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五の巻  不思議な夢

 筋肉系くノ一である姉弟子(あねでし)にみっちり鍛え上げられたその日、私は不思議な夢をみた。


 城の中だろうか。立派な池がある庭に私はいた。


 まだ髪を下ろした幼子ばかりが数名ほど集められたその場所で、他所(よそ)行きの一張羅(いっちょうら)である赤い着物に身を包んだ、おかっぱ頭の私は立派な松の(みき)の陰に隠れている。


 隠れる私が見つめる先にいるのは、兄である正澄(まさずみ)正輝(まさき)だ。

 二人は私の事などすっかり忘れ、見知らぬ男の子とそれからもう一人の女の子。合計四人で仲良く、楽しそうに池の(コイ)(えさ)をあげている。


 兄たちが餌を投げ込む度に水面がバチャバチャと音を立てている。


「楽しそうだなぁ」


 松の木の下で一人呟く。


 本当は輪の中に入りたいと私は思っている。けれど、子供ながらに自分が輪の中に参加する資格がないと自覚していた。

 よって、まるでお預けを食らった犬のように、肩をすっかり落とした私は、一人寂しく松の木にその身を隠し、未練がましく顔をのぞかせ、皆の様子をうかがっていたのである。


「そこは僕の場所だ」


 突然背後から声をかけられ慌てて振り向く。

 そして私はハッと息を呑む。


 何故ならそこにいたのは、見たこともないくらい(あで)やかな着物に身を包む、美しい女の子だったからだ。


 (うわぁ、お姫様みたい)


 私は圧倒され、ただただその子に見惚れていた。


「どけ」


 ぞんざいに言われ、我に返った私はムッとする。


「ここは私が見つけた場所だから、いやよ」

「うるさい。この木の下は僕の場所だ」

「あっちにすればいいじゃない」


 私は少し離れた所に植えられた松の木を指す。


「何故僕がわざわざ移動しなければならぬのだ」

「後からきたから」


 私は真っ当な理由を口にする。


「だけど僕が来たんだ。お前が退()くのが当たり前だ。そもそもお前は物分かりが悪すぎる。そんな風で大丈夫なのか?」


 女の子は意地悪く口元を歪ませると、頭をくるくると回した。

 明らかに私を馬鹿にしている態度だ。


「意味がわからないわ。私が先にここにいた。だからあなたがあっちの松の木にいけばいい。たったそれだけの話じゃない」


 私は池を並ぶように植えられた、連なる立派な松の木を再度指差す。


「ここは、ここの敷地はお前のものじゃないだろうに」

「あなたのものでもないわ」


 見知らぬ女の子だって私と同じ。きっと父親にわけもわからぬまま、「美味しいものが食べられる」と騙され、連れて来られたに違いない。


 だったら置かれた状況は同じ。

 この場所は誰のものでもない。


 勝手にそう思い込んだ私は「ここから絶対にどくもんか」と足を踏ん張る。


「……お前、強情だし、かわいくないな」

「余計なお世話です。というか、あなたこそ鯉に餌をあげてきなさいよ」


 私は兄達がいるほうを指差す。

 すると女の子はグシャリと顔を顰めた。


 何か傷つけるような事を言ってしまった。

 その何かはわからないが、絶対にそうだ。


 私は今にも泣き出しそうな女の子に慌てる。


「も、もしかしてあなた。可愛いからいじめられてるとか?」


 子どもながらに導き出した答えをおずおずと口にする。


 すると、女の子はキッと私を睨んだ。


「うるさい、いいからどけ」


 ドンと強く背中を押される私。


「いやよ。私はあっちに行けないもん」


 私は譲るものかと松の幹にしがみつく。


「お前もあっちに行けないのか?」


 驚いたような顔を私に向ける女の子。


「まさかお前こそいじめられてるのか?」

「違うわ」


 双子だからダメなんだ。

 そう言おうとして私は口を(つぐ)む。


 そもそも双子であること。

 それは(おおやけ)にしてはいけないからだ。


「お前、どこの子だ?」

「うるさいな、私に構わないで」


 身分を明かしたくはない。だから私は全力で女の子を拒絶する。


 プイと横を向き、これみよがしに更に松の幹にしがみつく。


「くそう、(セミ)みたいに張り付きやがって」

「あなた女の子なのに、口が悪すぎ」

「うるさい、離れろ!」

「絶対いや!!」


 元来(がんらい)負けず嫌いな所のある私。

 絶対に離れるものかと、私は幹にへばりつく。


 そんな私に対し、女の子は背後から私を剥がそうと帯の下に巻いた、赤い志古布(しごき)をぐいぐい後ろに引っ張った。


「やめて、解けちゃう」

「だったらどけ」

「いやよ」

「わからずや!」

「それはあなたのこと!」


 思いの外強い力で引っ張られ、私はついに松の幹から手を離してしまう。


 すると案の定と言った感じ。

 私は全体重をかけ、見事仰向けに寝転がる形となる。


 まさにセミがひっくり返る、あの状況だ。


「ぐほっ」


 私の下敷きになった女の子が苦しそうに息を吐く。


「まぁ、何があったのかしら」


 突然驚いた声と共に現れたのは、記憶よりずっと幼い伊桜里(いおり)様だ。


「大丈夫?」


 言いながら伊桜里様は、細くて白く、そして小さな手を私に伸ばす。


「ありがとう、伊桜里ねぇさま」


 私は「この人は優しいお姉様」だと、遠慮なく伊桜里様の差し出した手を掴み立ち上がる。


「お(こと)ちゃんは大丈夫そうだけれど」


 伊桜里様は、未だひっくり返る蝉そのもの。地面に仰向けにひっくり返ったまま固まる、意地悪な女の子に手を伸ばす。


「いい、自分で立てる」


 親切心の塊のような優しい伊桜里様が伸ばした手をぞんざいに振り払う女の子。


「余計なこと、すんな」


 女の子は不貞腐(ふてくさ)れた顔をして立ち上がった。


「伊桜里ねぇ様になんて口の聞き方なの。謝りなさい、今すぐに!」

「うるさい」


 私と女の子はムッとした顔でにらみ合う。


「葉っぱがついてしまったわ」


 私達には構わず、伊桜里様は女の子の背中を確認し困り顔になる。

 確かに女の子の着物は、葉っぱもそうだが、土埃(つちぼこり)でしっかりと汚れていた。


「うわぁ……」


 これには流石の私も青ざめる。

 何故なら私も同じように着物を汚し、乳母(うば)であるお多津(たつ)に「洗濯する者の気持ちを考えて行動すること」と日々口煩(くちうるさ)く、言いつけられていたからだ。


「ご、ごめんなさい」


 私はたまらず、女の子に素直に頭を下げる。


「気にするな、どうって事はない」


 パンパンと着物を叩きながら、女の子はぶっきらぼう気味ではあったが、私を許してくれた。


「それに、僕にも悪かったところはある。引っ張ってしまって、すまない」


 私を見ることなく謝罪すると、女の子は伊桜里様と私に背を向け歩き出す。


 女の子が向かう先にあるのは、みんなのいる池ではなく、屋敷のほうだ。

 背後には富士山みたいな、大きなお城が見える。


「どこにいくの?」


 思わず女の子の背に問いかける私。


「お前らは楽しめばいい。僕は気が削がれたから帰る」

「一人で帰れるの?」


 私が疑問をぶつけると、静かに様子を見守っていた伊桜里様がクスクスと笑い声を漏らした。


「お琴ちゃん、それに――もこちらにいらっしゃい。みんなで鯉に餌をあげましょう」


 伊桜里様は私の手をとると、女の子に歩み寄る。そして有無を言わさぬ勢いで、女の子の手をしっかりと握った。


「うわ、やめろよな。気色(きしょく)悪い」

「さぁ行きましょう」


 右に私、左に女の子を従え伊桜里様が歩き出す。


「あの池には百年を超えて生きる鯉がいるそうよ」


 伊桜里様が明るい声で教えてくれた。


「百年!!」


 私は驚きの声をあげる。


「信じるなよ……」


 女の子が私を馬鹿にする。


「――、女の子をあんまりいじめちゃだめよ」


 伊桜里様は、生意気なその子の名を口にしたはずなのに、不思議とその名を思い出せない。けれど、その名は男の子っぽい感じで、珍しいけれど、とても良い響きだなと私は感じた。


「性格はあまり良くないけど、いい名前ね」


 私は伊桜里様に手を引かれたまま、偉そうに女の子に告げる。

 すると女の子は目を見開き、驚きの顔を私に向けた。


「あ、ありがとう」


 消え入りそうな声で女の子が私に礼を言う。


「お前の名は何と言う」


 私は問われ、口を噤む。


 双子であることは勿論のこと。その頃既にくノ一として修行を開始していた私は、「迂闊(うかつ)に名を口にしてはいけない」と言う、忍びとしての教えを思い出したからだ。


「お琴ちゃん、恥ずかしがらずに教えてあげなさいな。あなたの名を、私はとても好きよ」


 伊桜里様に褒められ、私は嬉しくなる。


「お琴の琴に、葉っぱの葉で琴葉(ことは)


 浮かれた私は自らの名を口にした。


「琴の音に葉が舞う……。わりと良い名だな」


 女の子が初めて私を褒め、思わず笑顔になる私。


「ありがとう」

「まぁな」


 いびつなやりとりを見た伊桜里様がクスクスと笑う。


「二人はきっと良いお友達になれると思うの。多分大人達もそれを望み、今日ここに私達を集めたのだろうから」


 意味深な言葉を呟く伊桜里様。


 その意味を考えながら、私は前を向く。


 さわさわとした風が髪を揺らし、池の水面が美しく波打つ。


 池のほとりには、兄二人と知らない男の子がいる。

 ぴしゃんと音を立て、水面から弾けたように、黄金色の鯉が跳びはねた。


「百年の鯉も二人がきたことを喜んでいるみたい」


 伊桜里様の朗らかな声が遠くなる。


 そこで私は目を覚ました。


 (夢、だよね)


 本当にその場にいた。そんな気がして、私は布団の中で混乱する。


 (そもそもあの子は女の子じゃなかった)


 夢の中の私はそこまで考えが及んでいなかった。というか、姫様のように着飾った見た目から、女の子だと信じて疑っていなかったように思う。


 だけど今ならわかる。

 あれは女装した男の子だ。


 (あの子のお母様にそういう趣味があるのかな)


 世の中には、歌舞伎役者のように女顔負けで美しい男がいる。


 だから遊び半分で、我が子を着飾る。

 そんな人がいてもおかしくはない。


 問題は私が女の子だと思い込んでいた人物の顔にどこか見覚えがあることだ。


落武者(おちむしゃ)様に思えたんだけど」


 勿論小さな頃のという但し書きはつく。けれど、夢の中で私を引っ張った女の子の顔は、市中を共に走った落武者様の面影があったような気がした。


 (縁があったらまたどこかで、ってそんな風に言ってたけど)


 まさか夢の中で会うとは、想定外すぎる。


 私はゴロリと寝返りを打つ。


「変な夢だったな。だけど伊桜里様に会えたから良しとするか」


 布団の中。

 ぬくぬくとした温もりは、夢で見た伊桜里様のようだ。


 (伊桜里様に会いたいな)


 私はそんな願いを込め、再び(まぶた)をゆっくりと閉じたのであった。

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