89:メルクリオの訪問・後編
本日の1/4です。
■メルクリオ・エクスマギア 導珠族 男
■72歳 クラン【魔導の宝珠】 クランマスター
僕の母は側妃だった。そして同時に魔導研究所の所長でもあった。
魔導王国における魔導研究の第一人者。
頭脳と美貌、人柄を賞され若くして所長の座についた天才であったと聞く。
父である国王はそんな母を側妃としたわけだ。
王妃でないからこそ研究所所長の座に就いていられたのだろう。
僕も母としての記憶より、研究所に居座っている記憶の方が多いくらいだ。
とは言えそこには確かに愛情があった。
研究と子育ての両立はしていたように思う。
今から五年前の事だ。
研究所の職員であった錬金術師――ヴェリオという男が禁忌の研究に手を出した事で捕らえられる事態になった。
が、結局は捕らえられなかった。
ヤツは衛兵や研究所の職員を次々に殺し、研究道具や資料、魔道具などを奪って逃げ去った。
その時に殺された研究員の中には所長だった僕の母もいたのさ。
「ちょっと待ってくれ。一緒に話しを聞かせたいヤツが居る。呼んでいいか?」
「? セイヤの身内であれば問題ないが……あまり大勢に聞かせたくない話しではある」
「大丈夫、当事者だから。エメリー、呼んで来てくれ」
「かしこまりました」
当事者? と疑問を持ちつつ、少し待つ。
この屋敷に居るのならば皆セイヤの奴隷だろう。
ならばセイヤにさえ口止めをお願いすれば事足りる。
そうして「失礼します」と入ってきたメイドを見て、僕は言葉を失った。
「メルクリオ殿下!?」
「ウェ、ウェルシア嬢かい? セイヤ、これは……!」
「メルクリオはウェルシアの事情をどれくらい掴んでいるんだ?」
ベルトチーネ男爵家の事はもちろん知っているし、同年代であるウェルシア嬢も何度もパーティーの席などで会っている。
男爵は母の部下でもあったし、優秀な研究員でもあったそうだ。
そして男爵家そのものが【天庸】によって潰された事も……。
ウェルシア嬢はミーティア様の隣に座り、ここまでの経緯を聞いていた。
そして彼女がなぜセイヤのメイドとなっているのかを聞く。
僕は頭を抱えるしかなかった。
「なんと……ウェルシア嬢が保護されたとは聞いていたが、まさか転々とたらい回しにされたあげくに奴隷として売られたとは……」
「ご主人様に拾われたのは幸運でしたわ。女神様の御加護かと存じます」
「君を売った子爵家については僕の方から国に報告しておく。保護と言っておきながら守れなかった国の落ち度だ。本当に申し訳ないことをした」
「頭を下げないで下さい殿下。殿下が悪いわけではありません。そして、元凶は【天庸】なのですから」
彼女は【天庸】への復讐を諦めていない。
そして樹界国で実際に【天庸】と相対したセイヤに偶然にも買われた。
セイヤが彼女の思いを汲んだ形だ。
実際の仇であるボルボラはすでにセイヤによって殺された。
しかし【天庸】……いや元凶のヴェリオは未だ暗躍を続けている。
セイヤは機会があればウェルシア嬢の復讐を手伝うつもりのようだ。
これは僕にとって渡りに船だった。
「僕は【天庸】を探り、潰すつもりで動いてきた。セイヤたちも同じであれば共闘できると考えていいかな」
「だな。と言ってもこちらは情報も何もないから基本的に俺とミーティアを狙って来るのを待つしか出来ない。メルクリオは探っていたのならば情報を持っているのか?」
「ああ、この際僕の知っている情報は全て伝えておこう」
まずはヴェリオという男についてだ。
公にはなっていないが、この男が捕らえられる原因となった禁忌の研究とは、いわゆる『人体改造』だ。
ヤツは人の身体を道具に見立て、魔法を加えたり、魔道具を組み込んだり、魔物素材を融合させたりといった事を裏で研究していた。
死刑囚や独自で捕らえた強者などを使ってな。
「だから岩人族が魔法使えたりしてたのか。魔道具でも埋め込まれていたのか? 陛下に渡した遺体が樹界国にあるのか魔導王国に送られたかが分からんが」
「魔導王国に送られているとすれば、調べた後に僕に報告がくるだろう。何にせよ【天庸】の一人を倒した事は大きい。ヴェリオの研究の一部が解明されるのも時間の問題だ」
「私と戦った第九席の彼女……腕の鱗はもしかしたら本当に竜人族の鱗を移植されたのかもしれませんね」
「魔物の竜鱗かもしれないがな。身体能力も上がっていたのは別の要因か?」
今まで捕らえられなかった【天庸】の一員。
遺体とは言え、それを確保出来ればヴェリオが【天庸】の連中に施した禁忌の内容が分かるはずだ。
本当にセイヤはとんでもない事をやってくれた。
そして話しは【天庸】のメンバーへと移る。
ヴェリオは研究所を逃げる際に、死刑囚、犯罪者、研究素体などを連れだした。
だから名前や容姿の分かっている者もいる。
そして今まで魔導王国で行ってきた【天庸】の犯行の目撃情報などから、名前は分からずとも容姿だけ判明している者もいる。
「警戒すべきはまず、研究所で捕らえていた魔族だ」
「魔族!?」
「ああ、妖魔族が捕らえられ研究対象となっていた。ヴェリオが連れて逃げ出したからおそらく【天庸】の一員となっているだろう」
これもまた公に出来ない理由の一つだ。
いくら人類の宿敵とは言え、捕らえて研究材料とするなど大声で言えるものではない。
ましてやそれを逃がしたなどと。
「それから名前の判明している【天庸】のメンバーではガーブという獅人族が剣の達人として有名だ。それと死刑囚だったボルボラ、これはセイヤが倒したな。それと犯罪者ではラセツという鬼人族、名前の分かっていない者では人蛇族の女と、ミーティア様と対峙したという樹人族の女が……」
「ちょっと待て、ラセツだと!?」
「知っているのか、セイヤ」
「エメリー、すぐにイブキを呼べ」
「かしこまりました」
イブキとは確か鬼人族のメイドだったか。
ラセツに反応したという事は関係者か?
その後、走るように応接室へとやってきた彼女は、軽く挨拶をした後に座る。
「イブキ、ラセツが【天庸】の一員らしい。元魔導王国の犯罪者だそうだ」
「なっ! そ、それは本当ですか!?」
「ああ、こちらの情報だと背丈があり褐色肌で紺髪の男。筋肉質な大剣使いだ」
「た、確かに私の知るラセツと同じです……」
聞けば鬼人族の集落で彼女の角を折ったのがラセツらしい。
ここにも【天庸】との因縁が……。
やはりセイヤは僕と共に【天庸】と戦う運命にあるのかもしれない。
いや、僕がセイヤに出会えたのも『女神の加護』によるものなのか……?
「メルクリオ、そのラセツともう一人、鳥人族の男がカオテッドにいたらしい」
「なにっ! 本当か!」
「はい、十日ほど前に私が北西区で見ました。間違いありません」
となれば、やはり【天庸】はカオテッドに入り込んでいる。
狙いは迷宮資源か? それとも……。
ヤツらが動き出すとなれば行動は派手なはずだ。
それがいつ、どのように動き出すか……。
指名手配のラセツが闊歩している状況であれば、もはや時間的猶予はないのかもしれない。
何にせよすぐ近くに標的が居ると、いつ動き出してもおかしくはないと思っておいたほうが良い。
「セイヤ、僕は改めて【天庸】の情報を洗い直す。カオテッドの警戒も含めて見直してみるよ」
「何かしら情報が入ったら連絡をくれると助かる」
「ああ、そしていざ戦うという時は……」
「当てにしてくれて構わない。優先して対応する」
「助かるよ」
すでにセイヤの実力が規格外だと言うことは分かっている。
ずっと捕らえられなかったボルボラを倒した事でそれは証明された。
悔しいが、僕よりも個人戦闘力では上だろう。
いや、【黒屋敷】全体を考えても【魔導の宝珠】より上。
下手すれば国の騎士団全てにも匹敵しかねない。
そのセイヤとこうして友誼を結べたのは僥倖だ。
数々の因縁が、ここで集結したようにも感じる。
やはりセイヤを頼って正解だった。ここへ来るという決断をして良かったと思う。
僕は改めてセイヤと握手を交わし、彼らのホームを後にした。
帰りがけ、お土産にとたくさんの白パンと『ぷりん』というデザートを貰った。
それを食べた時の感動と言ったらない。
【天庸】に辛酸をなめさせられ続けた日々、そして今日セイヤの屋敷で聞き取った様々な衝撃が全て吹き飛ぶような感動。
思わず不倶戴天の敵の存在を忘れそうになるほどだ。
やはり行って正解だった。
僕は空になったカップを見つめてそう思ったのだ。
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