子どもを育てる話し方
「ちょっとユウキちゃん!どうして落書きするの!?」
私は甲高い声で息子に言う。
「♪~~♪~~♪~~」
ユウキちゃんはクレヨンで線を家具や壁に描く。
直線、曲線、くるっと輪を描いては走り回る。
「そこまでにしようか」
「あ!パパ!」
「イサムさん!」
夫のユウキがユウキをひょいっと持ち上げた。
「壁や家具が傷んじゃうだろ?」
そのままユウキちゃんを抱っこする。
「こっちの大きな紙になら好きなだけ書いていいぞ」
「ホント!?」
「ああ。落書きをやめてくれたらね」
ユウキちゃんが頷くのを見てイサムさんはおろす。
「ありがとう。はい紙」
A3用紙をイサムさんはユウキちゃんに手渡した。
そして床に新聞紙を敷き横に紙の束を置く。
「わーい!ありがとうおとうさん!」
ユウキちゃんは床に寝そべって絵を描き始めた。
(よかった……)
そう思うと隣の部屋から泣き声が耳に届く。
「マキちゃんね。今行くわ」
私は赤ちゃんのマキちゃんを抱きに向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はい。お弁当。お仕事応援してるわ」
「ありがとうマイさん。行ってくるね」
(あ!しまった!聞いとけばよかった)
昨日ユウキちゃんがすんなり言うことを聞いた。
(聞いとけばちょっとは楽になったかも)
疲れてて眠ってしまった自分を恥じる。
(夜に聞こう。それまでおとなしいといいな)
そう思ってわたしは子どもたちに会いに行く。
「ねーねーおかーさん遊んでよー」
ユウキちゃんがペチペチたたいて催促してきた。
「お茶碗洗い終えたらね」
理由を話すとユウキちゃんはたたくのを止める。
★ ☆ ☆ ☆ ☆
(叩くのやめてほしいなあ。なんて言い聞かせよう)
私は昨日のイサムさんの一挙一投足を思い出す。
(私となにが変わってたかな?)
洗い物をしながらイサムさんを振り返っていく。
(抱っこはやってるしお絵描きも一緒にやるし)
私と変えている部分はどこかを探す。
(職場でなにか教わってるのかな?)
やっぱり帰ってきてから聞こう。
そう思い私は洗い物と考えを終える。
「はーい終わったよ。なにして遊ぶ――ってあれ?」
私が振り返るとユウキちゃんの姿が消えていた。
「どこ行ったのかな?かくれんぼかな」
★ ★ ☆ ☆ ☆
私はユウキちゃんを探しにあちこちの部屋に行く。
いた。
ぐずりだしたマキちゃんの相手をしようとしてる。
椅子に立ちベビーベッドの柵の上から手を伸ばす。
(私の代わりになだめようとしてる?ありがとう)
椅子の上に立っていることは大目に見よう。
(しっかり手すり掴んでるしあとでいっか)
伸ばしていた手の方向を見て私は固まる。
(マキちゃんの目に入っちゃう!)
「ありがとね。マキちゃん見ててくれて」
慌てて駆け寄った私はユウキちゃんを抱き上げた。
そしてぎゅっと抱きしめタッチングする。
「えへへ」
ユウキちゃんは嬉しそうな声を出す。
(背中ポンポン気持ちよかったのかな)
私はユウキちゃんを床に下ろし頭をなでる。
(抱きしめるとかをアタッチメントっていうのよね)
赤ちゃん教室での学びを記憶の引き出しを開く。
「ごめんね。寂しかったんだねー」
私はマキちゃんを抱きしめ話しかける。
するとマキちゃんはうれしそうに笑う。
「お母さんもやること終わったらすぐ来るからねー」
しばらくマキちゃんをゆらゆらと揺らしてあやす。
安心したのかマキちゃんは眠りに落ちていく。
「おかあさんまねるーマキちゃんあやすー」
やり方を教えてほしいのだろう。
教えようとした私にひらめきが走る。
「そうね、椅子に立つのをやめたらね」
ユウキちゃんは椅子から降りて言葉を待つ。
私とユウキちゃんは隣の部屋に静かに移動する。
私はウサギのぬいぐるみをユウキちゃんに手渡す。
「どう撫でたいの?お母さんに教えて」
「こんな感じ」
ユウキちゃんはすごい勢いで撫で始めた。
クマのぬいぐるみの首が上下左右に激しく揺れる。
「ちょっ!やりすぎ――」
言いかけた私に再度閃きが走り言葉を飲みこむ。
(そっか。そういうことか)
★ ★ ★ ☆ ☆
「撫で方が強すぎます」
イサムさんを真似て低い声でユウキちゃんに言う。
ユウキちゃんはビクッとして手を止める。
「撫で方はこうやるの」
私はユウキちゃんの手を取って教え始めた。
「どう?できそう?」
手を離して私はユウキちゃんに聞く。
「うん!こうでしょおかあさん!」
ユウキちゃんはやさしくぬいぐるみを撫でだした。
「そう!ありがとうユウキちゃん」
私は高い声でユウキちゃんを褒める。
「あと大切なことがひとつあるの」
「なあにお母さん」
「人をたたくのはお母さん悲しくなっちゃうわ」
再び声のトーンを落としてユウキちゃんに言う。
「どうすればいいの?」
「声をかけてくれるだけでいいわ」
「うんわかったそうする」
ユウキちゃんは素直に返事をした。
「わかってくれてありがとう」
私は高い声で言ってユウキちゃんを抱きしめる。
「えへへ」
よろこぶユウキちゃんを手元に引き寄せ強く抱く。
「愛してるよ。生まれてきてくれて」
★ ★ ★ ★ ☆
夜になりイサムさんが帰ってきた。
「大変だったんだね。いつもありがとう」
「うん。ユウキちゃんも椅子に座るって言って――」
イサムさんと話してるとマキちゃんの声が届く。
「ミルクの時間かな」
私はそう言ってマキちゃんの部屋に向かう。
「あら?まだ欲しいの?待ってて準備するから」
授乳を終えた私はげっぷをさせようとする。
「あれ?あれれ?」
いつもなら出せるのに今日はとまどう。
「僕がやってみるよ」
ノックが聞こえ、イサムさんが部屋に来た。
イサムさんはマキちゃんを担いでげっぷを出す。
「ありがとうイサムさん。助かるわ」
「僕にできるのはこれぐらいだから。はい」
イサムさんは私に温めてきた缶ミルクを渡す。
「授乳中も部屋にいていいのよ?」
「家訓でね。授乳中は母と子だけって言われてる」
「注意するときの声や言い方も?」
「うん父さんを真似た――ってごめん言い忘れてた」
「いいのよ。久しぶりに考えられた」
忙しい日々の中私は久々に心を取り戻せた。
私は缶ミルクにアタッチメントを取り付ける。
マキちゃんは一口飲んですぐにぐずりだした。
「あれ?どうして?」
「飲み方変わったからとか?」
「授乳のニップルガードと同じ型だから大丈夫よ」
「ニップルガード?」
「赤ちゃんかむし吸う力強いから……」
イサムさんは恥ずかしそうに顔を背ける。
★ ★ ★ ★ ★
「なら調べてみよう」
イサムさんはマキちゃんの口のミルクを指ですくう。
口に入れた後舌を拭き缶ミルクも同じことをする。
そして持ってきた手荷物から道具を取り出す。
「缶ミルク借りてもいいかい?」
私は缶ミルクをイサムさんに手渡す。
イサムさんは缶ミルクの中身を哺乳瓶に注ぐ。
そして粉ミルクを少し混ぜかき回して温めなおす。
「これでどうかな?」
手渡された哺乳瓶をマキちゃんに与えてみる。
「あ!飲んだ!」
「パパ友から聞いてさ。味を合わせてみた」
「ありがとうイサムさん。そうだ!飲ませてみる?」
イサミさんは私の提案に目を白黒させた。
「僕が?いいのかい?」
「赤ちゃんはミルクをくれる人を好きになるそうよ」
「そっか。ならやってみるよ」
「赤ちゃんの目を見て与えると効果あるわよ」
「わかった。ありがとう」
ぎくしゃくとイサムさんはマキちゃんを抱える。
「あ!飲んだ!」
おっかなびっくりのイサムさんが驚きの声を上げた。
(もうちょっとしたら離乳食かな)
そのあとはトイレトレーニング。
(イサムさんギャザー立て忘れたからな)
オムツはギャザーまでしっかり広げて欲しかった。
うんちで汚れた部分の後始末の記憶が蘇ってくる。
(ちょっとずつ勉強していけばいいのよね)
忘れようと私は首を横に振ってかき消す。
そこらへんは学校と一緒と私は思う。
(オムツとトイレトレーニングの確認はしとこう)
漏らしたりして叱るとトイレが怖くなる。
怖くなって我慢してまた漏らす。
(漏らしてもトイレで座らせるのよね)
それが循環を断ち切るコツと教わった。
(教えていこう。教わっていこう。夫婦だもの)
そう考えながらイサムさんを微笑ましく見守る。