始まりは夜-1
「おはようございます。マスター」
ゴミや脱ぎ散らかした服があちこちに散らばっている乱雑したこの室内に似合わないかわいい女の子が、ちょこりと頭を垂れてにこりと笑う。
「………はい?」
にこにことひまわりみたいな笑みの女の子の前で、俺は間抜けな返事と共に頬をヒクつかせた。
俺の名前は太宰清勝。
苗字が何やら色男の文豪と同じってだけで過度な期待の眼差しを向けられるけど、すぐさま落胆の色に変わるのはもう見飽きた。
それぐらい、俺は容姿も頭もアニメやゲーム、漫画の中に溢れてるモブみたいに平々凡々な一男子でしかない。
「今日もありがと。気をつけてお帰りよ」
バイト後、買い込んだ食材の会計を社長にお願いした後一礼をしてスーパーの駐車場へ。
駐車場には俺の愛車、スーパーキヨカツ・マークIIが街灯の明かりの中誇らし気に俺を待っている。
「お待たせ。さ、帰ろっか」
軽くサドルを撫でてやった後、俺は軽やかにスーパー…うん、スパキヨマークIIに跨って発進させる。
大分暑さも控えめになって過ごし易くなりつつある9月上旬。
『一緒に来ないあんたの主張は受け入れましょう。だけど…先立つモノを出すのが私達なのは、理解してるわよね?』
そう言って俺に二択を突き付けた両親は今は遠い空の下。
高校に入って数ヶ月。
友達を作るのが昔から何よりも苦手だった俺が、親友と呼べる程誰かと仲良くなれたのは奇跡にも近い。
だから研究職に就いてる両親が新たなプロジェクトの関係で遠い海外へ行くと決まった時は猛反発した。
俺は戦いに戦った。
結果、この場所に留まる事を許されたが、仕送りが超シビアという卑怯な深傷をも負わされてしまう。
治療所いわく学校に事情を説明して特別に指定時間外のバイトを許可されたけれど、こちらも条件として成績が下降した際は遠慮なくトドメを刺される事となる。
そうなると、俺は遠い異国の地へとドナドナだ。
大人って卑怯。
「ん?」
人通りの全くない寂しい夜の道。
その切れかかった街灯の下、それはぽつんと置いてあった。
「うわ、古」
丸みを帯びた灰色の四角い箱。
今ではあんまり見なくなった旧式のブラウン管テレビだ。
前画面の部分に貼り付けてある白の紙に、黒字でデカデカと『拾って下さい』ならぬ『買い換えたので2台目にどうぞ!*動きます*』と嫌に綺麗な文字で書いてある。
相手がかわいそうな仔猫ちゃんとかなら即スパキヨM-Ⅱを止めるけど、細型薄型とかが並ぶこのご時世に旧式のブラウン管テレビとか…正直お願いされてもいらない。
むしろこのスマホ全盛期にテレビとか邪魔でしかないじゃないか。
俺は漕ぐ足に更に力を込めてスパキヨM-IIのスピードを上げながらその粗大ゴミの前を通り過ぎようとした。
『おいコラ、今何つった?』
「へ?」
その瞬間、俺の身体はスパキヨM-Ⅱと分離してスローモーションみたいに空中に放り投げられていた。
目が覚めた。
目の前にはいつも朝一番に視界に入る見慣れたクリーム色の天井。
「………あれ?」
記憶にある繋ぎ目と全然違う光景に頭が追いつかない。
確か俺はバイトの帰り道に事故?かなんかにあってしまったんだと思う。
じゃなきゃ、あの記憶と全然繋がらない。
ぶつんと切れた、愛機から空高く放り投げられたあの景色。
(あれ?)
だとしたら、本来なら最初に目に映るのは白い見知らぬ天井になるんじゃないの?
なんで俺はいつもの朝みたいに、自分のベッドで目を覚ましてるんだろう。
「身体は…どこも痛くない」
もそもそと上半身を持ち上げて両手を目の前にかざして動かしてみるけど、痛みとかは何にもない。
そこでやっと俺は1つの結論に辿り着く。
「なーんだ夢か」
ぽりぽりと頭を掻くのと部屋のドアが開くのと同時だった。
「あ、目を覚まされましたか?」
ーーー
「おはようございます。マスター」
ゴミや脱ぎ散らかした服があちこちに散らばっている乱雑したこの室内に似合わないかわいい女の子が、ちょこりと頭を垂れてにこりと笑う。
「………はい?」
にこにことひまわりみたいな笑みの女の子の前で、俺は間抜けな返事と共に頬をヒクつかせた。
のんびりと。