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英雄の少年――OH計画における記録――

《本資料は人工英雄-オーバードヒューマンシリーズ(以下OHと記す)仮個体名ジークについての報告書である》






 俺は英雄だ。


 『魔物の巣となっている洞窟を制圧せよ』という任務を受け、居心地の悪い洞窟にいた。

 ウザったいほどに湿っぽいし、暗い。とっとと完遂して出てしまいたい。

 その上匂いもキツいときた。服も汚れているし、汚れと臭いが落ちなくなる前に見つけて殺して帰りたい。

 この服、お気に入りなんだよな。ちょっと動きにくいけど、全身真っ黒でカッコいいんだよ、フードも付いてるし。

 俺の髪の毛と一緒で真っ黒。肌色とは正反対。


 今すぐほっぽりだして帰りたい気持ちもあるけど、帰るわけには行かない。

 だって俺は英雄なのだから。


 だから、制圧するために巣の主である女王種クイーンを現在絶賛捜索中。魔物の巣において、女王種を倒すことは実質制圧に等しい。


 左手で首をイジる。そこには痒くて鬱陶しい首輪がついている。

 金属製のそれは、俺のサポート用という名目でつけられたが正直ウザい。

 アイツら、いつまでも俺のことをガキ扱いしやがって。俺ももう十二歳なんだぞ。それに、英雄なんだ。


《本機への指示および観察は首につけた観察術式より可能としている》


 耳に届くのは、いくつかの音だけ。

 ぴちょん、ぴちょん。天井の鍾乳石から水が滴り落ちてくる。

 そしてよく似た音が自分の手元からもする。右手に握った大刀「風鎌かれん」の切っ先から滴り落ちる音。ポトリ、ポトリといくらか低い音がしていた。

 石灰質の地面は結構硬いようで、歩くたびにザリッザリッと鳴る。 

 あと、カリカリと首を掻く音。やはり気になる。


 しかし、その行為もすぐにやめることとなる。


 今までの音を全て圧殺するような、鈍い音が響き始めた。

 音と同時に天井の水滴が一気に落ちる。


「やっとお出ましか。足音で起きちまったか? それとも」


 ビシッ、現れたソレに刀を向ける。独特の鉄の匂いが鼻を突く。


「お仲間の血の匂いに誘われたか?」


 低い唸り声、重々しい足音。ここまで戦ってきた魔物よりもひと回りもふた回りも大きな体躯。見上げなければその姿を捉えることができそうにない。間違いない、女王種だ。


 大きな頭がゆっくりと動き、双眸がぎょろりとと動く。

 しばらくして、しっかりと俺のことを捉えらたのだろう。向けられた鋭い視線は完全なる敵対意識だ。


 ドレイク、それがコイツにつけられた名前だ。一般の個体でさえ図体は俺の五倍は余裕であり、コイツに至っては七倍や八倍どころのさわぎではない。

 ドレイクは翼を持たない地竜の系統で、その中でも特に理性が薄い竜だ。

 竜にとって過剰な湿気は望ましくないのだが、この洞窟の気候を見る限りでも、こんなところに追いやられているこの竜の程度は知れる。

 だが、それは竜としての話。たとえ下位の竜だとて、相手が人であればそこに関係などなく、実際ドレイクと戦うのは正規の軍でも危うい。

 人間の天敵である魔物、その上位の竜の末席たる実力はある……というのが俺に知らされた情報。


 柄を握る手がじっとりと湿る。気候のせいにしたいが、そうじゃないのは俺が一番知ってる。

 緊張、あるいは恐怖か。そんな感情が湧き上がってきている。

 でも、俺は逃げるわけには行かない。なぜなら、英雄なのだから。


 すう、はあ。若干浅くなっていた息を整える。無理やり心を鎮める。そして、ドレイクを見る。

 集中する、刀を握る、集中する。


 やる。


 脚に力を込め、斜め前に跳躍する要領で弾き出る。

 左前足の横を通り過ぎると、握る手には、ちゃんと斬れた手応えが伝わってくる。

 耳障りな音が耳を突く。キイイインという音。そしてそれに被さるようにして聞こえてきたのはドレイクの悲鳴。


 ここまでの一連の流れ、普通の人間にこれをするのは無理がある。そんなものがなぜ俺にはできるかというと、英雄だからだ。

 そもそも、普通の人間はドレイクに傷を与えることすらできない。

 ドレイクの武器は鋼より硬いとされる鱗と、単純にして純粋な攻撃力だ。女王種ともなれば、更に磨きがかかる。なお、事前情報より抜粋。

 まあ、ちゃんと鱗ごと斬れたようで一安心だ。これなら戦える。


《本機に搭載した武器「風鎌」は高速で振動することにより空気の刃を生成 本来以上の切れ味を可能にしている》


 ドレイクはぎろりと睨みつけてきた。そして、傷ついた左前足を持ち上げる。

 ――ズドンッ!


 振り下ろされた攻撃に、俺は空中に逃げて対応した。しかし、鍾乳石がいくつか落ちる。それほどの衝撃が洞窟内を走った。

 ドレイクの足元は抉れている。マジかよ、怪我してる足でこの威力って!


 想定外のことにより気持ちの悪い汗が浮かぶ。

 さて、どうしたものか。咄嗟で空中に逃げたはいいが、ここからどうするかを考えていなかった。

 ちなみにだが、英雄なので跳躍力の方にも自信がある。


《脚部には関節部を可変化し跳躍時には逆関節化ならびに関節を折り畳み内部に配置したバネと合わせ高い跳躍能力の発揮に成功した》


 このまま跳べば、天井の鍾乳石ならたどり着くだろう。

 それにしても今の攻撃……。やはりドレイクは理性は薄いのか、自身がやりやすいように攻撃するようだ。よくも悪くも攻撃のときは攻撃のことしか考えてないように見受けられる。

 それは、女王種とて同じだった。


「アレで、行くか」


 鍾乳石に左手が届く。握る。

 俺はツバを飲み込み、左腕を頼りに体を振った。

 そして鍾乳石に足をかけ、砕く勢いで蹴り飛ばした。


 またも耳障りな音がする。まあ、俺にとっては慣れたものだが。


 刹那の後、ドレイクの背に傷が入る。浅くだが、しっかりと傷が。

 そのまま空中で身を翻し、壁を蹴って一撃。壁を蹴って一撃。一撃。

 バカでかい体格には小さい傷かもしれないが、ちゃんと攻撃は入っている。

 そして、ドレイクの攻撃は俺には届かない。


《以上の改造により本機は高機動戦を主軸とした英雄となっている》


 当然だ。俺は英雄なのだから。




 そしてしばらくの間、俺は攻撃を繰り返した。ドレイクは空中への攻撃にはあまり適さないらしく、俺が上にいる間は攻撃する素振りすら見せない。なんとか下にいる間に攻撃しようとしても当たらない。

 しかし、そんな中で風鎌が滑る。手から離れてしまったそれは空を舞い、天井に突き刺さる。


「ちっ……」


 俺は跳躍して刀の柄を手に取る。

 ついでにドレイクに向かって嘲笑する。残念だったな、攻撃のチャンスだったかもしれないが、翼のないお前にはこの場所は攻撃しづらかろう、と。


 だが、ドレイクはこれを好機ととったようだった。

 ドレイクが息を吸った。

 竜種特有の臓器である熱胞ねつほう。それを用いたブレス。ここまでで一度も見せてこなかった攻撃。

 つまり、正面範囲を焼くブレスならいくら俺でも躱せまい。そう踏んだのだろう。


 たしかに、躱せない。


 まあ、躱せないだけなんだが。


「バーカッ」


 俺は全力の蔑みを込めてそう言った。

 ドレイクがブレスを吐き出そうたした瞬間、俺は柄を握っていない左手を引いた。するとドレイクの顎門は勢いよく閉まり、行き場のなくなった熱がその口腔を焼く。


 混乱はしているだろう。しかしそれでも竜の意地か、はたまた女王種としての矜持か。ドレイクは探しているようだった。そして見つけたのだろう。俺の手の、洞窟に張り巡らされている、また自身の口を縛る、糸に。

 それだけではない。体も十分には動かないはずだ。


 ドレイクは気づいた。気づいたがもう遅い。

 俺は刀を引き抜いて、落下する。そしてドレイクの頭に乗り、その勢いのまま脳天に突き刺す。

 刃は鍔で止まるかと思いきや、キイイインと音を立てながら更にめり込む。


 そのうちドレイクはぷっつりと動きをやめ、体勢を崩す。

 倒れ始めたドレイクの頭から風太刀を引き抜き、飛び降りた。

 着地すると勢いよく刀身を振るい、血を飛ばす。

 鞘の鯉口に刀の先をあてがい、滑らせるようにして刀を左の腰に下げる。


「……クソッ、やっぱ外れねえか」


 戦いが終わったからか、また気になりだした。空いた右手で首輪をイジる。やはり嫌いだ。

 非常に息苦しい。首が締まっているわけではないが、とにかく息苦しい。


『ジーク、基地へ迅速に帰還せよ』


 突然声がした。首輪からだ。

 命令とともに作戦終了だとも伝える無機質な声。一瞬動揺こそしたが、俺は返事をした。

 ったく、いつも命令を聞いてるが、この声の主は誰なんだよ。

 今回だって、嫌だったのに受けてるし……ってあれ、なんで断らなかったんだ?

 ……ああ、英雄だからか。……英雄。本当に?


 こんな首輪をつけられてるのに? いや、これは英雄としての俺をサポートするための……、

 じゃあなんでみんな俺に冷たいんだ? いや、これも俺を成長させるためにわざと……、


 俺は心で復唱した。俺は、英雄なんだ。

 この命に意味があるかは知らないが、ただ求められるままに人に勝利と安寧を。


 復唱、復唱する。しかし、疑問を抱く。


《またOHにおける完全な先天型を諦め後天的に改造を行うことにより擬似的に英雄症候群発症者とすることに成功した》


 英雄として生まれ、白い部屋でほんの数人に囲まれて過ごし、

 英雄として育てられ、命を賭して魔物と戦うものだと教えられ、


《これにより指示次第では命を厭わない戦闘も可能である》


 俺は“英雄”……だよな?

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