2身分差の恋
翌日から、ジュレマイアの姿を探すようになった。
だけど、さりげなく、周りに気が付かれないにこっそりと。
アイリスに気づかれるかもしれないって思ったけど、今、公爵令息ヒースト様に夢中で、それどころじゃなかった。
公爵令息と男爵令嬢、貴族と平民に近い身分差があるのに、アイリスはヒースト様とどうにかお近づきになることに成功していた。
ヒースト様は成績も優秀で、魔力も豊富。
顔も綺麗で、身分も高い。
婚約相手としては望みが高すぎる。
だけど、アイリスは持ち前の明るさと可愛らしさで、ヒースト様の目に止まったみたい。
でも喜んでいたのは数日で、アイリスは酷いいじめにあうようになってしまった。
ジュマイアのことを考える余裕がないくらい、私も巻き込まれた。
ううん。進んで巻き込まれた。
前世の記憶が戻っているおかげで、魔力が少なくても魔法が使えるようになった。
アイリスに危害を加えようとする人を転ばしたり、飛んできたものを風で吹き飛ばしたり。
私がいるときは私が魔法を使うんだけど、授業の時は大丈夫なのかなと聞いたら、ヒースト様の前ではやはり意地悪はしないみたい。
だけど、教科書がなくなったり、ひどいものだった。
「これ、多分。ヒースト様が好きな女性からの嫌がらせだと思うよ。もう諦めたら?」
私たちの身分は低い。
攻撃を跳ね返すことはできるけど、攻撃を仕掛けることはできない。
もし相手がかなり上の身分だった場合、家にまで迷惑がかかる。
アイリスは友達だけど、私は弟や両親のことを考えるとそこまでできなかった。
「いやです。諦めたくないです」
「う~ん。ヒースト様に相談する?」
「うん。そうしてみます」
翌日アイリスはヒースト様に相談して、彼女に護衛が付くようになった。もちろん、護衛は生徒だ。ヒースト様の片腕のリロリア伯爵と、その婚約者がいつも傍につくようになった。
私も挨拶したけど、アイリスを見下す感じはなくて好印象だった。
入学してから三か月、やっと私の生活には余裕ができて、ジュレマイアを再び見守るようになった。
アイリスには見つからないように、そっと私は彼を眺める。
だっていろいろ聞かれそうだから。
私の前世のことは話せない。
みんなの嫌われ者の悪い魔女のことなんて、話せるわけがない。
ジュレマイアが生きているだけでいい。
もしかしたら彼はジュレマイアではないかもしれない。だけど同じ顔、姿の彼がこの世界にいることがうれしかった。
「おかしい」
最近ジュレマイアの周りがおかしい。
彼は危ない目にあうことが多い。
物が落ちてきたり、階段からこけそうになったり。
そのうち、彼を危険から守るようになってしまった。
物が落ちてきたら、突風で吹き飛ばしたり。
転びそうになったら、支えてあげたり。
アイリスのように嫌がらせでもうけているのかな?
そう思って周りを見るけど、人の気配はなかった。
アイリスはヒースト様と今日も図書館で勉強するらしい。
本当に婚約を考えているみたいで、アイリスは絶賛勉強中だ。
公爵夫人なんて大変そう。
私だったら嫌だなあって思うんだけど、アイリスは頑張るみたい。
すごい。
愛の力ね。
私には縁がないけど。
私はこうして、ジュレマイアを毎日眺めるだけで幸せ。
「あ、また」
今日も上から鉢植えが飛んできた。
私はそれを危険がないように遠く吹き飛ばす。校内の池に落ちてしまって、水しぶきがあがる。
ああ、失敗。
前みたいに魔力がないから、コントロールがなかなか難しい。
あれ?ジュレマイア?
私が鉢植えに気を取られている間に、ジュレマイアの姿が消えていた。
いやな予感がして、探してみたけど見つからない。仕方ないので教室に戻ろうとしたら、口を塞がれ、どこかに連れていかれた。
「や!」
薄暗い部屋で解放されて、私を浚った人物を確認する。
それはジュレマイアだった。
「静かに。君に聞きたいことがある」
彼は静かに私を見下ろす。
こんな近くで彼を見るのは階段でぶつかった以来で見惚れてしまう。
銀色の髪がとても綺麗。
私も髪もあんなに綺麗だったらいいのに。
前世もそう思っていたけど、今も改めて思う。
「どうして、俺をいつも見ているんだ?君は階段で接触した子だよな?」
そんな私を彼が冷ややかに尋問する。
「は、はい」
どうしよう。何か疑われている?
「それで、なんで俺をよく見てる。たまに付け回しているよな?」
気が付かれていた。今日は誘い出されたんだ!
どうにかこの場を切り抜ける方法を考える。
ジュレマイアの今の名前は、ノーラン・ハリストン。伯爵家のご子息。
男爵令嬢の私が話しかけても、そこまで目立たないくらいの身分差だ。
「さあ、話してくれ。それとも誰かを呼ぼうか?」
壁に追い込まれ、逃亡は不可。ジュレマイアに攻撃魔法は使えない。
とりあえずどうしようかと途方にくれて、ジュマイアを眺める。
やっぱりジュレマイアはカッコいい。
見惚れていると、彼は心底嫌そうな顔をした。
彼はきっと私が嫌い。ならば。
ある作戦を思い立った。
「の、ノーラン様。あなたを好きになってしまいまいた。だからつい目で追ってしまうのです。挙句に追いかけたりしてしまい、本当に申し訳ありません」
これで、多分。大丈夫。
正直に謝罪して頭を下げると、肩に手が置かれる。
「そうか。ならいいぞ。俺と付き合うか?」
「え?」
「なぜ、驚く。嬉しいだろう?」
「あの、いえ」
「嬉しくないのか?」
「嬉しいです!」
問われれば正直に答えてしまう。
ジュレマイアの顔は私の思考能力を奪う。
付き合うなんて絶対だめなのに。
「よっし。今日から君は俺の恋人だ。クイン」
「私の名前、ご存じだったんですんね」
「当たり前だ。近寄ってくるやつに関しては、調べ上げるのが鉄則だ」
「そうですか」
そうだよね。でも私の前世のことはわからないだろう。絶対に。まあ。彼がジュレマイアの生まれ変わりかもわからないけど。
「あ、鐘が鳴り始めたぞ。休憩はもう終わるのではないか?行った方がいい」
「そうですね!行ってきます」
「またな」
閉じ込められたと思っていた部屋は、一階の資料室だった。内から鍵をかけられていたので、鍵を開けて出ていく。
またな。
そう言われたけど、またなはもうない。
死ぬ気で避けてやる。
学校で会わなければ、問題ない。
私は楽観的にそう考えていた。