生川さんは、おそらく不死身
1月上旬、まだまだ春は見えず寒さが続く中、3学期が始まり2日が経っていた。
僕、森田守はHRが終わると授業の準備を始める。今から始まる地理は、教科書を必ず持ってこなくてはならず、忘れた場合かなり先生が不機嫌になる。初日に忘れて怒られたのもいい思い出だ。
「もりた、ちょっと、教科書みせて」
「え?あ、ああ、いいよ」
急に話しかけてきたのは隣の席の生川かなめさん。昨日は学校を休み、今日が初めての3学期登校の人だ。2学期までは授業以外では特に話したことはなかったはずだけど。
…あ、髪切ってる。確か前までは、腰くらいまであるストレートだったはずだ。あれ、髪切ったにしては妙にボサボサなような…
「ありがとう」
返事をする生川さんの声を聞き、さらに違和感を覚える。数える程度しか話したことはないけれど、普段よりも掠れている気がする。
「声大丈夫?すごい掠れてるけど」
「だいじょうぶ。ちょっと、ねてた、だけ」
そう言ってガラガラな声で返事をする生川さん。寝てただけじゃそんな声にはならないと思うよ。
だけど本人が大丈夫といっているなら、心配しすぎるのは迷惑だろう。
「そっか。何かあったら言ってね、手伝うよ」
「わかった」
僕の思いが通じたようだ。何かあったら保健室に連れていくぐらいはしてあげよう。僕、保健委員だし。
しばらくすると先生が教室に入ってくる。
生川さんはのそりと席を立つと先生の方に歩いていく。どうやら教科書忘れを報告しに行くようだ。怒られないといいけど。
そんな心配をよそに、生川さんは先生と2,3言会話をすると席に戻ってくる。先生に怒った様子はなく、むしろ心配している様子だ。まあ、あんな声なら心配もするだろう。
その後の2限目でも3限目でも、すべての授業で生川さんは教科書を忘れていた。いや、教科書だけじゃない。よくよく見ると生川さんは鞄すら持ってきていなかった。どういうこと?
昼休み、僕は友人のヒロトと一緒に食堂でご飯を食べていた。特性カレーうどん、ワイシャツを着ていることに目をつむれば最高の昼食だ。
「生川さんさー今日すごい忘れ物多かったよな」
「あーね」
教科書を見せるために机をくっつけていたから、さすがに目立っていた。
毎時間毎時間、教科書見せてと言ってきた生川さんに、周りのクラスメイトの最後には笑っていた。今日のプチ主人公は彼女だろう。
カレーうどんを見事に食べきり、食堂を後にしようとすると生川さんとすれ違った。そのまま券売機の前で立ち止まる。
僕は少し気になったので話しかけに行く。ヒロトは次の時間の課題が終わってないらしく、さっさと教室に戻ってしまった。
「生川さん、どうかしたの?」
「なににするか、まよってる」
かすれた声でそう答える生川さん。彼女は手を広げて手に握っていた、なぜかびちゃびちゃに濡れた600円を見せつけてくる。なんで濡れてるの?あと財布はどうしたの?
「なにが、いいかな」
「ええーっと、うどんとかいいんじゃないかな」
風邪をひいている時はうどんがいい気がするし。
「そっか、じゃあ、そうする」
生川さんは食券を買うとトボトボとカウンターの方へと歩いて行った。
すべての時間で生川さんに教科書を見せた放課後、保健委員の仕事を終えた僕は、家へと帰るべく駅へと歩いていた。今日は帰ったら何をしようか。
そういえば生川さん、明日は教科書……いや、鞄持ってくるといいな。
──ボォォン!
いきなり轟く轟音。なんだこの音は。
音がした方を見るとコロコロと同じ高校の制服の女子が転がってきている。奥には車が止まっていて、地面に濃いブレーキ跡が残っていて運転手の人は焦っている感じがする。て、あれ?事故?……事故!?こんな時何をすればいいんだ!?
考えている間にも、女子はコロコロと転がってきて、僕と5m程度の距離で止まった。
さすがにこの距離にいるのに無視はできない。
「え、えっと、、大丈夫、ですか?」
恐る恐る話しかける。僕と同じ1年生を表すリボンに、ボサボサの髪。彼女の他の持ち物を探すがどこにも無く、鞄が見当たらない。
……あれ、この人、よくよく見たら──
「あれ、もりた、だ」
むくっと起き上がりながら掠れた声でそう言ったのは生川さんだ。
……起き上がった!?
「ちょうど、よかった。もりたをさがしてた」
「え、ちょ、ちょっと!大丈夫なの!?」
気にする様子もなく立ち上がる生川さん。制服についた砂埃を払っている。
「じゃあ、いこう」
「あ、ちょ!」
僕の腕を取り駅に向かって走る生川さん。後ろから僕たちを止めようとする運転手。気にせず走る生川さん。もうめちゃくちゃだよ。
駅に着くと生川さんは動かなくなった。代わりに腕が解放され、僕が歩く後ろについてくる。
「……あの生川さん?」
「いえ、いこう。」
「家?」
コクンと頷く生川さん。つまり、どういうこと?
「なにか、あったら手伝うって、いってたから」
「手伝う?ああ、授業中に言ってた──」
「わたし、いま、いえない」
え、家ないって言った?
「おととい、もえちゃった」
「燃えちゃったって…」
「おかねも、もうない。いくとこも、ない」
「えっと……親御さんとかは」
「いない」
「…」
◇
「汚れてたらごめん。荷物は……ないんだった。えっと、麦茶飲む?」
「のむ」
結局家に入れてしまった。いや、仕方ないよね。あんなこと言われちゃ断れないよ。それに僕が助けなかったら、野宿の可能性もあったわけだし。うん、僕はきっと正しい。
ゴクゴクと麦茶を飲んだ生川さんはそのまま固まる。
さっき聞いた火事に遭ったという話で、いろいろと今日の出来事の辻褄が合っていく。おそらく教科書も鞄も、何もかも燃えてしまったのだろう。
そう1人、納得をしながらをお風呂のスイッチを押す。
「えっと、服とかはジャージとかで大丈夫?」
「うん、ありがとう」
──ガチャ
「ただいまー」
玄関が開き、母さんが帰ってきた。
そういえば親に許可取ってなかった。どうしよう。
「あら?その子──」
「ちょっと外出て!」
母さんの腕を引いて外に連れていく。持っていたビニール袋がドンと音を出して落ちたが気にしない。さすがに生川さんの目の前で揉めるようなことがあってはいけないのだ。
僕は事情を説明して、生川さんが泊まれるように説得する。
「家は別にいいけど、その子、大丈夫なのよね?」
「え?いや、普通のクラスメイ──」
そこで言葉が詰まる。『普通』。火事のインパクトで忘れていたが生川さん、車に轢かれてたよね…
果たして、車に轢かれた事をなかった事かのようにしている女の子は普通なのか?
だけどここで否定しちゃだめだ。生川さんに野宿をさせるわけにはいかない。
「普通のクラスメイトだよ。いい人だし」
「そう…」
納得してくれたのか、母さんは家の中へと入っていく。
僕は母さんの後は追わずに玄関前に座りこむ。さっきはなあなあにしたが、冷静に考えて、車に吹っ飛ばさてもピンピンしている女子高生が普通なわけがない。
もしかして生川さん、柔道経験者かな?きっと受け身の達人とかでしょ。きっとそうだ。うん。
そう結論付けて家へと入っていく。考えても意味がないと思うしね。
「そうなの~!かなめちゃんは偉いわね~」
「ありがとう。ひとりだから、がんばってる、これからも」
「ほんと凄いわ!私が高校生の頃は、恋愛しか頭になかったわよ!」
「れいさんは、いまがんばってる。すごい」
いつの間に名前で呼び合う仲になったんだ?あと母さん、若者に自分が高校生の頃の話はやめてくれ。
「あ、守!なによ、かなめちゃん。すごい、いい子じゃない!変な返事するから警戒しちゃったわよ」
「ああ、うん。ごめん」
いや、僕は悪くないよね?ちょっと言い淀んだくらいじゃん。
そこでお風呂が沸いた合図が聞こえる。僕が帰って来た時に沸かしたものだ。ボロボロな生川さんのため、いつもより早い時間である。
「あら、お風呂沸かしたの?かなめちゃん、入ってきていいわよ」
「あ、はい」
いつもよりとは違うタイミングのお風呂の湧くタイミングに、どうやら察したらしい。母さんは生川さんをお風呂へと誘導した後、僕に向かって3000円を渡してくる。
「なにこれ?」
「コンビニ行って下着買ってきてあげなさい。かなめちゃん、服もないんでしょ。私、これからご飯作るから」
そう言い残すとご飯を作り始める。
母さん、家で一番近いコンビニって駅前だよ?
文句を言っても仕方ないので仕方なしに駅へと向かう。
生川さんを家に連れていくためにバスで家に帰ってきてしまったので、バスを使って駅へと向かう。ついでに駅に置いてる自転車を回収してしまおう。
コンビニで下着を買ってすぐに家へと帰る。
パンツはまだいいものの、キャミソールを買うのには覚悟が必要だった。女装癖があるって誤解されたらどうしよ。店員さん、知り合いとかじゃなかったよね。
「ただいまー」
「はい、お帰り」
母さんは忙しそうに返事をする。いつもよりも1人前多いもんね。少し申し訳ない。
まあでも、母さんの方が生川さんを泊めるのに乗り気だしいいか。
「生川さーん?し、下着、置いとくね」
洗面所に入り声をかける。ぼやけてるとはいえ、お風呂の方を見るのは罪悪感があるので下を向いたまま。
……あれ、返事がない
「生川さん?お、おーい」
──しかし、返事はない。
思わずお風呂の方を見るが、ドア越しのため当然よく見えない。
いや、おかしい。お風呂の中はよく見えないが、人がいるかどうかくらいは分かるようになっている。なのに生川さんの黒髪すら見えないということは―
「生川さん!!」
ドアを開け、目の前の光景をみると頭が真っ白になる。
生川さんは湯船に沈んでいた。
思わず駆け寄り、生川さんを引き上げる。生川さんは表情を変えることなく目を瞑ったままだ。
いつから溺れてた?まてまて、僕が買い物に行って戻るまでに50分近く経ってるはず。その間、ずっと溺れてた?仮にそうだとして、助かる可能性は何%だ?
いや、考える場合じゃない。早く心肺蘇生を…
そう思い彼女に目を移す。
たしか、鼻をふさいで顎を上げてやるはず…
保健の授業を思い出しながら鼻をふさぐ。
次に顎を上げようとすると生川さんを目が合う。
……え?
「まもる、いきできない」
「え、あ、ご、ごめん」
鼻声で訴える生川さんから素早く離れる。
「って、ちがう!生川さん、溺れてたよ!?」
「すこし、ねてた」
違う、君は溺れてたの。
「まもる」
「ん?どうかした」
「恥ずかしい」
言われて気づく。ここに存在するのは服を着ている僕と、裸の生川さん。2人きりの浴室だ。
「守?」
後ろから聞こえる低い声の母さん。違かった、2人きりじゃなかった。
「……はい」
「リビング来なさい」
「…はい」
言われるがままリビングに足を運ぶ。
そういえば生川さん、いつの間に僕のこと名前呼びになったんだ?
その後はとりあえず説教。状況からみて、僕がいきなり浴室ドアを開けたようにしか見えないもんね。第三者から見たら、僕が悪にしかならないよね。
でも言わせてくれ、僕は助けようとしただけなんです。
気まずい夕食を終え、母さんがお風呂に入ってる間、僕は部屋のベッドに寝ころんでいた。今日の1人反省会である。
さっきの生川さん、思わず溺れていると思ったけどもしかしたら普段から顔まで湯船に浸かる習慣だったのかもしれない。水中だと外の音が聞こえにくいし、返事がなかったのも納得だ。
なにより、息をしてるかの確認もせずに心肺蘇生をしようとしてしまった。人工呼吸をしようとしてしまった。
「あああああああああああ!」
枕に向かって叫ぶ。
やってしまった。やってしまった!
なによりやってしまったのは、裸の生川さんを見てしまったことだ。女の子からしたら最悪だろう。もうヤダ、過去に戻りたい。
「まもる」
「!?」
ベッドで悶えてたら生川さんがやってきた。ちなみに生川さんは、結婚を機に家を出た姉さんの部屋を使ってもらってる。
あれかな、ただでさえ覗かれて嫌なのに隣の部屋で五月蠅くするなって文句言いに来たのかな。
「おふろ、あいたって」
「え、ああお風呂ね!お風呂!じゃあ、入ってこようかな!」
ベッドから飛び起き、急いでお風呂場に向かおうとするが廊下に出た瞬間に服を引っ張られ止められる。
「さっきのこと、あんま気にしてない」
「え?」
「おふろでねてた、わたしが悪かった。まもるはしんぱいしただけ。やさしい」
そう言ってこちらを見つめる生川さん。その表情に気にしている様子は一切ない。
「生川さん、ありがとう。あと、ごめん」
「うん」
そうだよね。生川さんが気にしてないってちゃんと言ってくれたんだ。できる限り気にしないようにしよう。多分無理だけど。
そして生川さんは寝ていただけ。溺れてなんてない。そういうことにしよう。
「じゃあ僕、お風呂入ってくね」
「いってらっしゃい」
その日はお風呂に入った後、すぐに部屋に戻ってそのまま寝た。
「おはよー」
「おはよう」
起きてリビングに向かうと母さんが朝ごはんを作っている。今日も朝早くからご苦労様です。
「あ、守。かなめちゃんまだ起きてないから起こしてきてあげて。学校に遅れちゃうわよ」
「分かった」
言われるがまま2階に向かい、生川さんが寝ている姉さんの部屋へと向かう。そしてノックをする。いきなりドアを開けて着替え中に出くわす、なんて展開は起こさない。僕は学ぶ男なのだ。
「生川さーん、起きてるー?」
──しかし、返事はない。
なんかこの展開知ってるな。これは、入ってもいいのだろうか?
「守―?ご飯できたわよー?」
入るかどうか考えてると母さんが1階から叫んでくる。よし、入ろう。
寝坊して学校に遅刻してはいけない。僕がここで部屋に入る選択肢は正しいはずだ。
そう結論付けて部屋に入る。
──しかし、誰もいない。
部屋を見渡し、布団をめくってみたがどこにも姿は見えない。
そして、部屋を見渡すうちにあることに気づいた。ベッド近くの窓が開いているのだ。
今は1月上旬。窓を開けて快眠できるほど良い環境ではない。
窓を閉めようとベッドに上り窓枠に手をかける。そして何となく、何となくだけど、外を見る。
そこにはすやすやと気持ちよさそうに眠っている生川さんがいた。
もう、訳が分からないよ。
「えっと……生川さん、起きて」
玄関から外に出て、生川さんを起こす。すごい気持ちよさそうに寝てるけど、気温は2度だし、地面はコンクリートだぞ。
「……あれ、まもる。おはよう」
そう言ってガラガラじゃない声で挨拶をする生川さん。起きたんだね。あと声治ってよかったね。
外にいるのが不思議なのか、数秒間キョロキョロと周りを見渡すと直ぐに納得したかのように頷いて言った。
「わたし、寝相わるい」
そうだね。寝てる最中に窓を開けてそのままよじ登って落下するくらいだもんね。そりゃ、寝相悪いよ。うん。寝相寝相……
「おはよう、生川さん。朝ごはん食べようか」
「たべる」
「目玉焼きは好き?」
「すき」
そんな会話をしながら家へと入る。外にいる理由についてはもう考えない。
外から来た生川さんに母さんは多少は驚いていたが、すぐにご飯を食べるように催促してきた。もっと疑問を感じろ。
結局そのまま朝ごはんを食べて、急いで学校へと向かう。生川さんもいるため自転車でなくバスだ。
学校に着いてすぐ、生川さんは職員室に向かった。
別れて教室に向かおうとしたら止められたので、僕も同伴だ。
「あら生川さんおはよう。昨日は大丈夫だった?」
職員室のドアを開けると担任である新村先生がやってきた。
「だいじょうぶ。まもるのいえにいった」
それを聞くと新村先生の視線は僕の方に向く。待ってください。親もいたし、特に変なことは……無かったわけじゃないけど心配した結果です。他意はないです。
「ありがとうね森田君。昨日、お母さんから電話で聞いたわ」
「あ、そうですか」
「学校側も事情は知っているのだけど、対応が難しくてね」
「えっと僕、詳しく事情知らないんですけど」
生川さんと目くばせをした新村先生は事情を話し出す。どうやら話していい許可が下りたみたいだ。
「生川さんが前に住んでいたアパートって、私の知り合いのところだったの。そこに、大家的なポジションで生川さんを住まわせてもらってたんだけど、火事で色々起きちゃって住むところが無くなっちゃったの。火事が起きた日は学校の保健室に私と泊まったんだけど、流石にずっと、って訳にもいかなかったからね」
「そういうことだったんですね」
話を聞いて、生川さんが家に行こうと言ってきた時を思い出す。
僕が手伝うと言った時、どれほど嬉しかったのか。僕にはわからないけど、自分が言ったことで生川さんが救われたとしたら、嬉しい。素直にそう思った。
「だから森田君、しばらくの間、よろしくお願いします」
そう言い頭を下げる新村先生。生徒1人のために、生徒に頭を下げることができる教師が、一体何人いるのだろうか。
「任せてください」
実際にはできることはほとんどなく、この台詞は母さんが言うできものであるが、僕は精一杯に答えた。
このカッコいい担任の期待に、どのような形でも応えてみたいと思ったんだ。
2か月後の終業式の日。
あれから生川さんと何事もなくこの日を迎えることができた。
うん、何事もなかった。生川さんがストーブを抱きしめながら寝てたり、熊用の電柵に突っ込んだりなど色々あったが何事もなかったのだ。
そして現在、僕は生川さんを探している。通知表をもらい、1年生最後のHRは終わったが、生川さんに渡す物があるらしく、新村先生から探してきてと言われたのだ。
校内にはおらず、外にいると思い、外に出て探すこと約5分、生川さんを発見した。……木の上に。
どうやら制服のリボンが木に引っかかってしまい、上って取ろうとしているみたいだ。
声をかけようと木へ近づいて上を見ると、ちょうど生川さんがリボンを取ることに成功していた。
そして次の瞬間、足を滑らした。
態勢を崩しているため、このままでは背中から落ちてしまう。普通なら無事では済まないだろう。
………は?僕は今、何を考えた?
「生川さん!!」
生川さんが落ちてくる場所に走り込み、急いでキャッチする。しかし、想像以上にスピードが出ていたのか、腕に収まった彼女はそのまま下へ向かって落ちていってしまう。
直ぐにひざを曲げて、体を生川さんの下へと滑り込ませた瞬間、下敷きになって倒れた。
「……まもる?」
上に乗った生川さんが心配そうに名前を呼んでくる。
やっぱり、彼女は普通の女の子だ。今だって、僕を心配してくれている。
それなのに僕は一瞬、助けに行こうとしなかった。
「ごめん…生川…さん」
予想よりも衝撃が強かったのか、視界ぼやけていき、そのま暗転した。
目を開けると暖かい光に包まれていた。
「……保健室?」
起き上がって周りを見渡す。やはり保健室だ。保健委員の仕事でよく来るし、間違いない。
「ぐすっ……うぅぅ」
「ん?」
足がやけに重いと思ったら生川さんがいた。
僕の足に腕を置き、突っ伏している。
「生川さん?」
「まもる!?」
声を掛けた途端、顔を上げて抱き着いてきた。
「うぅ…まもるぅ…」
生川さんは肩に顔を押し付けて泣いていた。
こんな生川さんは初めてだ。普段から笑うことすら珍しいのに、こんなにも感情を爆発させている。
「心配かけてごめん」
「ぐす…まもるが、もう、め、さまさないとおもった」
「僕は大丈夫だよ」
「いつもたすけてくれて、ほんとに嬉しかった」
「でもさっき、一瞬だけ迷っちゃったよ」
「でも!…でもたすけてくれた!おふろのときも、びりびりしたときも。かならずたすけてくれる」
「…うん、心配だからね」
「いつもしんぱいしてくれて、うれしかった。わたし、いまはじめて心配した。すごく、不安だった」
「うん」
「好き」
「うん……え」
いま好きって…
「ずっといっしょにいて。わたし、まもるといたい」
そう言う生川さんはどこか不安そうで、でも、しっかりとした意志を感じた。
だから僕も、しっかりとした意志をもって答える。
「うん。僕も、ずっと一緒にいたいよ」
「うん!」
生川さんの抱き着く力が強くなった。僕も腕を回し抱きしめる。
そうして数分が経った頃、なんとなく目線を動かすと新村先生と目が合った。
「あ、えっと、違うの。森田君の様子を見ようと来たらこうなってて」
「えっと……すみません」
我に返り、生川さんの背中を離れての意を込めてポンポンとたたく。しかし離れない。
「……あの、生川さん。一回離れよ?」
「ずっといっしょにいる」
ずっと一緒って、ゼロ距離じゃないとだめなのか。
「えっと、先生お邪魔よね?暗くならないうちに帰るのよ?」
そう言い残し、先生は保健室を後にする。
気を利かせたつもりだろうが、恥ずかしいのでやめてほしい。
「生川さん」
「なに?」
「帰ろうか」
「うん」
そのまま手を繋いで家へと向かう。
生川さんはルンルンと腕を振っている。すこぶる上機嫌らしい。
「今日のご飯は何だろうね」
「れいさんのごはん、美味しい。わたしもつくってみたい」
「そっか、楽しみにしていいの?」
「うん。まってて」
完璧に助けることができなくていい。救えなくていい。
ただ、今日みたいに不格好でもいいから彼女を守れるような人になりたい。
それが、普通な彼女を持つ彼氏の役目だと思うから。