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スレたOLは元鉄拳魔法少女

 ハロー、ハロー。八年前の私。

 ちょうど絶対不幸魔王フィルクスとのガチタイマンしてる頃かな? 大変やろうけど頑張れ。世界を救うためやで。あ、後な、頼むからフィルクスの左フックに対してカウンター仕掛けたらあかんで。


 じゃないと──。


「ものすっごい苦労するで」


 私は薄く雲がかった青空を見上げて、ため息をついた。オイル臭いのは、ここが工場だからだ。小さくもなければ大きくもない、中小企業の一工場。

 かつて、最強の魔法少女として世界平和のために正体を隠して激闘を繰り広げた私は、この工場で平凡なOLとして働いていた。


 瞼を閉じれば思い出す。


 世界が終わるかどうかの瀬戸際、本気で命を賭けたギリギリの戦い。意識が消えかかりそうな中、私は絶対不幸魔王フィルクスが繰り出した左フックに対して、カウンターを仕掛けた。

 それは相手の罠だった。

 攻撃をまともに食らって、身体中が引きちぎられそうになる中、私は最後の力を振り絞って全力の一撃を叩き込んだ。


 結果。


 絶対不幸魔王フィルクスは倒れ、私は八年も昏睡状態に陥ってしまった。

 目が覚めたら世界はすっかり平和になっていて、私はすっかりおいてけぼりをくらったのである。っていうか高校生活も大学生活も失ってしまった。

 部活とか恋愛とか学校生活とか受験とか、そういうアオハルどこいったねん。

 なんて嘆いてられない。

 八年間も時間を戻す魔法なんてないし、魔法少女であることは秘密。別に政府公認で世界を守っていたわけでもない。つまり私はなんの力のない一般市民。

 おろおろしていたら、さすがに見捨てられなかったか、私に力を授けた《光の星》が三ヶ月サポートプログラムを用意してくれて、なんとか色々と知識を得て、無事就職したわけである。


 とはいえ、一流企業に就職なんてできるはずもなく。ここに至る。マジ安月給。


 ついでに暇。年度末とか月末は忙しいけど、それも前もって準備していれば楽勝。まぁ、クソジジイどものセクハラはマジで腹立つし三回に七回くらいは隣町まで殴ってやろうかと思うんだけど。

 とはいえ、ここを辞めたらアテがないので我慢している始末だ。

 人生何があるか本当に分からない。


「それで、いつまで空を見上げているのかな、トモコたん。でゅふふふ」

「……何スか、相変わらずキモイっすよ先輩」

「先輩に向かって酷い言いぐさだなぁ。でもそこがいい。その強気毒舌こそが、愛は拳で語る! 絶対徒手空拳の鉄拳魔法少女、トモコたんだよ。ハァハァ」


 危ない息遣いで隣にやってきたのは、自称重量級ぽっちゃりさんの先輩だ。

 どうやって調べたのか、コイツだけは私の正体を知っている。っていうか本当になんでも知っているので怖い。

 ちなみに私は酸っぱい先輩と心で呼んでいる。


「っていうか酸っぱいっす。ちょっと彼方まで飛んでくれません?」

「まさか《渾身の次元の壁突破バックハンドブロー》が炸裂する!? ってかさ、トモコたん。いくら大人になったっていってもその顔はないと思うよ? 女子力壊滅」

「辟易しすぎて開いた口が塞がらないだけっすから。後、女子力とかどーでもいいんで」


 私は本気で返す。

 なんやねん、ライムって。なんやねん、インストグラフって。インスト映えとかキラキラやんけ。無理! 無理すぎる!! っていうかマクシィどこいったねん!

 そもそも女子力を磨きあげる時期は昏睡状態だったのである。期待しないでもらいたい。


「さすがトモコたん。でもさ」


 酸っぱい先輩はぶよぶよの指をあっちの方角へ向けた。町の中心街、ちょうど不穏極まりない火の手がもうもうとあがっているあたりだ。

 確か、スクランブル交差点のとこじゃなかったか、あそこは。

 結構な爆発だったようで、暗い煙がごうごうと勢いよく空へのぼっている。


「あれ、放置してていいの?」

「放置っていわれても、私はもう魔法少女ちゃいますし」

「すっかりスレちゃったね」


 正直に返事しただけなのに、ずいぶんないわれようである。

 もちろん分かっている。伊達で魔法少女やってたわけじゃない。あの爆発からは、ここ最近まで感じることのなかった力──穢れた魔力が感じ取れる。

 つまり。

 絶対不幸魔王フィルクスみたいな魔人が、またやってきたってことだ。駆けつけたいのはやまやまだけど、私は今、一般人である。


「っていうか、私じゃなくて、現役ぴっちぴちの魔法少女ちゃんたちがいるやん」


 そう。眩しいくらい綺麗な魔力が複数。おそらく魔法少女たちだろう。なんか最近三人くらいで活躍してるって耳にした。

 ぶっちゃけずるい。

 私はソロで戦ったのである。いや、共闘した仲間はいたけど、結局私が全部の魔人をどつき回したのだ。

 おかげでフィルクスからは災厄とまでいわれていたのである。お前が災厄やっちゅうねん。


「でも、割りとピンチみたいだよ?」

「え?」


 酸っぱい先輩が見せてきたのはタブレットPCだ。画面一杯に中継映像がうつっている。誰かが動画配信しているようだが、元々の機材の画質が悪いのか、結構荒い。

 それなのに、魔法少女たちが苦戦しているのは明らかだった。


「……何やってんねん」


 空中に浮いている魔人は、余裕そのものだ。頭や肩から角を生やし、黒い体躯は筋骨隆々。闇を纏ったマントをひるがえし、高笑い。

 まさに悪役絶頂期。

 つまりあれがピーク。後はしばき倒して終わり。のはずなのに。

 魔法少女たちは手にした杖を振り回し、自分のカラーにあった色のビームを放つ。


「え、飛び道具ありなんかい」

「今は進んでるからねぇ、でゅふふふ」

「派手なエフェクトやなぁ」


 見た目の通り、威力もあるのだろうが、魔人には通用していない。全て弾かれている。それでも魔法少女たちは必死にバリエーション豊かな技を繰り出すが、結果は同じだ。

 極めつけは合体技。

 音割れを引き起こす轟音が響き、どよめきが巻き起こるが、爆煙はすぐにかき消された。姿を現した無傷の魔人が嘲笑う。

 絶望の表情を浮かべる魔法少女たち。


 いや、殴れや。


 魔法少女は肉体も強靭なそれに変化する。変身していたら、殴り飛ばされてビルの二つや三つくらい貫通させられてもちょっとした青痣やすり傷で済むのである。

 しかも、翌日どころか数時間後には元通りだ。

 肉弾戦を挑まない理由などない。

 イライラしていると、酸っぱい先輩は大きくため息をついた。


「時代だからね。派手に綺麗に勝つのが主流なんだよ、でゅふふ」

「なんやそれ。私はキックボクシングとかマーシャルアーツ習得するために道場通ったり山籠もりしたりしてたんやけど?」

「うんうん、そうだったねぇ。でも、今はそういうの流行らなくて。修行とかそういうの」

「意味不明なんやけど。だから軟弱になったんとちゃうの」


 冷たく切り捨てると、そうだね、としか返ってこなかった。


「特にあの魔法少女たちはそういうのが嫌いでね。今もほら、ツィッヒヒー投稿してる」

「は? え、いや何それどうやってんねん!」

「魔法少女たちの裏垢。魔法でネットにアクセスして投稿してるみたいだね」

「能力のムダ遣いにも程があるし余裕ありすぎやろ! なんなんツッコミ追い付かへん! っていうかあの子らの裏垢知ってるとか酸っぱい先輩マジ怖いんやけど!」

「ちょっと待って今酸っぱい先輩って聞こえたんだけど」

「あ、つい」


 しまった。漏れてしまった。

 おのれ魔法少女どもめ! 私の余裕なくすボ

ケかましすぎや!


「とにかく。トモコたん。魔法少女になって助けてきてあげてよ」

「え?」

「はい。変身アミュレット」


 手渡されたのは、懐かしいメリケンサックだった。ジュエルみたいにキラキラと赤く光っている。

 あの時のまま……──いやいや待って?


「なんでこれ持ってんの? え、いやまさか、あんた……みーちゃん!?」

「そうだよ。やっと気付いてくれて嬉しいよ、でゅふふふ」

「待ってどんな次元の壁を破ったら可愛い三毛猫の精霊がそんな酸っぱい先輩になるの?」

「憑依してるだけだよ。トモコたんが気掛かりだったからね。影から見守ってたんだ。でゅふふふ」


 色々とつっこみたい。けど、それらを我慢して、とりあえず一つだけ。


「その笑いやめて?」

「憑依した副作用で……と、とにかく。後輩を見捨てておけないんだ。頼むよ、助けてほしいんだ」

「……ああもう、しゃーないな。ちょっちあの子らにも、魔法少女がどーいうのんか、教えたらなあかんやろうし」


 私は首を軽く鳴らしてからメリケンサックをはめて正拳突きを繰り出して変身する!

 真っ赤な光のヴェールに全身を包まれ、私はOLの制服にフリルがついた感じの微妙な衣装に蝶仮面を装着……


「ってなんでやのん!」

「社会の荒波のせいでトモコたんがピュアな心がスレたせいだよ」

「何その仕様!」

『ふははは! その程度か魔法少女ども!』


 私のつっこみを遮って、罵声が響く。画面一杯に姿を見せたのは、もう一人の魔人……って、こいつ!?


「そう。トモコたんと共闘していた、爽やかガチムチラガーマンだよ」

「嘘やん、毛根ガバガバやん。っていうか何してんねん! なんで敵に!」

「その毛根ガバガバのせいで闇落ちしたんだ……」


 ええ。嘘ん。闇が深い。いや、でもあかんやろ。迷惑かけたらあかん。

 頭頂部以外は当時のまんまの彼をみて、私は決意した。

 廃工場の煙突に抱きつく。べぎっ! とへし折って肩に担いでから首を鳴らす。


「ほな、ちょっと目を覚まさせるために、しばきにいこか」


 話はそこからだ。

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