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四十四の巻 化けの皮を剥がす

 畳を見つめる私の口元から(とばり)様の手が離れた。私は背後の帷様を見上げ「大丈夫」だと合図を送る。


 そして私達三人は揃って気配を消し、部屋の四隅(よすみ)に移動すると、それぞれの位置に立って待機する。


 緊張した私は、自分の吐く息の僅かな音さえもが、鬱陶(うっとお)しく感じた。


 そんな中。ミシリ、ミシリと()れる音がして、ゆっくりと部屋の中央に敷かれた畳が持ち上がる。だいぶ暗闇に目が慣れてきた私は、正輝と帷様を確認する。すると二人もまた、固唾(かたず)を飲んで畳を見つめているようであった。


 そしてついに、目の前の畳がパタンと持ち上がる。その瞬間、私はもぐらのように頭を出した人物を捕縛(ほばく)しようと素早く動く。


 (逃がすか)


 飛んで火に入る夏の虫とばかり、呑気に頭を出す人物の背後に忍び寄り、脇の下に手を入れた。

 そして有無を言わさぬ勢いで、穴から引きずり出す。


「きゃっ」


 可愛らしい悲鳴を完全に無視し、私は声を上げた人物を床にうつ伏せに倒し、後ろ手に(ひね)り上げた。


 正輝が部屋の隅に置かれた行燈(あんどん)に火打ち石で明かりを灯す。


「痛たたたっ! 何なのよ!!」


 まるで池から飛び出した(コイ)のように、ジタバタと畳の上で暴れるのは、間違いなく美麗(みれい)様だった。

 いつもと違うのは、クレ染めと呼ばれる濃紺の装束(しょうぞく)に身を包み、頭をすっぽりと()(かむ)りで覆っているという事だ。


 (まるで忍び者みたいなんですけど)


 私は自分の持つ装束と同じような物に身を包む美麗様に驚く。そんな私とは反対に、帷様は落ち着いた様子で美麗様に話しかけた。


「美麗、何故お前はこのような場所から現れた」


 美麗様の顔の前に手燭を掲げる。


「…‥……」


 (まぶ)しいのか、美麗様は目を細めた。


「一度は肌を合わせた仲だ。まさか私を忘れた訳ではあるまいな」


 やたら妖艶(ようえん)な言葉を口にすると、帷様は美麗様の顔の側から手燭をゆっくり遠ざけた。すると美麗様は諦めたようにため息をつき、ポツリと呟いた。


貴方(あなた)達に話す事は何もないわ」


 そう言って、抵抗するように身体を動かす。けれどそれは私が許さない。腕に力を入れて、更に強く美麗様の手を捻り上げる。


「痛い、痛い、痛い。一体あんたは何者なのよ!!」

「私は、いおりです」

「い、お、り……まさか」


 美麗様は首を捻り、腕を締め上げる私の顔を確認する。


「少しぶりです。美麗様」


 私が微笑むと、美麗様の顔が大きく(ゆが)む。


 (そりゃそうか。寝取られて、腕を締め上げられて)


 散々な目に合ったのは、私のせいだと美麗様ならそう考えるだろうから。


「まさか、この私を罠にかけたのはあんたなの?というか、あんたどこかで……」


 美麗様は記憶と照らし合わせるかのように、私の顔をジッと見つめる。

 どうやら一度、美麗様の元を御火乃番(おひのばん)として、帷様と訪れた時の事を思い出したようだ。


「まさかあんた、あの時の生意気な」

「さて、どうでしょう」


 私は全力でとぼける。


「離せ、離せ、離して!!」


 美麗様が大声でわめき、またもや暴れだす。


「大人しくなさいませ。今宵(こよい)は全てを吐いてもらうつもりなんですから」

「そうだな。体力は温存しておくべきだろうな」


 正輝が意地悪く声をかける。


「何で! なんでこんな事にぃいい!!」

「うるさいですよ」


 私は美麗様の腕を思い切り後ろに引く。


「うぎゃぁああ」


 たいした事ないはずなのに、まるで骨でも折れそうという勢いで美麗様が叫ぶ。


大袈裟(おおげさ)ですね。折ったりしませんよ」


 美麗様の羞恥(しゅうち)っぷりに呆れ果てながら、私は腕を放した。


「痛いじゃない」


 美麗様は痛む箇所をさすりつつ、起き上がる。


「さて、美麗よ。覚悟を決め、自分の犯した罪を告白しろ」


 帷様が美麗様に冷たく言い放つ。


「嫌です。絶対に何も話したりしないわよ」


 私は小さくため息をつく。


「では仕方ありませんね。少々荒っぽくなるかもしれませんが、ご了承ください。公方(くぼう)様、よろしいでしょうか?」


 私はわざとらしく帷様にうかがいを立てる。


「あぁ、構わん」


 口角を愉快そうに上げた帷様が答える。


「ちょっちょっと待って!! 私は本当に知らないのよ」

「そうですか。ならば、自白させるまでです」


 私は再び美麗様の背後に回り込み、今度は羽交い絞めにする。そして美麗様の耳元で囁く。


「さっきも言った通り、荒っぽく、それはつまり力尽くになりますという意味ですので、舌を噛まないよう気を付けて下さい」

「ひっ」


 美麗様が小さく悲鳴を上げる。その隙に私は、美麗様の背後に回り、首に肘をかける。


「んーっ!!」


 美麗様は必死に首に回る、私の腕を外そうとする。けれど私はそれをさせない。


 (お夏さんの苦しみを味わいなさい)


 彼女が今いるこの宇治の間で帯紐(おびひも)によって首を締められたという事実を思い出し、私は肘に力を入れる。


「美麗様、まだ終わっていませんよ」

「うっ、うぐうう」


 美麗様の目に涙が浮かぶ。


「おい、こと‥‥いおり、そこまでにしておけ」


 正輝が慌てた様子で止めに入ってきた。


「けど、この程度で人は死なないわ」

「いや、修行を積んだお前とは違うんだぞ。それ以上は死んでしまう。それに公方(くぼう)様も始末すること。それを望んではおられない」


 必死な顔で私に告げる正輝の言葉を聞き、私は仕方なく美麗様の首から手を離す。


 公方様が望まれないのであれば、それに従うのが忍び者としての教えだから仕方がない。


「げほっ、ごほっ」


 美麗様は咳き込む。


「美麗、もう一度だけ聞く。お前は何をした?そして何を知っている? 全て話せば、命だけは助けてやる」


 帷様が静かに美麗様に問う。


「あ、あたしは、ただ一番になりたかっただけよ」


 美麗様は肩で息をしながら、弱々しく答えた。


「ほう。それはどういう意味だ?」

「そのままの意味よ。この大奥で誰もが(うらや)む存在になりたかった」

「だから、お夏を殺したというのか?」

「…………」


 美麗様は口を閉ざして黙り込んでしまった。


「そうか。やはり話す気はないようだな」

「……」


 美麗様は(うつむ)いて、顔を隠している。


「ならば、仕方ない。お夏と同じ苦しみを」


 帷様が私に目配せをする。


(かしこ)まりました」


 私は美麗様の首に肘を回そうと近づく。


「わかった、わかったから、それはやめて!!」


 美麗様は両手を後ろに付き、お尻で畳をずらし私から逃げようとする。


「では、知っていることを洗いざらい話してください」


 私は美麗様を追い詰めるように近づいていく。


「わ、私は、話が違うじゃないって思っただけよぉぉぉ!!」


 美麗様が大声で泣き叫ぶ。


「私は町方(まちかた)でずっとみんなに愛されてた。だから岡島様に大奥で奉公すれば公方様の寵愛を得て、国母(こくぼ)となれるって。それなのに、公方様は伊桜里様ばかりを寵愛していて。そもそも二人が幼なじみだなんて聞いてなかったし。そんな特別な関係の二人に私が付け入る隙きなんかあるわけないじゃない!!私は(だま)されてここに連れて来られた被害者なのよ!!」


 ついに美麗様が胸の内を(さら)け出した。


 (みんなに愛されてたか……)


 多少思い込みもありそうだが、美麗様のような美しさを持ってすれば、それなりにチヤホヤされていた事は安易に推測できる。しかしここ大奥ではそうもいかない。将軍一人の心を、何百といる女性で奪い合う、まさに合戦場(かっせんじょう)だ。


 そして伊桜里様は、公方様の幼なじみ。この関係は過去に戻れない限り、誰も同じ土俵(どひょう)に立つ事が出来ない確固たるもの。


 (確かに美麗様が、色々恨んじゃう気持ちはわからなくはないけど)


 それでも人を殺めたり、(おとしい)れたりしていい理由にはならない。


 (それに岡島(おかじま)様の事を恨んでるみたいだけど……あ、そっか)


 岡島様が大奥の奉公を隠居したい。そう願うのは、美麗様を騙す形で大奥に引き込んだ罪。それを切に感じているからだろう。


 (そして美麗様を引き込まなければ)


 伊桜里様は亡くなる事はなかったかも知れない。


 (だけど岡島様は大奥の総取締役みたいなもんだから)


 きっと私が思うよりずっとお世継ぎ誕生にかける思いが強かったに違いない。


 私はふといつだったか、帷様の口から聞いた話を思い出す。

 確かあれは、前将軍である秀光(ひでみつ)様の、最後の正妻となった天花院(てんかいん)様が光晴(みつはる)様のためだと理由をつけ、町方で評判の娘を岡島様の部屋子(へやこ)にしたりしている。


 そんな噂話について話していた流れで帷様が口にした言葉だ。


 『本人が願うのであれば問題はない。しかし、騙すような事をして大奥に連れてきているのだとしたら、それは許されない。もし行き過ぎた行為を発見したら、俺はどうにかして天花院様や岡島を止めねばならぬ』


 もしかしたら、帷様が今回の茶番地味た作戦で、真面目極まりない岡島様を仲間に引き込んだのは、その目でしっかりと自分が大奥に引き込んだ子の行く末を確かめろ。そういう意味があったのかも知れない。


 私は岡島様のやつれたような顔を思い出す。岡島様はご自身を『沈んだ船』だと言い表し、後ろめたい気持ちを抱えているようだった。


 しかし、公方様が誰を奥泊りに指名するか。それは、ある意味誰にもわからない。

 だから岡島様が美麗様に言ったとされる、「公方様の寵愛を得て、国母となれる」というのはあながち間違ってはいないとも思う。


 (現に美麗様は公方様と一度は関係を持ったわけだし)


 だとしたら、悲観(ひかん)して諦めるには早すぎる。

 何故なら、大奥では「一引き、二運、三器量」が大事だから。これは大奥で上を目指す為に必要とされている事をうまくまとめた言葉だ。


 最初の「引き」は光晴様に会う為の縁故や伝手のこと。運と器量は言うまでもないだろう。つまり美麗様は岡島様という引きを得て、公方様に見染められた運もある上に器量も良い。


 (あ、でも)


 子種を授かる運だけ、足りなかったのだ。


 それでも、誰かを恨むほど恵まれてない訳じゃない。


 (美麗様は、欲張りなんだ)


 世界から拒絶される私は、欲しがりな美麗様をずるいと思った。

お読みいただきありがとうございました。


更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。

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