俺よりも少ない』って蔑まれてきた。姉のルルは天才的な魔力使いで、おまけに美人。だから余計にな」


「……」


「魔力量が少ない貴族ってだけでも地獄なのに、周囲からは“姉の劣化コピー”とか“平民より少ないクズ”とか言われてさ。ウルは……ずっと耐えてきた」


タケルは言葉を失った。


「それで、ウルは努力して、知識と制御精度だけでDクラスに入った。だが、そこに――魔力ゼロの奴が入ってくる。しかも、授業でしっかり結果まで出す」


「……それが、気に入らない?」


「いや……むしろ、自分の努力を否定されたみたいに感じてんだと思う。ウルはな、自分のこと、誰よりも“普通以下”だと思ってる。俺よりも、ずっとな」


「……そんなこと、ないのにな」


「俺もそう思ってる。……でも、伝わらねぇんだよな」


ジルベールは苦笑しながら、ぽんとタケルの肩を叩いた。


「ま、ウルもそのうち分かるさ。お前が“敵”じゃないってことをな」


そのやりとりを、近くの木陰でこっそり見ていたミーナは、ちょっと目頭を押さえながら微笑んだ。


「みんな、まっすぐすぎるわ…ほんと」


◆ ◆ ◆


その夜、ウルは一人、寮の部屋で机に突っ伏していた。


タケルの制御術が、頭から離れなかった。


(……あんなやり方、聞いたこともない)


彼女は魔力量こそ少ないが、勉強も訓練も人一倍こなしてきた。だからこそ、「魔力ゼロの人間」が自分を超えるような精度を見せることが許せなかった。


(……私の努力って、なんだったの……?)


彼女はただ、自分を守るように、膝を抱きしめた。


(……絶対に、認めたりしない)


でも――その目には、確かに一滴の悔し涙が滲んでいた。




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