序章
ベッドに横たわっていた。天井は屋根組みが剥き出し、木造の小屋だろうか。
― 医局にいたはずなのにここはどこだ?
広瀬浩二47歳独身、医師、だった。専門は救急集中治療。救急車で次々にやってくる患者を診察し、診断をつけ専門家に振る、もしくは重症患者であれば自分で受け持って治療する、そんな稼業だ。ここ数日は重症肺炎の高齢女性の人工呼吸管理でICUに詰めており、医局で休憩中・・・だったはずなのだが・・・
ベットから身を起こす。約10メートル四方の部屋、ベッドとテーブル、小物が置いてある棚、木板の床、囲炉裏、その先に土間があり古風なキッチンが見て取れる。壁には動物の毛皮。猪・鹿だろうか吊してある。他にも弓と矢筒が吊され、床に鳥の羽、細い枝、弓矢、小さなナイフが雑多に置かれている。壁には突上窓が2カ所あり、柔らかい光が差し込んでいる。
「狩猟小屋?」
自分の手や体を見やる。見慣れた体だがかなり引き締まっている、若い頃の体だ。手はゴツゴツとし上下肢・体幹には多くの傷跡。薄汚れた貫頭衣にゴワゴワのパンツを着用している。
― ははっ、なにこれ・・・でもこの現実感・存在感、夢じゃ無いなぁ。
幼少から生粋のオタク、結婚もせず仕事とサブカル趣味と酒のみに生きてきた。
― 死んだのかね。
仕事柄40歳台で心筋梗塞や脳梗塞・脳出血で急変し、あっという間に亡くなる人を多く診てきた。あれだけストレスフルな環境、加えて暴飲暴食、常に睡眠不足とあっちゃ
― まぁ、当然か・・・そら死ぬわな・・・
ふと笑いが出る。
なんとなく予感していた。いや、夢想していた。息抜きに読んだ数多くのラノベ。異世界転生しどう生きようか自分に重ねていた。それが現実になったのかもしれない。
― まずは状況の把握からだな。
ベッドを降り小屋の中を歩き観察する。
簡素な作り、狩猟を生業としている者が住むための小屋として良さそうだ
自らの顔は見えないが体型体格は若い頃の自分自身のものだ。手の大きさ、指の長さや形も一緒。至る所に傷だけが増えている。
― 異世界転生とするなら・・・若かりし頃の俺に似た猟師の某かに、俺の記憶だけ飛んできたと。
台所に降り水瓶をのぞき込む。
― あーこれ、学生時代の俺だ。
大分昔の俺がいた。日に焼けて精悍な印象。
― よし、異世界転生って事にしとこう。違うかもしらんが細かいことはいい。
土間キッチン横のドアから外に出る。巨大な広葉樹の陰に小屋は建っていた。血の跡が残る作業台に鉈と包丁。木の枝には獲物を吊すハンガーが設置されている。この世界の俺は間違いなく猟師であったらしい。
― 刃物作成が可能な文化レベル。しかもそれを物々交換やその他の方法で手に入れることが可能。書物や紙、筆記用具は無かったな。読み書きは出来ない人物って事だ。
― 中世ぐらいのイメージで良さそうだ。
ひとまず自分を納得させることは出来た。
さて、中身はどっぷり現代人の俺、これから先どうやって生きていくか。
住居と衣服は既にある。水は水瓶にあるぐらいだから近くに水場はあるのだろう。後は食べ物の確保だが備蓄食料はなさそうだった。
― 俺弓なんて使えないよ・・・そもそも獲物がどこにいるかも分からんし、川でも探して魚捕まえる?
〜 これから俺ことコージの試行錯誤が始まります。