表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

歩けなくなる病気

 イタリア生まれの真っ赤な気難しい相棒とともに朝日を目指して出発する。いつもの1日が始まる。寒い季節季節は、真っ暗な中から進行方向に見える日の出が眩しい。夏なら出発する時からサングラスが必須だ。

 メーカーに勤めている私は、あと1年で定年退職を迎える。朝日を拝む日課もあと少しか。いや、退職後も働いてくれと言われている。役職定年、とやらで役職のない名刺を渡された。そういえば、数年前に説明を受けていた。仕事の内容も収入も変わらないが、役職を取り上げられるということか。まあ、若いモンにかなわなくなってきたと自覚しているし、定年後も世話になるなら有り難い話として受け入れよう。

 定年後は今から楽しみだ。子ども達はそれぞれの進路に進み、もう少しで私も妻もゆっくりできる。もっぱらの趣味である車いじりに没頭できる。限られた小遣いでも時間と体力があれば相棒を喜こばせることができるだろう。相棒が喜んでいるかどうか、それが全ての基準。ちなみに私の服装は、相棒にふさわしいかどうかという理由で、黒一色。小物はチョコレート色の皮革製品。

 体力といえば、数年前から左足のふくらはぎがおかしい。つるように痛む。整形外科にもかかっている。主治医は車の乗りすぎで運動不足だよと笑う。風呂上がりのストレッチメニューと湿布を処方されている。

 定年という節目のゴールが見えてきたある日、妻がこう言った。

「還暦記念に、人間ドッグに行って来たら?脳ドッグもつけて。会社の定期健診じゃかなくて。」

 なるほど。人間ドッグとやらは受けたことがない。社の福利厚生として補助金もあるはずだ。

 早速、人事に聞きに行ったが色々聞かれて説明が難しい。直接提携の病院に申し込んだ。


 数日後に、人間ドッグ・脳ドッグの案内が社内便で届いた。中を開けると、2週間後の日付の入ったマークシートの問診票と一緒に80,000円の請求書が入っていた。そんなに高いのか。帰宅後、妻に伝えると想像通りの言葉が返ってきた。

「会社の福利厚生で補助金が返ってくると思うからちゃんと申請しておいてね。」

 いや、たぶん、返ってこないよ。そう言いかけたが、黙って聞いていた。


 ドッグ検診の当日を迎え、クレジットカードで80,000円支払った。補助金が返ってくるか確認していないことを妻に怒られるだろうなと思ったが、絶食しているので早く検査が終わってくれることばかり考えていた。


 ドッグから1か月くらい過ぎたある夜、妻から検査結果が遅いねと言われドキっとした。

 先週、社内便で検査結果は受け取っている。中には「要再検査」と書かれた紙と私の名前のラベルが貼られたCD-ROMが入っている。今、言わなければいつ言うんだ。

 チョコレート色の通勤鞄から封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。

「なんだ、届いていたのね。」

 と言いながら封筒を覗いた妻は、無言で検査結果を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ