02:四腕のメイド
■エメリー 多肢族(四腕二足) 女
■18歳 奴隷
私たち多肢族というのはその名の通り、手足を多く持つ種族です。
私は四腕二足ですが、族長ともなれば六腕四足ですし、多少の戦闘能力も持つほどです。
逆を言えば多肢族は基本的に戦闘能力を有しません。
その代わりと言うべきか、他の種族に比べ高い器用さ、生産能力を持ち、それは集落の特産にもなりますし、他街・他国へ行っても生産職として優遇される事の多い種族であると思います。
だからこそでしょうか、そんな私たちの集落が山賊に狙われたのは。
戦闘力はなく金はある、そう思われたのかもしれません。
私がメイドとして働く族長宅でその報せを受けた時、すでに集落の家々は炎に包まれ始めていました。
逃げ惑う人々。そうはさせじと集落の出入り口を封鎖し、次々に殺していく山賊。
私はただ震えることしか出来ませんでした。
「エメリー、早く逃げろ! 私も族長を助けて追いかける!」
護衛として雇われていた傭兵、鬼人族のイブキにそう言われ、私は逃げました。
しかし、人数も多く、計画を用意周到に準備していた山賊たちから逃げることなど無理です。
せめて私にイブキくらい戦える力があれば、そう思わずにはいられませんでした。
捕まったのは私とイブキの二人だけ。
他は皆殺されたのです。
だからこそ私は自分の無力を呪ったのです。戦えない多肢族として産まれたこの身を。
なぜ私とイブキだけが捕らえられたのか、なぜ山賊の集団に穢されることがなかったのか。
その答えは山賊の元から奴隷として売られた先にありました。
「ふむ、多肢族と鬼人族か。見目はまぁまぁだな。確かに処女なのだろうな」
私たちを買いとる貴族らしき蛙人族の男がギョロリとした目で見ながら検分します。
晴れない悔しさと悲しさを塗りつぶすような嫌悪感。
この蛙が私の主人となり穢されるのか、そう思うと枯れたはずの涙がまた流れそうになります。
しかし、その予想は外れました。
蛙人族は私たちを肉欲の為に買い取ったわけではない。
むしろ蛙人族の性処理の道具であった方がマシだったのかもしれない。そう思うほどの事態に陥っていたのです。
蛙人族に連れられて来たのは、山中にある彼の隠し施設のような建物でした。
周りは深い森に囲まれ、その中にポツンとある石造りの怪しげな建屋。
ごく少数の護衛と共に入るその施設にも、僅かな衛兵しか駐在していないようでした。
地下へと下りる前に護衛すらも置いて行きます。
階段をゆっくりと下りるのは蛙人族と私とイブキだけ。
どこに連れていかれるのか、声は出せずに私はイブキと目を向かい合わせます。
そうして下りた先の部屋は広い石畳の空間。
床には大きく複雑な魔法陣が描かれ、魔法使いなのか呪術師なのか、薄暗いフードをかぶった多眼族の男が傍らにいました。
「首尾はどうだ」
「ヒヒヒッ、すでに準備は万端でございますとも。そちらが生贄で?」
「うむ、これならば悪魔が出ようが竜が出ようが問題ないだろう」
「二体ともで?」
「味の好みがあるかも分からんからな」
私とイブキはそこで初めて自分たちの買われた意味を知ったのです。
なぜ集落が襲われたのか、なぜ私たちだけが生き残ったのか、なぜ処女のまま買われたのか。
全ては何か良からぬモノを召喚する為。禁忌の所業。
悪魔などは召喚の代償として処女の血肉を欲すると聞いたことがあります。
私たちは召喚された悪魔か何かに喰われる。その為にここに居るのだと。
奴隷の刻印により暴れることも感情を発露させる事もままならず、私は様々な感情に溢れていました。
悲しみ、絶望、怒り、自分でもよく分からないものです。
何も出来ないまま大人しく死ぬだけの運命に身を委ねるしか出来ない。
そんな自分が悔しくて、悲しくて、心が壊れなかったのは奴隷の刻印により感情を制御されていたせいなのでしょう。
私やイブキの事などどうでも良いとばかりに多眼族の男が召喚の儀式を始めます。
蛙人族の男はそれを部屋の隅で楽しそうに眺めていました。
「ククク、これで強力な手駒が手に入る。そうなれば議会の掌握……いや、国王の座も夢ではない! 実に喜ばしい! これが我が理想の未来への第一歩なのだ! カーッハッハッハ!」
この男は自らの権力を強くする為、ただそれだけの為にこんな真似を。
集落を襲い、皆を殺し、禁術の召喚を行い、私たちを喰わせる。
力を欲する為に。どうでもいい理由のせいで……。
そんな思いを余所に多眼族の男の儀式は進んでいます。
自らの魔力を召喚魔法陣へと流し込み、その最終工程とばかりに魔法陣が輝き始めました。
「いよいよだ! さあ出てこい!」
蛙人族の男が大仰に手を広げ、声を張り上げます。
多眼族の男は大量の魔力を失った影響なのか、膝をついたまま意識が朧になっている様子でした。
そして魔法陣から放たれた黒い光は魔法陣だけでなく地下室全体を包みます。
衝撃があるわけでもないのに感じる圧迫感。
生暖かいのに寒気を感じる異常な光に思わず目を閉じました。
やがて瞼の外で事態が落ち着いたのを感じると、ゆっくりと目を開きます。
そこに居るのは悪魔か竜か、それを恐ろしく感じながら。
しかし、魔法陣の中央に立って居たのは―――
「ヒュ……基人族だと……?」
「なっ……ばかなっ!」
黒い髪と黒い瞳、黒い服を身に纏った基人族の男性だったのです。
言うまでもなく基人族など、それこそ多肢族以上に戦えない種族。
悪魔や竜など″力″を持つ存在を召喚したかったはずの男たちにすれば、一番遠い存在と言えるでしょう。
「き、貴様あああっ! 何を召喚しておる! 基人族だと!? 高い金を払い、貴重な素材を使い、時間と魔力を掛けて召喚したのが基人族だと!? ふざけるな!!!」
「こ、こんなはずでは! こんなはずはありません! 間違っても基人族が召喚されるなど―――」
「ええい、見苦しいわっ!!!」
蛙人族の男が多眼族の男を斬り捨てました。
技量もないただ振るっただけの貴族の剣です。
それでも魔力の尽きていた多眼族の男の命を奪うのには十分でした。
どうなってしまうのか、とりあえず悪魔に喰われる事はなくなったとは言え安心などできません。
激高している蛙人族の男が怒り任せに私たちに斬りかかってもおかしくはないのですから。
そうして蛙人族の男は次に召喚した基人族の男に剣を向けました。
「くそっ! 基人族ごときが! お前なんぞ要らんわああ!!!」
―――ズバッ
「なっ……なぜ召喚者が……攻撃を……!」
はたして斬りおとされたのは蛙人族の男の首でした。
召喚された男性が佩いていた細身の剣、それをすれ違い様に振りぬいたのです。
私にはそれが非常に速く、非常に鋭く感じました。
まるで流れるような美しい所作。
断ち切ったのは、蛙人族の男の首だけではなく、私たちの奴隷契約もです。
主不在となり無効化された契約魔法。その解放が実感できました。
しかし奴隷紋自体は消えません。
誰かが紋を通して契約すれば、直ちに私たちは縛られることでしょう。
生涯誰かの奴隷となるのは変えられない。
しかし今は解放された現状を喜びたい。
私はイブキと抱き合い、共に涙を流しました。
今までの苦しみを、悲しみを、悔しさを嬉しさで洗い流す為に。
そのすぐ隣では召喚された基人族の男性が呟きます。
「……ひどいチュートリアルだな」
私にはその言葉の意味が分かりませんでした。
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