9 炎の記憶
放課後――。
「おい、魔力ゼロ、放課後、裏のグラウンドに来い。言いたいことがある」
そう書かれた紙がタケルの机に投げられていた。
書いたのはジルベールに違いない。ミーナが心配そうに見てくる。
「タケル……やめよう? 絶対、ケンカになるわよ……」
「平気だって。ちょっと話すだけさ」
しかしタケルの声に、どこか覚悟が滲んでいた。
⸻
Dクラス専用の裏グラウンド。
夕陽の中、ジルベールが腕を組んで立っていた。少し離れた所にウルが無表情で立っている。
「――始めるぞッ!」
地を踏み鳴らすように、ジルベールが杖を地面に突き立てる。
その瞬間、彼の足元から赤い魔方陣が展開され、空気が一気に熱を帯びた。
「《フレア・ランス》!」
轟音とともに、灼熱の槍が複数、空中からタケルに向けて一直線に放たれる。
(速い……!)
タケルは即座に身を転がし、地面を滑るようにして火炎の直撃を避けた。炎が巻き起こした熱気が肌を焼く。
「こっちは手加減しねえぞ。お前がどうなろうと関係ねえからなッ!」
ジルベールの表情には怒りとも苛立ちともつかない、激しい感情が渦巻いていた。
「……なんで、そんなに……」
問いかけるタケルに、ジルベールは吐き捨てる。
「“貴族のくせに魔力が少ない”ってだけで《失敗作扱い》だ、笑われた俺たちに、お前みたいな魔力ゼロが何で笑ってんだよ…ヘラヘラしてる顔が……気に食わねえんだよッ!」
再び炎の槍が撃ち出される――!
(逃げるだけじゃ、終わる……!)
地面を蹴って接近しようとした瞬間、爆風が足元を吹き飛ばした。タケルの体が宙に浮き、瓦礫に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
焦げた空気と、焼け焦げた匂い。傷ついた腕がジリジリと痛む。
「タケル!!」
遠くでミーナの叫びが聞こえた。
そして――。
火の粉が舞う赤い空を見上げた瞬間だった。
――その光景が、重なった。
燃える研究所。
火の海の中で誰かが叫んでいる。
白衣をまとった影が、こちらに向かって手を伸ばして――。
「……だれ、だ……?」
タケルの頭に、走る閃光。
次の瞬間、彼の目が冷静さを取り戻していた。
「解析開始──対象:魔法構造式」
静かに呟いたその言葉と同時に、タケルの瞳が淡く赤く発光した。
「っ!? 何をした……?」
ジルベールの魔法が軌道を逸れ、まるで何かに吸い込まれるように空へと消える。
「いまのは……【サイエンス】……?」
ミーナが呟く。
「解析・変換・融合」スキル――それがタケルの無意識の中で発動していた。
「お前の魔法は、炎系統でも旧式の術式だ。空気圧と熱圧のバランスが崩れてる。再編すれば、無効化だってできる」
「ふざけんなッ……!おまえ何者だよ」
「ただの魔力ゼロの《勇者》さ」
「バカ言ってんじゃ…ねぇよ…ッ!!」
ジルベールが再び杖を振り上げる。しかしその手首を、タケルが素早く掴んだ。
「悪いけど、そろそろ終わりだ」
タケルの拳が、まっすぐにジルベールの腹に叩き込まれた。
「……がはっ!」
炎の少年が倒れ伏し、決闘は終わった。
「……終わり、か」
肩で息をしながら、タケルは空を見上げた。夕暮れの空が、今はなぜかひどく懐かしく思えた。
「やれやれ、予想以上の被害者だね。正直、驚いたよ」
柔らかな声がして、後方から拍手が聞こえた。
振り向くと、カイラス・ヴェノートンが立っていた。
制服は乱れひとつなく、その整った顔立ちに微笑を浮かべていた。
「タケルくん、君がまさかこんな力を隠してたなんてね」
「……見てたのか」
「もちろん。ボクは情報収集が趣味だからね。注目株の2人の決闘とあればね…――けど、タケルくん、君の活躍は期待以上だったよ」
その眼差しはまっすぐで、嘘の色はなかった。
それでいて、どこか“底が見えない”とも思わせるのは、彼の持つ雰囲気ゆえか。
「……ありがとな」
タケルが静かに応じたとき、遠くでウルがジルベールに肩を貸して立ち上がらせていた。
「なぁ…、アイツに今度話しかけに行ってもいいか?知りたいんだ、アイツがなんであんな強いのか」
「……勝手にしなさい。私は関係ないけど」
ウルがどこか悔しそうな顔をしながら小さく呟く。
「そうかよ……」
そう呟くジルベールに、タケルは静かに近づいた。
「……俺に勝ったからって、調子に乗るなよ」
「わかってる。でも、戦ってくれてありがとう」
互いの瞳が交差する。
そこにあったのは、憎しみではなく――確かな火花だった。
(また、ひとつ近づいた。記憶の断片に)
タケルは拳を握りしめ、心に誓う。
(誰に何を言われようと、俺は……俺にできることを、やる)