『しあわせ橋』
ふと以前書いた短編を思い出したので、書き起こしてみました。
ジャンルはホラーとなっています。
魂を喰らう妖が出てきます。
でも多分怖くないです。
私ですから(謎の説得力)。
お気楽にお楽しみください。
(来た……! 獲物の匂いだ……!)
草木も眠る丑三つ時。
谷間にかかる橋の上。
揃えられた靴。
傍に置かれた白い封筒には『遺書』の文字。
「……よし」
男は意を決して、橋の欄干に足をかけた。
「ちょっと待ったー!」
「!?」
響き渡った声に男が驚いて振り返ると、若い女が右手を突き出しているのが見えた。
「あ、あなた自殺する気!?」
「な、何だよお前!」
「自殺なんてやめなさいよ!」
「お、お前には関係ないだろ!?」
「えっと、ないような、あるような……」
「え、どっかで会った事ある……?」
よくよく見れば、なかなかの美女。
男は記憶を辿ろうとするが……。
「いや、初対面」
「何だよ! なら関係ないだろ!」
「と、とにかく、今日ここで死ぬのはやめて! 他の場所か、四十九日後とかにして!」
「駄目だ! 俺は彼女が俺の職場の後輩と浮気の末、明日結婚式を挙げるんだ! だからプロポーズしたって言うこの『幸せ橋』から飛び降りて、復讐してやるんだ!」
「えっ、あなたも……!?」
「あなたもって……?」
そこで男は、女が左手に持っている白い封筒に気が付いた。
「はぁ!? あんたも自殺志願!?」
「そ、そーよ! こっちは明日家族に婚約者を紹介するねってところまでいったのに、出会い系で若い子が見つかったからって逃げられたのよ!」
「お、おぅ、それは、辛いな……」
「だから告白してくれたこの『幸せ橋』で死んでやるのよ!」
「じゃ、じゃあ……」
女の剣幕に、男はじゃあどうぞと譲りかけたが、今日この場でなければ意味がない理由を思い出す。
「待て! 俺の方が先に来たんだから、俺が飛んでからお前も飛べばいいだろう!? 俺は今日この場じゃないと駄目なんだよ!」
「ダメよ! そうしたら私達心中みたいになるじゃない!」
「あ、そうか……」
「私も今日この場でないとダメなのよ! お願い、譲って……!」
真剣な、そして可愛いおねだりに、つい心が動きそうになるが、心の傷を思い出し、大きく首を振る。
「だ、大丈夫だろあんたなら! 明日は婚約者が仕事で急に来れなくなった事にして、それから新しい男を探せば!」
「そんな都合よく見つかる訳ないじゃない!」
「いけるよ! あんた美人だもん!」
「えっ……!」
二人の間に流れる沈黙。
「こ、この場所を譲りたくないからって適当な事言わないで!」
「適当じゃないって! ホント美人だと思ったよ!」
「そ、そんな事、言われたって……」
どう答えていいかわからない様子でもじもじする女。
「あ、あなたこそもっといい女を捕まえて、元カノより幸せになってやればいいじゃない!」
「職場で寝取られ男って陰で言われてるんだぞ!? 新しい彼女ができる前に心を病むわ!」
「気にしなきゃいいのよ! あなたいい男なんだから、すぐ彼女なんてできるから!」
「は、はぁ!?」
再び流れる沈黙。
「あ、あんたこそ適当な事言うなって……。所詮俺は後輩に彼女取られた情けない男だよ」
「それは彼女の見る目がないのよ! 背も高いし、スタイルもいいし、何かスポーツやってた?」
「……バスケ」
「いいじゃない! スポーツする人ってカッコいいよ! 私、運動できる人好きだよ!」
「す、好きって……」
「あっ……」
満更でもない男に、女も我に返って赤面する。
「その、だから、勿体ないわよ……」
「いや、それはあんたもそうだし……」
「……」
「……」
三度目の沈黙の後、男は靴を履き、遺書をポケットにねじ込んだ。
そしてその手で女の手を掴む。
「えっ、えっ!?」
「……とりあえず明日、家族に婚約者を紹介できれば、今死ぬ必要はないんだろ?」
「う、うん……」
「フリで良ければ、やるよ……」
「あ、うん、あ、ありがと……。そ、そしたら、女の子受けする服とか、髪型とか、教えるね……」
「あ、あぁ、助かる……。えっと、家、どこ?」
「わ、若地田……」
「え、何でここまで来たの?」
「タクシーで……」
「……じゃあ送るよ。俺車だから」
「……うん」
二人は手を繋いだまま、近くの駐車場へと歩いて行った。
(おかしい……)
『橋』はここ数十年、匂いはすれど獲物が落ちて来ない事を不思議に思っていた。
かつては自殺の名所とまで言われ、落ちてきた人の魂を喰らっていたのに、最近はとんと落ちてこない。
死を決意した人を引き寄せる負の力を出し続けているのに、だ。
(世は平和になったのか……?)
『橋』は知らない。
自殺者は昔より格段に増えている事を。
そのため、『橋』の負の力に引かれた人間が、よく鉢合わせする事も。
そして死を決意した者同士、語り合い、慰め合い、生きる希望を得ている事も。
かつてあまりにも人が死ぬので『死合わせ橋』と陰で呼ばれていたのに、今では縁結びの橋『幸せ橋』と呼ばれている事も。
(もう少し力を出してみるか……!)
そして『橋』は我知らず新たな縁を結ぶ……。
読了ありがとうございます。
こんな逸話がいくつも広がり、『橋』は今後も恋人達の聖地として、告白やプロポーズに使われる事でしょう。
こんな危険な妖、早く退治しなきゃ……(使命感)。
もし「これホラーにしたらあかんやろ!」と思われた方はご指摘お願いします。