アラサーはスキルよりテクニックで生き抜く
「お待ちしておりました、選定者様。」
目の前には、耳の尖った色白銀髪のボインちゃんが微笑んでいる。
周囲を見渡しても何もない、真っ白な空間だけが広がっていた。
確かに、昨日はいつも通り自宅のベッドで眠りについたはずなのに・・・。
言葉もでず呆けていると、ボインちゃんが語りかかけてきた。
「突然のことで驚かれていることでしょう。私の名はエルフィノ、選定者様を導く案内役を仰せつかっております。お待ちしておりました、七瀬様。」
そうそう、私の名前は七瀬。楠岡七瀬アラサー真っ只中。
「確かに私は七瀬だけど、ここはどこで、その選定者って何なのかしら?」
ひとまずは現状を把握しないと。目の前のボインちゃんに問いかける。
「ここは七瀬様が生きていた世界とは別の世界ニブルヘルムを統括する神々の間でございます。」
別の世界ってことは異世界転生になるのか?いやでも、いつも通り寝ただけなんだけど。。
呆けたままの頭で状況を整理しているとボインちゃんは続けて語りだした。
「現在、七瀬様がこれまで生きていた世界も含め、平行世界と呼ばれるものが数多く存在しております。平行世界の数だけ我々神々が管理を行っておりますが、平行世界が増えすぎたこともあり管理が行き届かない世界も徐々に増えつつあるのです。」
平行世界?いわゆるパラレルワールドと呼ばれるものなのだろうか。神々の世界まで管理者不足だなんて、大変な世の中になったもんねぇ。
「そこで七瀬様にはこのニブルヘルムが世界として存続する価値があるかどうか選定者として見極めていただきたいのです。」
なんと。。世界の存続ときたか、、、。嫌だわぁ。。
全く関係のない世界とは言え、人ひとりどころか世界の生死なんて判断したくない。
「世界の存続とか、嫌だわぁ。。うっかり事故死でワンチャン選定者としていかが?ならまだしも、普通に寝てただけだしさぁ。別の人に交代できないの?」
そう答えると、ボインちゃんの笑顔が少しだけ引きつって見えたがすぐ元の笑顔に戻る。
「残念ながら一度こちらに来ていただいたからには交代することも七瀬様をもとの世界にお戻しすることもできません。」
う、うそーん。。神様のくせに一方通行だなんてなんて理不尽な。。
ボインちゃんが話を続ける。
「確かに、急なお話で戸惑われるかもしれません。選定者と言うと大げさに聞こえるかもしれませんが七瀬様にはただニブルヘルムの生活を楽しんでいただきその感想をお聞かせいただければよいのです。」
「ニブルヘルムは七瀬様がいた世界とは違い、魔法やスキルと呼ばれる能力が存在する世界。選定者として向かっていただく七瀬様にはチートスキルを授けさせていただきますのでご安心ください。」
なるほど、ボインちゃんの言うことを信じるならチートスキルで自由に世界を遊びまわってくださいなってことか。しかしながらどこか胡散臭い話なのは間違いない。
若い子であればチートスキルで異世界転生ラッキー!的な反応なのかもしれないけれど、こちとら酸いも甘いもそこそこ経験済のアラサー女子。
なんなら結婚にも2度失敗して、おひとり様を満喫している真っ最中だったのよ。
それを知らない世界でただ働きだなんて、軽々しく安請け合いするものじゃない気がする。。
「そのスキルとやらがあったとしてもさ、見知らぬ世界で一からじゃん。だったら元の世界でアラサー満喫したいんだけど。その選定者とやらを引き受けることで私のメリットってなんかあるの?」
そう投げかけると、再びボインちゃんの笑顔が引きつって見えたがさすが神様。クレーマー対応はお手の物なのかすぐ元の笑顔に戻っている。
「確かに七瀬様のおっしゃる通り見知らぬ世界で生活していただくのは一苦労かと思われます。しかし選定者として役目を完遂いただいた際には、神々の名のもとに来世の幸福をお約束させていただきます。」
ふむ、なるほど。がんばったら来世は苦労知らずですよって事か。すんなりその言葉が出てくるということはクレーマー対策マニュアルにでも回答が載っているのかしら。つくづく神様も大変な職業なんだろうとしんみりさせられる。
しかしマニュアル回答で落とされるほどアラサーは簡単ではない。
「来世苦労しらずなのはおいしいかもしれないけどさ、基本前世の記憶って残ってないじゃん。残してほしくないし。記憶残ってない来世の幸福を約束されても今の私には無関係なんだけど。無駄な努力でしかないんだけど。」
そう言うとボインちゃんの引きつった笑顔から汗が流れていく。
普通は調子に乗って喜ぶ異世界転生をここまでゴネられるとは予想してなかったのか、、。
しかしながら、選定者とやらを承諾しないことには先に進まなそうな気もしてる。
女は年を取るとゴネたくなっちゃうものなのよ。一通り困らせて満足した私は引きつった笑顔のボインちゃんに交渉してみることにした。
「と言っても、その選定者っていうのを承諾しないことには進まなそうだし、いいよ。やっても。」
「ただしそのチートスキルって言うの、授けてくれるんだよね。どんなスキルくれるの?」
そう問いかけると一瞬口元のゆるんだボインちゃんだったがすぐにテンプレ笑顔で答える。
「スキルは神託の儀を行いランダムで3つまで授与されます。そのほか、ニブルヘルムでの容姿や年齢などはなるべく七瀬様のご要望に応えさせていただきますよ。」
あきらかにほっとてるボインちゃんには悪いけど、ここでちょっと無理を通させてもらおうかな。
「ランダムね~、ランダムか~~。見知らぬ来世のためにランダムでは頑張れないかなぁ~。」
ずいっとボインちゃんに近づいて顔を寄せる。
「しかし皆様神託の儀を行っておりますので・・」
ダメとは言わないとなるともうちょっと押してみたらいけるかも。
「いやでもよ、そちらの都合で一歩通行で連れてきといてランダムスキルでどうにかしてくれって言うのもさぁ~。無茶ぶりな気がするのよ。せめて自分で決めさせてくれないとな~。」
「し、、しかし規則で決まっておりまして・・・。」
ピクピクしている眉と口元を見ながら私は満面の笑みだ。
理不尽に対抗するには無茶しかない。さらにボインちゃんに顔を寄せて話しかける。
「ランダムスキルで選定者の責務を怠るのとボインちゃんがこそっと無茶してお好みスキルで選定者を完遂するの、果たしてどっちがお互いにとってベストなのかなぁ~。」
「もー-ぅ!!わかりました!、わかりましたよぉぉぉ!!!」
鼻先が触れるほどの距離まで近づいたボインちゃんの顔かテンプレ笑顔が消え去った瞬間だった。
「しかも私はボインちゃんではなく、エルフィノです!!本来、異世界転生となると人間どもは喜んでイキって向かうのに。。なんなんですかあなたは!。」
そうだ、確かにエルフィノって名乗ってたな。ごめんごめん。
テンプレ笑顔の崩れたエルフィノがぷりぷりしながら今までの不満を爆発させている。
「今日日のアラサーがピチピチの若者と同じテンションでやれるわけないじゃないのよ。勝手に選んだのはそっちでしょーが。」
不満そうなエルフィノに毅然とした態度で応える。
「んぐっ、、、んむぅぅぅ。せ、選別部署め。。」
選別部署なんてあるのか。だとするとエルフィノは案内部署ってところかな。部署間連携が上手くいかなくて苦渋を飲まされることもあるよね。神様の世界も大変なこって。
さてと、スキルとやらをどうしよう。
見知らぬ世界で生きていくスキル。どうせなら30過ぎまで生きてきた経験を活かすべきかな。
「で、七瀬はどんなスキルが欲しいの?魔法属性と個性あわせて3つまで付与できるわよ。ニブルヘルムでの年齢や容姿もある程度希望に添えるけど。」
すっかり仮面笑顔のはがれたエルフィノが少しすねたような口調でそう告げる。
私の望むスキルは・・・。