30:買っちゃおうかな、家
■フーリンデ 樹人族 女
■265歳 迷宮組合カオテッド本部内 住宅組合 担当員
カオテッドの街はたった十年で異例の繁栄を見せています。
迷宮の入口しかなかった真っ新な大地に次々と建物が建ち、区画整備され、各国から人が大挙して押し寄せました。
大迷宮からの魔石を中心とした資源を求め、周囲の四か国が我先にと整備した結果です。
急激な好景気は物価の上昇を招きましたが、それぞれの区画で国単位の物価があり、それをカオテッドという一つの街で競い合うことでむしろ平均的に落ち着いた感があります。
もともと樹界国からの輸入で高価だった木材がここでは安く手に入ったり、鉱王国の石材が多く手に入ったりと、四か国合同の街だからこその利点が十年経ってよく見られるようになりました。
しかし土地や住宅はそうはいきません。
大都市特有の問題ではありますが、敷地面積が限られている状態でこうも繁栄すると人が住める場所も限られてくるのです。
最近では集合住宅の形式も増え、三階建てや四階建ての建築物もちらほら見かけるようになりました。
そこを個人やパーティーで借り入れる組合員も多いのです。
ここ、迷宮組合内に設けられた住宅組合では主に組合員の方々に対する住居の提供を行っています。
やはり迷宮を中心とした街ですから他方から来る組合員の方々が非常に多いのです。
宿ではなく腰を落ち着けて迷宮に挑む、という人もかなりいます。
とは言えここは中央区、国の統治が関与しない自治領のような扱いです。
面積は他区画の三分の一程度ですし、他区画へのアクセスもしやすい。
おまけに迷宮の入口がある事で当然、組合員が一番賑わう場所。
中央区の住宅というのは他区画よりかなり高いと言わざるを得ません。
他区画が平民向け、中央区が貴族向けのようなものです。
中央区は自治領扱いですから、他の大都市にありがちな貴族の別邸のようなものはありません。
貴族別邸は主に娯楽や見栄が目的ですからそういったものは禁止されています。
ただ組合員やそれに付随した商売を貴族が行っているとなれば話しは変わります。
それは迷宮組合が管理する中央区の統治に沿うものですから。
そういった抜け道はいくらでもあるので、結局は中央区のお高い住宅を貴族に買われるケースは多いという事です。
つまりは中央区の住宅を買う人は、貴族関係か、お金を持っている有名クラン、商人の店舗兼住居、大商人の邸宅などに限られるのです。
Aランクのパーティーでさえ中央区ならば一戸建てではなく集合住宅が関の山。
ましてや基人族が中央区に住むなどと……
「おお、意外と建売があるんだな。もっと少ないかと思ってた」
掲示されている物件を選んでいます。真っ黒な基人族が。
組合員になっている事も驚きですし、そもそも保護区を出てここに居る事自体が驚きです。
おまけに付き従っているメイドさんたち……
……ん?
「ミ、ミーティア様!?」
「ん? ミーティア、知り合いか?」
「いえ、存じ上げませんが……」
浅黒い肌で銀髪、メイド服なので分かりませんでしたが、そのお顔は確かにミーティア様でした。
私は即座に近づき、膝をつきます。
「フーリンデと申します。二〇年前まで王都にいましたので、その際に拝顔する機会がありました。まさかこんな所でお会いできるとは……」
「傅く必要はありません。御覧の通り、私は『日陰の樹人』。国を追放された今は『神樹の巫女』でもありません」
お姿を見て罪人の呪いを受けたとは思いました。
なぜミーティア様ともあろう御方が罪人などと……そう思ったのです。
詳しくはお聞きすることが出来ませんでした。
しかし政変により王位継承が行われたのは知っています。
合わせて大司教様が交代された事も。
おそらくその流れで何かあったのでしょう。
私には推測する事しかできませんが、誰より民を愛し、誰より巫女として励んでいらっしゃったミーティア様が『日陰の樹人』となり追放されたと聞いて、私は悲しい気持ちになったのです。
しかしミーティア様はそんな私を元気づけて下さいました。
肩に手をかけて下さり「そんな顔しないで下さい」と。
そして左手に刻まれた奴隷紋を笑顔で見せてくれたのです。
「今は『女神の使徒』であるご主人様と共に組合員となっています。『神樹の巫女』ではなく一人の組合員として扱って下さい」
「なっ! め、『女神の使徒』……様!?」
私は目を見開き基人族の男性を見ました。
彼は小声でミーティア様に「それやめてくれ」と言って、ミーティア様は笑っていらっしゃいます。
その光景は単なる『主人と奴隷』ではありえない。
奴隷紋は刻まれても何か別の深いつながりがあるのだと感じました。
「私は今も【樹神ユグド】様にお祈りをしていますが、加えて【創世の女神ウェヌサリーゼ】様にもお祈りしています。罪人となった事で女神様から出会いとご加護を頂いた。これはその証なのです」
左手の奴隷紋を愛おし気に撫でるミーティア様に『巫女』としての慈愛を感じました。
やはりこの御方は国を離れても『巫女』なのだと、そう思い知らされました。
なんと素晴らしい御方なのだろう。
そしてミーティア様が付き従う『女神の使徒』。
この御方をただの基人族だと、私はすでに見れなくなっていました。
改めて席にご案内し、物件を提示します。
ミーティア様と『女神の使徒』様がお住まいになられる家……。
しかし中央区で一戸建てとなると値段が……。
ただの住居組合員である私には荷が重いです。
とは言えミーティア様の御期待に沿えるよう精いっぱいやらざるを得ません。
「七人だからこのくらいの大きさか? あ、フロロも一緒に住むでいいのか?」
「当然。主人と住まん奴隷がどこにおる。我の住んでいるところは引き払うぞ」
えっ、フロロさんも一緒に!? しかも奴隷に!?
組合専属の有名占い師を奴隷にだなんて……やはりこの御方は只者ではない。
「お前たちも何かリクエストあったら言っておけよ。これから住むことになるんだから、ちゃんと意見を言うように」
「私は緑ある庭が欲しいです」
「我も庭は欲しいのう。大地から離れるわけにはいかん」
ミーティア様とフロロさんがそう仰います。
つまりは庭付き一戸建て。もうこの時点でかなり高額になります。
「わ、私はお料理してみたいですっ!」
「……警備しやすいところがいい」
白い狼人族の方はキッチン。
闇朧族の方は安全性……柵ではなく塀と門が必要でしょうか。
隣に大きな建物がないほうが安全かもしれません。
「私はご主人様が選んだものでいいが、先ほど示した物件だと狭すぎると思う」
「そうか? 七人だったら十分広いだろ」
「ご主人様、これまでの行動を考えて下さい。確実にもっと増えます。部屋はすぐに足りなくなるでしょう」
「いやいや、確かにハイペースで増えてるけどこれまでがたまたまって可能性も……」
「ありえません。最低でも二〇人は住めるような所でないと、いや、それでもすぐに埋まるかもしれません」
「ああ、確かに家を管理しつつ探索を進めるならばそれくらいは必要だな」
「え、いや、ちょっと待ってくれ」
多肢族の方と鬼人族の方が使徒様に忠言しています。
一番近しい方々なのでしょうか。
やはり『主人と奴隷』には見えません。
私としては皆さんの意見を出来る限り考慮した物件を紹介するしかないのですが、そうなると庭付き一戸建ての豪邸で、安全性もある程度見込めるもの……と、なりますけど……え、なんですか使徒様。大きな風呂は絶対条件? そうなるとまた限られて……。
「こちらの物件くらいでしょうか……しかし……」
目玉が飛び出る値段です。
さすがにこれだと貴族でさえやたらに手を出せない物件になってしまいます。
いかにミーティア様と使徒様と言えども……
「あー、あるんだ。うーん、実際に見に行くことできます?」
「もちろんです。ご案内します」
買えはしないでしょうが、目安にでもして頂ければ幸いです。
あとはグレードを落とすなり、他区画で探すなりして頂ければと。
一階に下りると組合員で混みあうホールがなぜか妙な空気になっていました。
怯える人、逃げる人、遠目で怒る人、「フロロさん、行かないでくれー!」と叫ぶ人。
なんとも言えない雰囲気の中、私たちは外へと出ます。
組合の前には東西に大通りが走り、どちらもしばらく進むと二股に分かれます。
それぞれの道が四つの区画へと続いています。
私は大通りを少し東に歩いてから、北側に続く通りに入っていきます。
さすがに大通りほど賑やかではないですが、馬車が通れるほどの広さはあります。
目的地は中央区の中でも北側にある住宅街。
中央区では珍しい立派な一戸建てが並ぶ、お金持ちしか住めない住宅地です。
ここだけ見れば王都の貴族区と変わりません。
個々の敷地は石壁で区切られ、庭には植樹した木と芝生、家によっては馬車用の厩舎もついています。
その中でも一際大きな邸宅。
通りの突き当りにある領主様が住むような豪邸に着きました。
「えー……二〇人以上が住めて、周りの家と干渉せず、庭が広いとなるとここくらいでして……」
紹介するのも馬鹿げているような物件です。
少々気まずくなって案内するのも億劫になりました。
「うわぁ!」「すごいですね」「ほうほう」「ん……いい塀……」「ご主人様にふさわしいですね」
しかし盛り上がるメイドさんたち。ミーティア様含む。
それを見た主人―――使徒様は開口一番、こう言ったのです。
「うん、買おう」と。
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