スムージーをもらった話
雲一つない真っ青な空、エメラルドの海、ギンギンの太陽、ゆれるヤシの木、ハイビスカス。
タクシーの後部座席から見える景色は南国そのもの。
開けた窓から吹き込んでくるムわッとした暑い風が髪の毛を右往左往に暴れさせ、ラジオからは三線の陽気なメロディが流れる。
健康な精神の持ち主であればテンションが爆上がりするところなんだろうけど俺の心は曇り空のように深くどんよりとしていた。
出発時間ギリギリの空港での事。
両親との別れ際に母に「これ忘れ物、大事な物でしょ」と手渡たされた紙袋。
機内の座席に腰を下ろし、なかを確認してみようと開けてみたら一目で全身が凍り付く思いがした。
去年、俺が4か月かけて制作したももちんの衣装が綺麗に折りたたまれて入っていたからだ。 丁寧にアイロンまでかけられている。
何度かこっそりと試着して満足した後、誰にも知られないようにと中身が見えない黒いビニール袋に入れてガムテープでしっかり巻いて自室の押入れの冬物ふとんの奥深くに埋めておいた思い出の品だ。
すっかり忘れていた。
サイアクだ……。
知らない人ばかりの土地でこれから一人でやっていかないといけないと考えただけでも絶望なのに、魔法少女のコスプレ趣味が母親にばれていたという事実がさらに追い打ちをかける。
しかもここはリゾート地でもある。
リア充どもがわらわらと集まってきてその性質をもっとも発揮する場所だ、引きこもり体質の俺には恐怖でしかない。
もう天に帰りたくなってきた……今すぐ世界終了しないかな……。
そんな事を考えながら流れる景色をぼんやりと眺めていた時の事。
「兄ちゃん大丈夫か?」
「えっ!?」
「いや、さっきから何か思いつめたような顔をしているから」
バックミラーに映るサングラスのおじさんとチラッと目が合った。
「あっ……まぁ……色々と……」
「そう。 まあ生きていると色々あるからねぇ……」
「あ、はい……」
アロハシャツに短パン、色黒の肌で髪はオールバック、口まわりに濃い髭を生やしたタクシーのおじさん。
ドアを開くなり、「お客さん、冷房は今壊れていて使えないんですけど良いです?」 と汗だくの笑顔できかれたときは正直失敗したと思ったけど、俺が荷物をいっぱい抱えている事に気がついてすぐに運転席を降りてきてくれたし、トランクに荷物をつめてくれた時は丁寧に扱ってくれていたし、良い人そうだと思った。
「兄ちゃん顔色悪いよ、ちゃんとご飯食べてる?」
「えっと……今日は食欲がなくてお昼は抜かしましたけど……」
おじさんはラジオのボリュームを絞ってから言った。
「兄ちゃんまだ学生でしょ、育ち盛りなんだからちゃんと食べていっぱい力つけないと」
「はい……」
「いまにも倒れそうな顔してるよ」
「え、そうですか……」
「お! そうだ!」
おじさんは何かを思い出したように助手席の下の方へ手を伸ばしビニール袋をガサガサ探ると、そこから何かを取り出して、視線は前を向いたまま「これ飲んで」と俺の方に差し出した。
おじさんから手渡されたのはラベルのはがされた50ミリリットルのペットボトルで中には黄緑色のドロッとした液体が入っていた。
「あ、何ですかこれは……」
「特製のスムージーよ」
自信ありげに答えるおじさん。
「スムージー……何が入っているんですか」
「牛乳とプロテインとほうれん草とケール、小松菜、ゴーヤ、オクラ、グアバ、キウイ、りんご、パイナップル……」
次々出てくる原材料名をききながらペットボトルに目をやる。
ぬるいし、泡立ってるし見た目……気持ちワル。
「いつもお昼に弁当を買って食べるんだけどね、コンビニ弁当だけだと栄養の面で気になるでしょう? だからそれといっしょに飲もうと思って毎朝早起きして自分で作っているんだよ。 今日はたまたま知りあいに食事を奢ってもらったから、それで飲むのを忘れてて。 でもちょうどよかったよ」
「あ、そうなんですか……ありがとうございます……」
とりあえずお礼は言っておいたが、飲む気はない。 タクシーを降りたらあとで捨てよう。
俺は再び窓の外へ目をやった。
「どう? おいしい?」
声に反応してバックミラーを見たら、おじさんがまだこちらをチラチラ見てる!
「あ、えっと……まだ飲んでないです……」
「なんで、飲んだらいいよ。 これ飲んだらいっぱつで元気出るよ。僕も毎日これを飲んでいるから元気もりもりだよ」 そう言って毛深い拳をおっ立ててみせるおじさん。
「そうですか……じゃあいただきます……」
俺は押しに弱い。
キャップをあけると濡れたまま何時間も放置された雑巾の様な匂いがふわっと香った。
俺は息をとめて一気飲みした。
口当たりはドロドロぬるぬるしていて、甘さと苦さと生臭さが同時に来る風味で、後から酸っぱさも感じる。
飲んだ後は口の中にざらざらとぬめぬめが残る。
凄い味だ。
何度か吐きそうになったけれど鼻で息を吸うのを止めたらなんとか飲めた。
「うぷ……おいしかったです……」
「よかった」
何だかおじさん嬉しそう。
目的地に着いた。
おじさんは料金はいらないと受け取らず、それで美味しいものでも買って食べなさいと言ってくれた。
荷物も下ろしてくれて、運転席に戻ると「生きていると良い事もあるよ、まあ無理せず気楽にね」と手を軽くあげて合図をすると行ってしまった。
タクシーの姿が見えなくなるまで手を振った。
気さくで親切でいいおじさんだったな……ちょっと気分が晴れた気がした。
うっぷ……気持ちワル。
後ろを向くと目の前には高級ホテル敷地の入口のようなお洒落な校門があり、ライトアップされた石張りの塀にはトロピカルオーシャンパラダイスピースビーチリゾートアンドスパ高等学校と書かれている。
ここが今日から俺が通う高校だ。
次話からすごく明るくなると予告した割にぜんぜん明るくなっていなくて期待していた方々には本当に申し訳ありません。すみませんでした。




