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アンドゥの勇者は封印できない


 公園の桜が今年はやけに早く咲いている。日中の暖かさのせいだろうが、夜はまだ冷えるっていうのに、ほぼ満開。

 だけど世間にとっては不都合のようだ。情報番組では、卒業式にも入学式にも被らない開花を憂う首都圏の声を集めて特集を組んでいた。


 桜の知ったことじゃないだろ。

 全く、人間は勝手だ。思い通りで都合のいい世の中が大好きなんだ。イレギュラーは淘汰とばかりに群れから弾かれる。


 自転車が軽快なリズムを刻む緩い坂道の途中に俺の家はある。俺は毎日、朝と夕方にその音を聞いて憂鬱になる。それに混じって聞こえる群れの騒々しい声が、頭の中に鈍くこだまを残す。


 そんな俺にも少しばかりは救いがある。

 夕飯どき、俺ん家の隣にある公園に街中の猫が集まる。所謂、猫集会だ。不登校になってから毎日、飯の後は部屋の窓からその様子をみている。

 小学校時代からだからもう十年目になる。名前を書けば受かる系の高校に合格したが行く気はゼロ。もう立派なプロだ。プロの不登校。そんでプロの猫集会監視員。


 ああ、俺はなんで猫じゃないんだろう。猫なら、学校なんかないのに。この目の色(オッドアイ)だって、猫なら。


 プロ監視員たる俺は双眼鏡を構える。

 五匹、六、七……人がいる? これくらいの時間になればいつもはもう誰もいないのに。誰かがいたら集会は行われない。はずなんだ。


 なぜ猫が平気で集まるのかを確かめたくなった。深夜以外は滅多に出ない玄関を出て、公園との境になっている生垣からそっと覗いてみる。


 そこには、小さな体を丸めて座る少女、いや幼女の姿があった。日が長くなってまだ明るいとはいえ、もう一人で子供が出歩いて良い時間じゃない。というか、幼稚園児くらいだ、真っ昼間だって一人じゃまずいだろ。親はどこだ? ここはまず保護して、いや待て。怪しまれて逆に通報されたりしたら……そうだ、母さんを呼んで来れば! いやでもその間に不審者が来ないとも限らないぞ、ううむ、どうしたもんか。


「ふにゅぅ、本当に知らぬのでりゅか? 困りましたでりゅねぇ」


 俺の心配や焦りをよそに、その幼女がここまで聞こえる声で大きなため息をついたのが聞こえた。まるで猫に話しかけているみたいだ。よく見ると猫集会キャンセルどころか、猫たちは幼女を中心とするように放射状にポジショニングしているじゃないか。どういう状況だ? しかも仮装パーティーか何かのコスプレなのか、季節外れのハロウィンみたいな恰好だ。紫色のひらひらしたドレスにデビルチックなコウモリ系の黒くてデカい翼。銀色の長い髪にはオレンジ色の小さな角が二つ。というかこの変な喋り方は? 聞き間違いか?


「反応はこの辺りなのに、近くに来るとわからなくなるなんて、本当に機械は信用できませんでりゅね」


 いや、聞き間違いじゃない。今はっきり言った。『でりゅ』って。

 今時の幼児向けアニメの真似かなにかか? 俺の知らないアニメがあるなんて、俺もまだまだだな……


「はぁぁ。ユーシャ様はいったいどこにおられるのでりゅか……」


 またもや大きなため息。って、俺を探してる? んーと、あんな親戚いたっけか? でもまあ俺ん家がわからなくて公園にいるってんなら、声掛けしない理由がない。


「あの、俺ん家、ここだけど、俺になんか用かな?」


 俺が声をかけた途端、蜘蛛の子を散らすように猫たちが解散した。

 と同時に。


「何者!?」


 幼女の周りの空気が凍りつくかと思うくらいに鋭い声が響いた。見た目の愛くるしさからは想像もつかない、凛とした、胆の据わった声だった。思わず、前に進めかけた足は半歩後ずさり、息をのんだ。不登校で猫のように丸まっていた背筋が否が応にもまっすぐ伸びる。


「あ、いや……その、勇者どこ、って言うんで、へへへ、エヘヘヘ……」


 予想外の迫力に変な笑いが出る。心底ヤバい、と思った。どうみてもまだ四、五歳くらいの女の子相手に、コワモテヤクザにスゴまれたみたいな恐怖を感じていた。チキンにも程があるだろ、俺。でも怖いもんは怖い。ヤクザにスゴまれたことなんかないけど。いや、もっと上の恐怖だ。それこそ、ホラー映画とかで味わうような、言い知れない怖さがあった。


「ユーシャ様をご存じなのでりゅか?」


 怪訝そうな口ぶりでにじり寄る幼女から、もう間合いをとる余力さえ残っていなかった。それなのに幼女の様子はいよいよ人外みを増して、その瞳は炎を映したように紅く光り輝き、全身に風を纏って砂塵が取り巻きだす。

 なんだよ、マジで普通じゃねえぞ、そのデカい翼とか角のコスプレ、まさか本物だっていうんじゃないだろうな。


 風の影響は辺りにも拡大して、桜の花吹雪が轟々と舞い始める。その中で幼女は銀色の髪を風を切って駆ける馬のたてがみのようにたなびかせ。


 おあつらえ向きの三日月をバックに浮いていた(・・・・・)


「俺が、勇者です、ここ、俺ん家。ちなみに安藤、なんですけど、その、親、戚とかじゃ、ないですよねぇへへへ……」

「なんと!」


 嗤いだした膝が落ちる前に自宅を指差し、忌まわしき自身のキラキラネームをなんとか言い切った俺に、砂埃まじりの桜の花びらが降り注ぐ。凄まじい風圧に、ギリギリのところで堪えていた体が崩れ落ちた。


「あぁ! あぁぁ! あなた様が、伝説の!」

「は?」


 一瞬だった。

 幼女は予想外の行動に出た。月光を遮るように黒い翼を大きく羽ばたかせ、一直線に俺の胸めがけて飛び込んできたのだ。


「おぼぅぁっ!」


 風圧込みの頭突きが見事に俺のみぞおちを直撃した。腹もヤバいが、その勢いで背中と後頭部を強く打ち付けたのがわかった。体に、痛みと認識しなければならないのに出来ない、妙な感覚が広がる。自分の電源が切れる、比喩でもなんでもなく、そう感じた。ちょ……俺、もしかして死ぬの?

 確かに生きてていい事なんて特にない人生だけれども、これ以上生きてても仕方ないのかもしれないけれども。

 でも死因が幼女の頭突きなんて、さすがに親に顔向け出来ない。死んだら顔向けとか関係ないのかもしれないけれども。


 意識が遠のく中で俺の目が最期に見たものは、鋭い眼差しから一変した、飼い主の帰りを喜ぶペットのような幼女の幼くも美しい笑顔だった。それは、もうこれで終わっていいやと俺に思わせるのに充分なもので、俺は思い残すことなく瞼の脱力を許し、永遠の暗闇を受け入れた――





「……シャ様、ユーシャ様」


 闇の中、天使の声がした。すぐそばに気配を感じ、その声に誘われるように俺は目を開けた。

 見たことのない風景。テレビや映画でしかお目にかかることのない、超高級ホテルみたいな洋室のふかふかベッドに俺はいた。大きな窓からはレインボー綿菓子みたいな雲や竜、虫の羽で飛ぶ妖精のような天使も見える。なるほど、ここが天国か。


「ユーシャ様! ご無事でなによりでりゅ!」

「無事……? 俺、生きてるの?」

「生きてますでりゅぅぅ! アンドゥのユーシャ様がこれしきで死ぬわけがないのでりゅ!」


 天国でも、天使でもなかった。俺の死因になるかもしれなかった張本人が、紅い瞳をウルウルさせてそこにいた。夢でも幻でもないとすれば、俺はどうやらラノベ的ファンタジーに取り込まれてしまったらしい。


 とてつもなく恐ろしい思いをしたが、幼女に害意がないのは明白で、恐怖はもう感じなかった。


「……なんか感極まってるとこ悪いんだけど、たぶん人違いだと思うよ? てか君、どなた? そんでここはどこ?」


 意外にも頭は冷静のようだ。テンパりすぎて冷静にならざるを得ないというのが正しいかもしれない。そのまあまあ冴えた頭で、山ほどある疑問の中から、直感的に誤解を招いていそうな事柄とすぐに確認すべき事項を素早くチョイスした。この人外幼女が泣くほど『俺』を探し求めていたとは到底思い難い。


「申し遅れましたのでりゅ! 我が名はシリュウ。ここはユーシャ様の世界とは別の世界でりゅ。王の命により、二千年前にトーカリュウを封印した伝説の! アンドゥのユーシャ様を探しておりましたのでりゅ。 人違いなんて御謙遜! 詳しいお話は後で、まずは謁見のご準備でりゅ」


 ああ、やっぱり。


「悪いね。俺は勇者だけどその勇者じゃないんだよ。名前は勇者だけど。だから封印とかマジ無理」

「えぇ!? それはどういう意味なのでりゅか?」


 理解していないのかそれとも理解を拒否しているのか、困惑の表情を浮かべるシリュウに対し、俺は若干の面倒くささを込めてさっきの口上を真似た。


「だから。我が名は勇者。こんな名前のせいで幼稚園から続いたいじめにより、九年前にランドセルを封印した筋金入りの、フトーコー様なんです俺は。アンドゥじゃなくて安藤ね。名字。ファミリーネーム。ドゥ、ユー、アンダスタンド?」

「つまり?」

「勇者探しは振り出し」

「のおぉぉおおぉぉ! ならば死ね! この世界を知られたからには生きて帰すわけにいかぬのでりゅ!」


 顔を真っ赤にして飛び掛かるシリュウを避けてベッドから飛び降りる。公園と違って室内だからか勢いはないのが幸いだった、が。


「はぁ!? ちょっ、待っ! 勝手に勘違いして連れ込んだのお前だろ!」

「問答無用っ! 紛らわしい名前が悪いのでりゅ! 覚悟!」


 シリュウの紅い眼光が鋭くなり、逃げ場のない俺はもう終いだと目を瞑った。

 その時。


「おやめなさい」

「セイリュウ!」


 おそるおそる目を開けると、煌めく青いドレス姿の美少女が、床まで届きそうな金色の髪を揺らして、にこやかに微笑みながらドアの前に立っていた。

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