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五十七の巻 愛するきんぴら

 伊桜里(いおり)様の墓参りを終えた私と帷様は、天英寺(てんえいじ)にある三十を越える子院(しいん)の一つで話をしようという事になった。

 私が入る事を許されたその子院は、五代将軍東雲(しののめ)吉光(よしみつ)公を供養するために創建(そうけん)されたものだそうで、その作りはいたって質素。間取りは十畳と八畳の二間(ふたま)のみだった。


 それでも(とばり)様と話したい事が山積みである、今の私には充分な広さだ。


 帷様と私は十畳の部屋を陣取り、住職様に頼み宗和膳(そうわぜん)とお皿をいくつか用意してもらった。


 私は早速お重を広げ、帷様に重箱の中身を取り分けようと箸を取り出し、はたと気付く。


「毒見は、私がしても意味がないですよね……」


 私は広げたばかりの重箱を眺め、それから部屋の隅に控える近衛の吉良(きら)様に「あなたが食べて」と熱い視線を送る。しかし近衛の吉良様は無言のままそっと私から視線を(そら)した。


光晴(みつはる)じゃあるまいし、俺にそんな気を使うな」


 呆れた様子で溜息をつく帷様。

 しかし私は気付く。


 (普通に光晴様の名を口にされていた)


 それって。


「もしかして、帷様は昨日光晴様御一行が、我が家にいらした事をご存知なのですか?」

「ああ、昨日の夜聞いた。お前と、お前の家族には色々と迷惑をかけたようですまぬ」


 眉間にシワを寄せながら、苦々しい表情を浮かべる帷様。どうやら私の知らないところで、色々とあったようだ。


「光晴に対しては「余計な事を」と思う反面、いずれきちんとお前に説明しようとは思っていた。その手間が省けた事には感謝しなくもない。ただやはり自分で伝えたかった。大事な事だったから」


 帷様はそう言ってから、何故か私から視線を逸らすと首元をポリポリと掻いた。


 一瞬ノミでもいるのだろうかと思って警戒しそうになったが、帷様な顔に恥じらいの兆候が見られた為、私は安堵する。


「私は昨日、程度の差はあれど帷様とおんなじ境遇だった。それを知って嬉しかったです。あっ」


 (しまった)


 朝から浮かれている私は、ついうっかり本音を漏らしてしまう。


「そうか……俺も、だ」

「な、なるほど。一緒ですね。ははは」


 何となくムズムズとする気持ちを隠すため、私はお皿にきんぴらをごっそりと乗っける。


「そ、それにしても随分と作ったのだな。大変だっただろう」

公方(くぼう)様が「多めに」と仰っていたので、頑張りました」

「……そういうことか」


 何故か帷様が苦笑いしている。

 そんな帷様のために、私は箸休め用に持ってきた梅干しもきんぴらの脇に添えた。


「まさかまたお前の料理が口に出来るとは思わなかった」


 お重から料理を取り分ける私の手元に視線を向けた帷様が感慨深げに呟く。


 (殿方の心を掴むには胃袋が効果的)


 何処かで目にした言葉を思い出す。


 私の作ったきんぴらに、もはや私に向けた事のないくらい熱い視線を送る帷様は、今まさにその状況なのだろうか。


 (それって、きんぴらを愛してるってこと?)


 私は何となく、私が必要とされているのではなく、私の料理が必要とされているのでは?と不安になる。


「私も半蔵門をくぐった時はこうしてまた、帷様にお料理を作れるなんて思っていませんでした」


 言いながら、宗和膳の上にきんぴらの乗ったお皿を置く。


 帷様の視線は相変わらずきんぴらに注がれたまま。


「確かにな。半蔵門を出たお前は一度もこちらを振り返らなかったからな」


 きんぴらを見つめ、拗ねたような声を出す帷様。


「あの時は、富士山みたいな江戸城を背景にした帷様が公方様らしく堂々と佇んでいらして、それがとても遠くに感じて……」


 お重を埋める為に用意した、蒸したかれいを箸でつかむ手を止める。


 (あの時は本気で、もう二度と会えないと思っていたんだっけ)


 その時感じた切ない気持ち。

 それから諦めようとした心を思い出し、私は勇気を奮い立たせる。


「こんな言い方、失礼かも知れませんけど」


 私はかれいを皿に乗せ、それから卵焼きとほうれん草のお浸しをガツガツ盛って、自分の気持ちを勢いづける。


「私は帷様が公方様じゃなくて良かったです」


 言い終えた私は、宗和膳の上。

 こんもりときんぴらの乗ったお皿の横に、少し乱雑に盛り付けてしまったお皿を添える。


「……そうだな。俺も今、光晴ではなく、俺に産まれて良かったと心底思っている。こうしてお前の側にいられるからな」


 私は自分の分も取り分けようと、手に取った皿を危うく落としそうになる。


 今のはもう、完全に私の事を慕っているからこそ飛び出した言葉だと思って良いのだろうか?


 というか、そもそも帷様と夫婦になるかも知れないという事は、今更細かい事を気にしても仕方がないような気がしてきた。


 (でも、帷様は私でいいのかな)


 私は双子だ。

 だから子どもを作る気はない。


 (だって、双子が産まれて来たら可哀想だもの)


 きっと私は帷様と自分の血を分けた子を愛おしいと思うだろう。

 だからこそ私と同じような、辛い思いを子どもにはさせたくはない。


 だから私は子どもを産むつもりはない。


 けれど、どの家を見ても結婚は家同士の繋がりを深めるためのもの。そして繋がりの先には必ずや子が必要となってくる。


 そう、まさに光晴様が、そして我が国が直面しているお世継ぎ問題のように。


 勿論、宗門人別(しゅうもんにんべつ)改帳(あらためちょう)に名の乗らぬ帷様と私には子を望む声は何処からも上がる事はない。


 けれど。


 (帷様がもし我が子をと望んでいたとしたら)


 私では役不足だということになる。


「私は子を産めません。それでも、私は帷様のお側にいてもよろしいのでしょうか?」


 気付けば口が勝手に動き、尋ねていた。

 答えを聞くのが恐ろしくて、私はお重に入ったきんぴらを見つめる。


「俺はお前との子が欲しくて一緒になりたい訳じゃない。服部(はっとり)琴葉(ことは)という一人の者に、そばにいて欲しいから結婚したいと願うのだ」

「それは、やっぱりきんぴらが好きだからですか?」


 思わず先程から私の思考と視界を埋める、きんぴらが漏れ出す。


「何を言っているんだ」

「あ、えっと」


 不機嫌そうな声で問われ、慌てて顔をあげる。

 すると思いのほか真面目な顔をこちらに向けた帷様と目が合う。


「確かに俺はきんぴらが好きだ。けれどそれ以上に、お前が作るきんぴらが好きなんだ」

「それって、きんぴらが大好きって事ですよね」


 冷静に指摘すると、帷様は目を見開いたのち、「まずった」という表情になった。


 (きんぴらがお好きなのは理解した)


 きっと帷様は猫でも飼ったら、絶対に名前をきんぴらとつける側の人間に違いない。


 (むしろ私をいつか、きんぴらと呼び出すかも知れない)


 とんでもなくきんぴらが好きらしい事が判明した帷様の顔を見つめる。


 少し眉間に皺を寄せ、困り顔になった帷様と目が合う。


 (だめだ、やっぱり好き)


 私の心がきんぴらを好きな帷様を求めている。


「俺はお前をきんぴら以上に好いている、そういう事だ。それくらい言わなくとも理解しろ」


 ぶっきらぼうに告げた帷様。

 その耳は真っ赤に染まっており、私はそんな帷様の事がたまらなく愛おしいと感じた。


 それに。


「帷様はきんぴら以上に私を……」


 (つまり、私はきんぴらに勝ったってこと?)


 私は天下統一を果たした。

 それくらい嬉しい気持ちになる。


「いいか、そもそも俺は影で生きる人間だ。だから普通に生きる者と同じような幸せを、お前にくれてやれないだろう」


 帷様は私が喜びを噛み締めている横で悔しげに呟く。


「それでも俺はお前と添い遂げたいと願っている」


 帷様はまるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「だから服部琴葉、お前と祝言をあげたい」


 奥歯を噛んでいるのか、むっと帷様の口角が下がる。


「できれば今すぐに」

「あ、それは無理です」

「は?」


 帷様がまさに固まった。


「あ、私がしたくないとか、そういうことじゃなくてですね?」


 私は慌てて付け加える。


「父上が物事には順序があると。だから来年の春まで時間をかけろと言うことらしいです」

「……」


 私の言葉を聞いた帷様が驚いたように目を丸くする。それからフッと微笑んだ。


「確かに急ぐ理由は俺達にはない。それに、今更一年待とうと俺の気持ちは変わらぬ。あの時からずっと、俺はお前を好いているのだからな」


 吹っ切れたように、はっきりと分かりやすい愛の塊を私にぶつけてくる帷様。


「あの時ですか?」

「さ、早くよそえ。俺はきんぴらが食いたい」


 あからさまに話を逸らす帷様。

 そして帷様の視線はきんぴらに戻る。


 (あの時ってなんだろう)


 もっと詳しく知りたいという気持ちを抱えながら。


 (ま、おいおい聞けばいいか)


 この場で問い詰める事を諦め、私はご機嫌できんぴらを自分の取り皿に取り分ける。

 ご機嫌なのは、私はしっかりと帷様の気持ちを受け取ったから。そして私はこの先も帷様のお傍にいてもいいと、そうお許しをもらったからだ。


 準備が整った所で私達は、箱膳から格上げされた、宗和膳越しに向かい合う。


「いただきます」

「いただきます」


 私達は両手を合わせ、それから箸を手に取る。


 帷様はやはりといった感じ。

 最初にきんぴらに手をつけた。

 そしてふわりと微笑む。


「いつもと同じ味だ。懐かしいな」

「ふふ、そうですか?」

「うまい」


 帷様はやっぱりぶっきらぼうに、「うまい」と言う。でもその顔はとても嬉しそう。


 帷様は私の作る甘めのきんぴらが好き。

 だけど、きんぴらより私の方が好き。


 そんな私は世の中に不要だと拒絶された双子だ。


 (でも今の私は)


 誰よりも幸せでごめんなさい。


 私は心で世の中に仕返しをしてやったと思う。

 そして双子も悪くないなと、産まれて初めて心からそう思ったのであった。


 


 **おしまい**

最後までお読みいただきありがとうございました。

この後の話も頭の中にはあるので、機会があれば執筆出来たらなと思っております。


更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。

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