兄の意地 ジルベールside
誰にも見せられない日記がある。
貴族の長男として育てられた少年――ジルベール・アークライトは、夜、机に向かい、静かにそのページをめくった。
(今日、また“あれ”を言われた)
「おや、アークライト家にもこんな“控えめ”な魔力の子がいたとは」
「双子で、この差……ルル様はやはり別格ですな」
控えめ? ただの皮肉だ。
言外に言っている。「おまえは姉の劣化コピーだ」と。
ジルベールはペンを握る手に力を込めた。
手が震えているのは怒りか、悔しさか、それとも――。
(……妹の前では、そんな顔、絶対に見せられない)
双子の妹、ウル。
よく泣いていた。
でも泣いている姿を、外では絶対に見せない子だった。
だからジルベールは、**「兄であること」**に全てを賭けてきた。
(俺が、ウルの盾でなければならなかった)
姉のルルは――完璧だった。
魔力量、制御、魔法適性、すべてが規格外。
「アークライト家の誇り」と、堂々と呼ばれるにふさわしい存在。
だがその影に生きる双子は、どうなる?
貴族の宴席では、並んで立つだけで比較された。
訓練場では、手加減をされると分かっていても、勝負を挑み続けた。
それでも、ルルとの差は縮まらなかった。
(努力だけでは、届かないものがある)
それがこの世界の“現実”だった。
魔力量は血で決まる。才能は、家で決まる。
それを崩せるのは――奇跡か、あるいは……。
(あいつ……タケル。あいつは……なんなんだ?)
ジルベールは思い返す。
Dクラスの教室に現れた魔力ゼロ。
なのに、何も恐れず、堂々としている。
魔力量が全てのこの世界で、魔力がないことを恥じるでもなく――。
(“俺は俺のやり方でやる”って顔だった)
それが、癪だった。
悔しかった。
なのに――どこか、憧れてしまった。
「……違う。あんなやつ、俺は認めない」
口ではそう言っても、胸の奥が否定できない。
(俺たちを見下したやつらにも、あいつは似てない)
目が合ったときにわかった。
タケルは、誰よりも“誰かを守ろう”としている目だった。
それが――嫌だった。
羨ましかった。
どうして、俺には……。
「……っくそ」
手にしていたペンが折れた。
黒インクが滲み、日記の文字を黒く染めた。
ジルベールは深く息を吐いた。
(負けるわけには、いかない)
妹の前で、弱さは見せられない。
姉を見返すためにも、今度こそ――!
立ち上がる。視線はまっすぐだった。
そして、心の奥に――誰にも見せられない小さな声が響いた。
(……俺も、変われるだろうか)
それは、希望だったのかもしれない。
ただし、今はまだ、それを認めるには、彼は少しだけプライドが高すぎた。
「魔力ゼロの勇者なんて聞いたことねぇよ」
そう溢した口元には笑みが溢れていた。