3絶対的運命
あの後、教室にもどって授業終わったら、まっすぐ寮に戻ってきた。
ジュレマイアに会わないように、こっそりと。
寮の食堂でパンをいただいて、部屋に持ち帰りモサモサ食べていたら、アイリスが興奮ぎみに戻ってきた。
「きゃー、クイン。いつの間に恋人ができたのですか?」
「え?」
なんで、アイリスが知ってるの?
あの時部屋にいたのは二人だけだし、ジュレマイアも人に言いふらす人じゃなさそうよね?
なぜ?
「寮の前に、ノーラン・ハリストン伯爵令息がいたのです!そして私にお声をかけてくださり、君はクイン嬢の同室の学生ではないか、と聞かれたのです!」
アイリスはたまに芝居がかった話し方をする。
今日もそうで、若干白けてしまう。
だけど白けている場合ではない。
「それで、アイリスはどう答えたの?」
「はい、そうです。今から連れてまいります、と答えました!」
「ええ??ちょっと、どうして勝手に」
「ニコライ様が、ハリストン様のことはよく話されるのです。あの方が気に入っている方に悪い人はいません。だから、クインにぴったりなのです。ぜひお付き合いされてください!」
「アイリス。そんな勝手に。相性もあるし。ハリストン様は伯爵令息だし、無理だから」
「無理ではありません。ニコライ様は公爵令息です。王族といってもおかしくないですけど、私のことを好きって言ってくれました」
のろけ、のろけですか。
幸せそう。幸せのおすそわけありがとうございます。
「ちょっと体調悪いから難しいかなあ。アイリス、断ってもらってもいい?」
「ど~こ~が~、体調お悪いのですか?何個パンを食べたのですか?!」
「あ、」
「さあ、行ってらっしゃいませ」
どこに、そんな力が?
アイリスは私を引っ張ると、部屋の外に連れ出してしまった。
「報告楽しみにしてます!」
ぶんぶんと手を振って、アイリスは扉を閉めてしまった。
うん。どこか逃げようかな?
けれども、それは無理でまた別の女子生徒が呼びに来てしまい、行かざる得なかった。
さっきの女の子、目がすごいつり上がっていて、怖かった。
「待ちくたびれた。どうして素直に降りてきてくれないんだ?」
「えっと、あのすみません」
そう言われても。
ね?
私はあなたに近づきたくないのですよ。
できる限り。
ジュレマイア。
「さあ、出かけよう」
「どこに?」
「デートだ」
「で、デート?!」
「今日は付き合って初めの日だ。特別にしたいじゃないか」
ジュレマイア、どうしたのかな?
私のこと知らないよね? まさか本当にジュレマイア?
記憶があるの?
「やっぱり俺のこと好きなんだな。そんなに俺を見て」
「え、いや、」
「付き合ってよかっただろう?」
返事に戸惑っている間にそう言われてしまい、私は否定する機会を失ってしまった。
だって、やっぱり嬉しいんだもの。
生きているジュレマイアと言葉を交わせるのは。
いまだに鮮明に思い出せる彼の最後。
血に濡れて、事切れた。
「クイン嬢?」
立ち止まっていたみたいで、ジュレマイアが私の顔を窺うように屈む。
その瞬間、彼の肩越しに何かの破片が勢いよく飛んでくるのが見えた。
「風よ!あれを吹き飛ばして」
魔法は精霊の力を借りる。
今回は風の精霊に呼びかけ、風を動かす。
破片は勢いよく飛ばされたが、ジュレマイアが屈んだ姿勢のまま、私を凝視していた。
あ、やっちゃった。
「……もしかして、君がずっと俺を守っていたのか?」
守るとか、大げさ。
確かにいろいろ吹き飛ばしたり、支えたりしてきたけど。
「なんか。ありがとうな。ただの俺のことが大好きなストーカーだと思っていた」
「……ええ、まあ」
間違ってはいませんけど。
「今から行く場所でゆっくり話をしないか」
「今から行く場所?」
「見下ろしのいい高台。そこからの夕焼けが綺麗なんだ。記念にしたくて。邪魔も入らないし」
ジュレマイアの気持ちはさっぱりわからない。
だけど、彼が命を狙われているのは確かだ。
高台なんて危ないけど、私が命がけで守る。
今度は絶対死なせない。
死ぬなら、私が先だ。
「もう少しだ。頑張れ」
「は、い」
田舎育ち、体力には自信があったのに、その高台の階段は螺旋状で、辛かった。
登り終えたころにはぜいぜいと肩を大きく揺らして、息をしていたくらい。
ジュレマイアは鍛えているのか、それとも男性なのか。
息を乱すこともなく、高台の一番上から外を見ている。
危ないから。
私は体に鞭を打って、必死に彼の隣に立った。
「見て」
「ああ、綺麗」
その高台は王都全体を見下ろせるもので、日が落ちていく様子は絵画のようだった。
「ここ一か月前から、なぜかよく危ない目に合うんだ。最近学校では被害がないと思っていたら、君が守ってくれたんだな。魔法も暴走してなく、すごいな」
「あ、ありがとうございます」
「君は、もしかして何か使命があるのか?俺を好きだからと思いたいけど、なんか違う気がする」
「え、あの。好きだからですよ!」
ジュレマイアには前世の記憶がないのだろう。
というか、ジュレマイアかもわからないし。
だから、前世のことを話さない。
本当はお付き合いとかもしたくない。
だけど、今日だけ。今日だけは一緒にいようかな。
明日何か理由をつけて断ろう。
「ジュレマイア!」
あり得ない。
先端が尖った木の枝が一直線にジュレマイアに飛んできたので、私は素手でつかんでしまった。
自分でもびっくり。
「……なんだよ。一体。いつもいつも。っていうか、ジュレマイアって誰?君はやっぱり何か知っているのか?」
「あの、ジュレマイアっていうのは驚いた時の言葉で、我が家ではよく使っているのです」
「そうか」
あ、だまされてくれた?
「って納得するわけないだろう。明らかに誰かの名前だ。それは俺と関係あるの?」
「いえ、関係ありません」
「じゃあ、なんで、そんな悲しい顔をして俺を見るんだ。そのジュレマイアは君の好きな人?そして俺はジュレマイアに似てる?だから、君は俺を守りたいのか?」
前世のこと、本当に彼は覚えていないんだ。
ううん。違う人だ。きっと、生まれ変わったのはきっと私だけ。
なら、別の話に摺り違えたらいいんだ。
「そうです。亡くなった幼馴染によく似ているんです。その人もよく危ない目にあっていたから。最後には死んでしまって」
「そうか……」
ジュレマイアはそう言って黙ってしまった。
う~ん。
「なら、君の好きな人はジュレマイア。俺ではないんだな」
沈黙を破ってそう問われて、答えられなかった。
どうしてか、わからない。
私は彼をジュレマイアとして追っていた。
彼自身、ノーラン・ハリストンとして見たことはなかった。
「そうか。悪かったな。付き合うは撤回だ。勘違いして悪かった。君は、その幼馴染のことを早く忘れたほうがいいぞ。いい人はほかにもいる」
「忘れられるわけがありません!」
ジュレマイアの顔で言われ、反射的に返してしまった。
目を丸くして、彼が私を見ている。
「そっか。悪かったな。まあ、俺でよければいつでも見て。忘れられるまで。でも付き合うは撤回だ。じゃあな」
ジュレマイア、ハリストン様はそう言って私に背を向けた。
それが合図だったように彼の足元の煉瓦が砕け、落下した。
「風よ、木よ、土よ!彼を救って!」
とっさに私は叫んで、彼を追って落下する。
「ば、か!」
死ぬなら一緒がいい。
置いていかないで。
「本当、馬鹿だ。君は」
最後に聞いた声はそれで、私の意識は痛みと共に閉じた。