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三十五の巻 帷様と状況を整理する3

 私は今回の任務について、(とばり)様が知る情報を今更引き出している所だ。


 (そもそも今回の任務の目標は、伊桜里(いおり)様の書簡を探すこと)


 それから死の真相を探る事だ。今までそれらについて帷様から情報を積極的に与えられる事はなかった。


 (けど、色々知ってるじゃん)


 それらを私に共有しなかったこと。


 (信用されていないみたいで、悲しいんだけど)


 ただ、帷様は公方(くぼう)様だ。だから迂闊(うかつ)に人を信用しない気持ちもわからなくはない。


 (でも、でも、同じ部屋で寝食(しんしょく)を共にしてる相手に今更警戒するってのも)


 実におかしな話である。


 (ほんと、良くわからない人だ)


 私はひっそりと葛藤(かっとう)し、一人口を尖らせる。


「伊桜里の元に書簡があった。それを金沢丹後(かなざわたんご)の妻に伝えた者は判明していない」


 悶々(もんもん)とする私の事などお構いなしといった様子で、帷様は淡々とした口調のまま事件について語る。


「しかし、この件について調べを進めていくうちに、伊桜里の事件後、奉公を終え実家に戻った多聞(たもん)が告白したんだ」

「告白ですか?」


 今度は何が飛び出すのかと、布団の中で身構える。


「伊桜里が遺言と思われるような書簡を残していた。けれど、伊桜里の部屋方(へやかた)であった夏目(なつめ)という(つぼね)が他言無用と、きつく部屋方達に言いつけていた。だから自分も今まで黙っていたと。伊桜里の部屋方であった多聞の一人が告白したんだ」


 (局の夏目さん……)


 大奥でその名を耳にしたかどうか、記憶を探ってみた。しかし生憎(あいにく)すぐには思い当たらない。


「多聞は、夏目が伊桜里の手紙を隠したのではないかと疑っているようであった」


 帷様の口から明かされた真相に、私はどこか()に落ちない気持ちになる。


「そもそも、局が主人の書簡を勝手に隠す。そんな事をしてもいいのでしょうか?」


 書簡を残すと言うことは、何か伝えたい事があったということだ。それを使用人の意思で隠すこと。それは道義(どうぎ)に反する事なのではないだろうか。


 私はジッと屏風の向こうにいる帷様の言葉を待つ。


「彼女は咄嗟(とっさ)に主人の名誉を守ろうとしたのであろう」


 帷様がまるで夏目という局を庇うような言い方をした。


「書簡に書かれた内容を確認し、伊桜里にとって不利になることが記載されていないのかどうか。それを確認したのであろう。夏目は伊桜里の乳母(うば)であった者だからな。伊桜里にとっては、唯一大奥で心を許せる相手だったのだろうから」


 帷様が新たな情報を付け足す。


 後出しのような形で与えられた情報から察するに、夏目という女性は伊桜里様と共に大奥入りをしたのだろう。


 (そっか。乳母であったら、手紙を隠す可能性は高いか)


 そもそも私達武家(ぶけ)の子にとって、育ての母とも言える乳母は特別な存在だ。

 正輝と私の乳母であるお多津(たつ)も厳しく、口うるさく、しかし愛情を持って私達に正しい知識を与え、導いてくれている。


 私の脳裏に酔っ払い、「お手付きになったら、簡単に会う事ができない」と私にすがり付き、しとしとと涙を流す、お多津の年老いた顔が浮かぶ。


 (お手付きはともかく、会えなくなると泣いてくれるなんて)


 どうやら乳母の方もまた、幼い頃から面倒を見てきた者に対し、特別な感情を持っているのは間違いないようだ。

 となると、咄嗟に主人の醜聞(しゅうぶん)ともなりかねない怪しい手紙を隠すというのは、良し悪しは別として、納得できぬ行動ではある。


「その夏目様は今どうされているのですか?」


 お多津を思い浮かべながら、帷様に問いかける。すると帷様が小さく息を吐いた音が聞こえた。


「伊桜里の件で流石に心を砕いてしまったようだ。今は箱根峠(はこねとうげ)湯治場(とうじば)で湯巡りをし、ゆるりと心を癒やしているらしい」


 その話が誠であるのならば、夏目という局は心から伊桜里様の死を悲しんでいるとも捉えられる。


 (乳母だもんね)


 お多津の顔を、再度思い浮かべる。彼女もまた、私がこの世からひっそりと去ったら、きっと夏目という局のように、心を痛めてくれるはずだ。

 身近な人物に当てはめ状況がしっくり来た私は、やるせない思いのまま、深いため息をついた。


「箱根となると、すぐに話を聞くのは無理そうですね」

「書簡の件について夏目に詳しく話を聞くために、既に使いの者は送ってある」

「返事は何と?」


 (まだ何かあるの?)


 私に知らされていなかったこと。それらが次々と露見され、戸惑いつつも尋ねる。


「伊桜里の書簡は夏目の手元にはないそうだ」

「手元にない?」


 話の流れから、てっきり夏目様が書簡を持っていると思い込んでいた。でもだとしたら、帷様と私が大奥にいる意味が不明となる。


 (一体何がどうなってるの?)


 混乱した頭のまま、思わず帷様のほうに寝返りを打つ。すると暗闇の中でもキラキラと光り輝く金箔(きんぱく)が貼られた屏風(びょうぶ)が私の視界を埋めた。


 (余計眠れなくなるんだけど……)


 私は豪華すぎる屏風も考え物だなと思った。


「夏目は伊桜里が亡くなった後、書簡を隠した事は認めている。慌てて胸元に入れておいたそうだ。しかし内容を確認する前に、気付けば書簡が見当たらなくなっていたらしい。動き回っているうちに落としたのかも知れないと証言しているそうだ」

「なるほど……」


 (なんともお粗末(そまつ)な)


 バタバタと忙しなく動き回っているうちに、着物が着崩れた。その結果、胸元の合わせから書簡が落ちる事が全くないとは言い切れない。


「でも、大事な書簡を落としますかねぇ……」


 私はどうにも怪しいと、夏目様の証言を疑う気持ちに駆られる。すると帷様がため息混じりに言葉を続けた。


「勿論俺もそんな都合の良い偶然があるのだろうかと疑った」

「ですよね」

「しかし書簡が紛失した後、夏目は思わぬ所から書簡の話を聞かされたそうだ」

「思わぬ所とは具体的に誰なのでしょう?」


 先程はお菓子屋から。

 もうそれで充分驚かされた。


 (というか、大奥で見知った事は他言無用じゃないの?)


 少なくとも私は大奥に入る時に、大奥女中誓詞(せいし)という決まり事がつらつらと書かれた巻物を熟読させられたのち、契約書のようなものにしっかり署名捺印(なついん)をさせられたのだけれど。


 思いのほか外部に情報が漏れ出している事を知り、秘密保持が上手くいっていないのでは?と他人事ながら心配になった。


「夏目は貴宮(たかのみや)から書簡の事を問われたそうだ」

「え!?」


 私は思わず布団から半身を起こした。すると(ほこり)を立てたせいか、思わず大きなくしゃみが一つ飛び出した。


「おい、大丈夫か?」

「お気になさらずに」

「あまり無理するな。もう寝るか」

「は?」


 これからという所で話を終わりにしようとした帷様に対し、あからさまに機嫌の悪い声を漏らしてしまう。


「し、失礼しました」

「何だ、俺が何かしたのであれば謝る。だから言いたい事があるならば、隠さず言ってくれ」


 帷様が少しだけ早口で告げた。


 (そりゃ、まぁ、言いたいことはある)


 ただ、公方様に愚痴るのはだいぶ気が引ける。


「お前の取り柄は武家の娘らしくない、はっきりとした物言いをする所だろう?」

「……」

「さっさと吐け。怒らないから」

「……」

「……」


 しばし沈黙が流れる。やがて根負けしたのは私だった。


「では、遠慮なく言わせていただきます」

「ああ」

「どうして今更、私に情報を下さるのですか?」

「今更?」


 帷様はとぼけたような声を出す。


「はい。私達が大奥に入ってから二十日ほどでしょうか。その間帷様は私に情報を与えて下さいませんでした。それなのに、何故急に教えてくださるのか不思議に思いまして」

「それは、その……すまなかった。特に深い意味はなく、聞かれなかったからであって、その……」


 歯切れ悪く言葉を紡ぐ帷様。その様子に、私は小さく息を吐いた。


「別に帷様を責めているわけではありません。ただ、私は目的を持ってここにいる。だから知りたかっただけです」

「そ、そうか。責めている訳ではないのだな」


 ホッとしたように帷様が呟いた。


「でも悲しいです。私は帷様が選んでくれた相棒な訳ですよね?そんなに頼りないのでしょうか?」

「いや、そういうわけではない」

「確かにいちいち確認しなかった私も悪いと反省しております。ですが」

「そうではない。決してお前を信用していないわけではない」


 私の言葉を否定するかのように声を大きくした帷様に驚く。


「すまない……。俺はお前を本当に優秀な人材だと思っている。それにお前は機転が利く。俺が気付かなかったことにも気付くしな」

「なら、どうして……」


 私が(たず)ねると、しばらく沈黙の後、帷様がポツリと呟いた。


「俺は、誰かと行動するという事に慣れていない。しかも自ら考え、結果を出すよう(しつけ)られてきた。だから、あまり他人と共に行動する事に慣れていない。そのせいでお前を不快な気持ちにさせていたのだとしたら、すまない」


 いつもの覇気(はき)ある声が鳴りを潜め、まるで幼子のように、頼りなさげな声に私は戸惑う。


「帷様の周囲には優秀な御家老(ごかろう)様達が沢山いるじゃないですか」


 少し的外(まとはず)れのような気がしたが、何か言わねばと、思ったままを口にする。


「確かに奴らは優秀だ。しかし俺とは住む世界が違う」


 (住む世界が違う?)


 言われた事の意味がよくわからない。傍から見たら、有能な人達と共に光晴様は桃源国(とうげんこく)を平和に導いているように見えるからだ。


 (もしかして、意外にも周囲は助言してくれないの?)


 だから国をうまくまとめるという難しい問題を、一人で抱え込んでいるのかもしれない。

 帷様の発した言葉の意味をそう捉えた。


「私は帷様の相棒です。ですから私に出来る事はするつもりです。だから情報は共有しましょう。その方が合理的ですし」

「わかった」


 きっぱりと答える帷様。その声には先程見せた弱々しさが消え失せ、普段の頼れる声に戻っていた。


 (よかった。もう大丈夫みたい)


 私はほっとして再び布団の中に潜り込む。


「お休みなさいませ、帷様」

「ああ、おやすみ」


 穏やかな声に戻った帷様に安心し、私は目を瞑り、眠りにつこうとした。

 しかし、どうにも中途半端になった件があるせいか、目が冴えてしかたがない。


「あの、帷様」

「何だ?」

「夏目様は書簡を紛失した後、貴宮様から書簡について問われたと仰ってましたが、だとしたら、何故貴宮様は書簡の存在をご存知だったのでしょう?」


 私が問うと、帷様は笑い声をあげた。


「何かおかしな事を言いましたか?」

「いや、お前はやはり頑固で真面目だなと思ったら、笑えた」


 言いながら静かに笑い声を漏らす帷様。


「頑固で真面目ですか?」


 (わりと柔軟性があるし、おちゃらけてるほうだと思ってたけど。でもまぁ、真面目は良く言われるかも……)


 私には他人から見たら融通が利かない所があるようだ。それ故に、真面目だと言われる事はある。


 (それに何だか帷様はいい意味で言ってくれたっぽいし)


 だけど真面目で頑固は決して褒め言葉ではないような気がする。しかし、くすくすと、ご機嫌で楽しそうな笑い声が屏風の向こうから聞こえてくるのは現実に起きていることで。

 私はそんな帷様に困惑し、つい眉根に皺をよせた。


「気分を害するほどの頑固で真面目な所があれば、その、直す努力はいたしますので」

「いや、お前はお前のままでいいと思うぞ。俺が保証しよう」

「はぁ……」


 いまいちピンと来ないまま、相槌(あいずち)を返す。


「夏目が大奥を出る時、貴宮の元へ挨拶に出向いたそうだ。その時に「無くし物の件は任せて欲しい」とそのような、意味ありげな言葉を告げられたそうだ」


 帷様は私を置きざりにし、本題に戻り会話を進める。

 私も先程「情報を教えろ」と迫った手前、困惑する気持ちに蓋をし、真面目にたずねる事にした。


「貴宮様が仰った「無くし物」それは書簡を意味すると、夏目様はそう思われたという事ですか?」

「そのようだ」

「でも大奥ではしょっちゅう物が紛失しますよね?」


 その原因は今のところ美麗様。

 少なくとも狸ちゃんの告白とお夏さんの手紙の件で、私はそう信じている。


「そういえば、貴宮様は伊桜里様の事を信頼されているようでしたけど」


 御殿で私が上臈(じょうろう)御年寄(おとしより)である姉小路(あねのこうじ)様と岡島様に囲まれていた時、助けてくれたのは貴宮様だ。


 もしあれが演技だとしたら、少し怖い。


「貴宮については、正直何を考えているのかわからん」


 まるで私の心を読んだかのように、帷様がサラリと告げる。


「でも帷様の奥方(おくがた)、しかも正妻ですよ?」


 それでいて「よくわからん」とはいかがなものか。


 (朝廷と上手くいかないのは、歩み寄らない帷様のせいなのでは?)


 そんな風に思った。だからあまり考える事なく口にする。


「ちゃんと夫婦っぽいことをなさっているんですか?」


 私は助けられた恩もあり、つい貴宮様の肩を持つような発言をしてしまう。


「貴宮とは政略的に結ばれた関係だ。お前の思うような夫婦の関係などないだろう。むしろ貴宮は体も弱いと聞いている。だから自分は出しゃばるまい、そう思っているようだ」


 帷様は自分の事なのに、まるで誰かから聞いた、と言った感じに淡々と話す。

 私はその態度に何だか納得が出来なかった。


 (私には結婚すら許されないって言うのに)


 望まなくとも相手を用意されておいて、その言い分は少し我儘(わがまま)だ。


「他人事みたいに言わないで下さいよ。ご自身の事なんですよ?それに貴宮様は誰よりも出しゃばる権利はあるはずです」

「夫婦の事など、わからん。この話が続くのであれば、俺は寝るぞ」


 帷様は不機嫌な声でピシャリと会話終了だと言い切った。


 (貴宮様、こんなわからずやな人が旦那様だなんて、可哀想)


 私は心で吐き捨てると、帷様と金ピカな屏風に、プイと背中を向けたのであった。

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