10:忌み子の白狼
■サリュ 狼人族 女
■15歳 アルビノ
狼人族という種族は獣系の種族の中でも戦闘向きだと言われています。
力があり、速さがあり、連携を得意とする。
いわゆる近接戦闘を旨とし、幼い頃から剣などの扱いを仕込まれます。
私はそんな集落の中にあって「忌み子」と呼ばれています。
『白き狼人族は厄災をもたらす』
集落に昔から伝わるものです。
何度、村長である祖父から言われたか分かりません。
狼人族は近接戦闘が得意なはずのに、私は魔法しか使えません。
逆に強化魔法以外を使う狼人族は居ない為、余計に「異物」として見られます。
忌み子の白狼は戦えず、魔法を使って厄災を招くと。
この年齢まで村に居られたのは、父親が村長の子供だというそれだけの理由です。
祖父は私を捨てたかったらしいですが、両親が食い止めてくれていました。
村の中で、私を守ってくれたのは両親だけでした。
しかしその両親も先日、魔物に殺されたのです。
少し村の外に出た時、普段は現れないオークの群れに襲われました。
父は一人で立ち向かい、私と母を村に逃がそうとしました。
母は村の手前で、飛んで来た槍に貫かれ死にました。
生き残ったのは私だけです。
当然のように私が責められました。
「お前がいたから襲われた」「お前が代わりに死ねば良かった」「お前が殺したんだ」「お前はやはり忌み子だ」「居るだけで厄災を呼び寄せる」
祖父だけでなく村中から言われました。
私は泣くことしか出来ませんでした。
唯一味方だった両親を目の前で失った悲しみ。
何も出来なかった自分への悔しさ。
責め立てて来る祖父や集落の人たち。
どれも辛くて、ただ泣いていました。
「お前は次に来る行商人に奴隷として売り払う! もうこの村に置いておくわけにはいかん! 今まで世話してやった恩を忘れるな! 逃げるんじゃないぞ!」
祖父からそう一方的に言われました。
それでも私は泣く事しかできませんでした。
奴隷となる。それでこの村から離れられるのならばそれでも良いのかもしれない、そう思いました。
しかし、その翌日のことです。
村にオークの群れが襲ってきました。
方向的に私の両親を殺したオークたちと同じ群れだと思います。
その群れを制していたのはオークキング。
どこから集めたのか百体近くのオークを引き連れて、村を襲撃してきたのです。
いつもならこれも私のせいにされるでしょう。
忌み子が呼び寄せた厄災だと。
しかしそんな事も出来ないまま、人々は慌ただしくしていました。
いくら戦闘適性のある狼人族と言えども百体のオークは倒せません。
ましてやオークキングに敵う者など村にはいません。
男衆は壁際で食い止め、戦えない女衆などは逃げ惑っていました。
私はそれを鍵を掛けられた小屋の窓から見つめるだけでした。
逃げられないように閉じ込められていたのです。
何かが叩きつけられる音、同族の悲鳴、そういったものを耳を塞ぎながら蹲ることしかできません。
どれほど経ったでしょうか。
男衆の断末魔、連れ去られたであろう女衆の悲鳴、その声がなくなりました。
代わりにオークたちの声が大きく聞こえるのみになりました。
ただ騒いでいる声ではありません。
それこそ断末魔のような叫びが次々に聞こえるのです。
狼人族はもう全滅したはず。
なのに、誰かがオークを倒している?
様子を知りたいけれど、怖くて窓に近づけません。小屋の隅で蹲るだけです。
「ブルルルオオオオオ!!!!」
一際大きい断末魔―――おそらくオークキングが倒された声でしょう。
一体何が起こったのか。
私はついに窓に近づき、その目で見たのです。
オークキングの巨躯から細身の剣を抜く男の姿。
髪も瞳も服も剣も、全てが黒い―――基人族の男性でした。
見たのは初めてですが基人族が戦えない種族だという事は知っています。
だからこそ目を奪われたのです。
狼人族の誰もが倒せなかったオークキングを倒した基人族の男性に。
戦闘が終わった男性に近づいてきたのは武器を持った二人のメイドさん。
多肢族と鬼人族の女性です。
鬼人族はともかく多肢族も戦えない種族だったはずです。
しかし様子を見るに、基人族の男性と共にオークと戦っていたのでしょう。
私は今まで戦えない自分の事を諦めていました。
魔法しか使えない白い狼人族。
集落で一番弱い忌み子。
私は彼らの姿に打ちのめされた気がしたのです。
戦えないと諦めていただけではないのか。
戦う術を持っていれば両親を救えたのではないか。
村中から虐げられることもなかったのではないか。
そうしてまた涙が流れるのです。
「オークは倒した! 誰か生き残りはいないか!」
その言葉に私は窓から声を出しました。泣き声で、ここに居ますと。
小屋の鍵を開けられ、外へと出してくれたのは基人族の男性でした。
「もう大丈夫だ」
そう言ってくれた彼は真っ黒なのにとても暖かく、基人族なのに頼りがいを感じました。
どうやら私以外に生き残りは居ないようです。
連れ去られた女衆がいたはずですが、それがどこに行ったのか、本当に連れ去られたのかさえ分かりません。
「じゃあ村の人たちを集めて墓をつくるか」
「……墓……ですか」
「どうした? 狼人族は供養とかしないのか?」
私は彼にこれまでの境遇を吐露してしまいました。
虐げられていた事、両親を亡くしたこと、自分が厄災を呼ぶ忌み子だという事。
正直、私は村のみんなが好きではありませんでした。
彼らが死んで尚、墓を作って埋葬してあげようとは思えなかったのです。
そんな自分の非情さをも吐露しました。
「そうか」
彼は一言、そう言うと泣いて俯く私の頭をなでます。
それは両親以外では初めての温かみでした。
そして彼は続けます。
「俺の生まれたところでは白狼ってのは忌み子どころか″神の使い″って言われてた。神聖な存在だってな」
だからお前は悪くない。彼はそう言って私が泣き止むまで頭を撫で続けてくれました。
メイドさんのお二人も私を慰めてくれました。
聞けば彼女たちも似たような境遇だったと言うことです。
そして主人である彼に助けられたと。
「サリュ、あなたはこれからどうするのですか?」
エメリーさんと仰る多肢族のメイドさんにそう聞かれました。
私は奴隷として売られるはずだった。
村が全滅しそれも消えた。
しかしどこへ行き、何をすればいいのか私には全く分かりません。
「ではあなたも私たちと一緒にご主人様の奴隷になってみませんか?」
「そうだな、私も賛成する」
「えっ、ちょっ」
お二人の提案は、彼の奴隷となる事。
本来嘆くはずのその提案は、私にとってなぜか光明に思えました。
閉じたはずの未来が拓けた気がしたのです。
当のご主人様はなぜか当惑されていた様子でしたが。
それから話し合いを行い、私はご主人様の奴隷兼侍女とさせて頂くことになりました。
ろくに戦えない事を不安に思いましたが、御三方曰く、それは問題ないそうです。
私を戦えるように特訓して下さるのでしょうか。
それは私も望む事、嬉しいお話しでした。
「じゃあサリュ、本当にこの村に未練はないんだな? 悔いはないな?」
「はい」
「分かった」
私たちは死んだ村民を一まとめに土に埋め、火を放ちました。
死体のまま放置すれば魔物を呼び寄せるので、墓を作らずに焼却しようとなったのです。
それから村中の家を周り、金銭や食料などをかき集めました。
それを全てご主人様のマジックバッグ―――後から特殊なスキルと聞きました―――に入れました。
オークの死体も全て入れているそうです。
私はこれを盗賊だとか、火事場泥棒だと言うつもりはありません。
食料を放置しておけば腐るだけですし、金銭を残していけば近くの街か領主様にとられるだけです。
ならばオークを倒したご主人様が貰うべきだと思います。
こうして何もなくなった村から、私は旅立ちました。
新たな家族となる御三方と一緒に。
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