6 魔力ゼロの男
訓練場にある石造りの小屋の中。
マリアの過酷な魔力理論と制御の講義が終わると、タケルは干からびた雑巾のように床に崩れ落ちた。
「もう……無理。脳みそが糖分を欲してる………」
「もー情けない!これくらいで音上げるようじゃ、この先の入学試験が思いやられるわ」
陽気な声とともに、汗まみれの金髪ショートの少女――ミーナが、腰に手を当ててタケルを見下ろしていた。
「そりゃあミーナさんは魔力あるしねぇ……」
「そっちが頭で考えるなら、こっちは体でぶつかる主義なの!」
ぱん、とタケルの背を叩く彼女の笑顔は、まぶしいほど明るく、どこかタケルを救ってくれるような温かさがあった。
(やっと元気を取り戻してくれたな…ここ最近魔力暴走や魔物の襲撃でショックを受けてたみたいだからな)
(こっちの方が、ミーナらしい)
「って、ああー! いま絶対、私のこと“勝てない”とか思ったでしょ!」
「お、おもってないっ!」
「顔に出てた!いい? タケル、私は絶対負けないから! 次の模擬戦でボコボコにしてやるんだから!」
そう言いながらも、どこか楽しげな笑顔を見せるミーナ。
その様子に、タケルはふとこみ上げるものを感じた。
(こうやって笑い合えるのって、悪くないな……)
⸻
――その夜。訓練場裏の焚き火前
マリアが紅茶を片手に、珍しく一息ついていた。
「ふう……あの2人、随分とよく動くようになったわね」
タケルとミーナは並んで、寝転がりながら空を見ていた。
2人とも、ぐったりではあるが、確かな“成長の片鱗”を刻んでいる。
マリアはふと懐から取り出した小さな金属カードを手にした。
「これ、ギルドカード?」
タケルがマリアの手元を覗きこむ。
「そう。正式な冒険者として登録されれば、これが身分証明書代わりになるわ。貴方も以前仮のカードを渡されたでしょう」
カードは魔原子と魔術刻印で構成され、使用者本人の魔力波長やスキル、功績が記録されていく。
「……でもあれって確かマリアが修行始める前に預かってなかったっけ?」
「そう、このカードを発行する為にね…ただし、魔力のない人間が“認められる”には……相応の証明と本人確認が必要だったから時間がかかったわ」
マリアは、カードの端に刻まれた複雑な魔術式を撫でながら、タケルを見つめた。
「タケル、あなたに聞きたいの。なぜ、貴方は私の条件を呑み学園に通おうと思ったの?」
「え……それは……」
タケルは言葉に詰まり、目をそらした。
“誰かを助けなきゃいけない”――その想いは確かにある。だが、なぜかは思い出せない。
「……わからない。でも、俺は、もっと強くならなきゃいけないって思ってるんです。その為にはあの2人が確実に俺の記憶を呼び起こさせるのに必要だって呼びかけてくるんです」
静かなその言葉に、マリアの目が細くなる。
「あなたの目、似てるのよ」
「……誰に?」
マリアはしばらく黙っていた。そして、
「昔、私が……愛した男よ。彼も魔力ゼロだった」
「……っ」
「無力だと、世界に否定されていた。でも……誰よりも世界の“理”を理解し、誰よりも努力していたわ」
焚き火がはぜた。
マリアは立ち上がり、星空を仰いだ。
「あなたを学園に送るのは、私のエゴ」
「エゴ…?」
「最後の三つ目の条件を伝えてなかったわね。最後な条件は…、必ずその力を悪用しないことよ」
「……わかった、必ず守る」
沈黙。
マリアはそれ以上語らず、また静かに笑った。
「――さて、朝には推薦状を渡すわ。準備をしなさい。学園入学試験まで、あと10日よ」
⸻
翌朝、ロゼリアギルド本部
「これが正式なギルドカードね」
マリアから渡されたカードには、
【Name:タケル】
【Rank:E】
【Magic:未検出】
【skill:サイエンス】
【title:黒の魔女直弟子】
という内容が記録されていた。
「……なんか、就活みたいだなこれ」
「身分証明、出入り許可、任務記録……冒険者として、これがあれば旅はしやすくなるわよ」
ミーナも同様に、ランクDのカードを受け取っていた。
「絶対Sランク目指してやるんだから!」
タケルはその声に、つられるようにカードを見つめる。
(ここからが……俺の、スタートだ)