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護り刀のひいじいちゃん

『みぃちゃん。アンタのひいじいちゃんはね、とっても、とぅっても、家族思いなの。だからね、怖いことがあったら「ひいじいちゃん助けて」って言ってごらん』


 ひいばあちゃんが、私の頭を撫でていつも言う。泣き虫な私に、お決まりのように。

 私が生まれて、すぐに死んでしまったひいじいちゃん。

 海緒(みお)だからみぃちゃん。ひいじいちゃんがつけてくれた、私の名前。


『いつだって、ひいじいちゃんはあんたを助けに来てくれる。可愛いアンタのためだもの、姿は見えないけどね、あそこに飾ってある刀でね、怖いって気持ちをぶった切ってくれるから』


 私のひいじいちゃん、寅吉(とらきち)はそりゃもう、剛毅な人だったらしい。

 寅年生まれだから寅吉なんだってひいばあちゃんはよく笑って言っていた。いっぱい話を聞かせてくれるから、ひいじいちゃんっていう人物を私はいつだって身近に感じていた。

 生まれてすぐに死んでしまったというから、記憶がないのは当然なんだけど……でも、ひいばあちゃんがいっぱい教えてくれたから私はひいじいちゃんが、大好きだ。


 そんな我が家の家宝は、ひいじいちゃんの形見の日本刀。

 ちゃんと毎朝手を合わせて、ひいじいちゃんが好きだったっていうお酒もお供えしてる。時々、ひいじいちゃんが好きだったっていうひよこ饅頭もね!


「じゃあ、ひいばあちゃんのこと、宜しくお願いします」

「はいはい、また来てあげてくださいね」


 すっかりボケちゃった感があるひいばあちゃんは、だいぶ前から養老院で暮らしている。

 会いに行くたび、私の頭を撫でてひいじいちゃんの話をしてくれる。

 ひいばあちゃんには、成人式迎えて何年も経っている私がいつまでも泣き虫な子供に見えているんだろうなと思う。

 でも、正直なところあんまり私自身、その頃と変わっていないのかもしれない。

 泣き虫で、意地っ張りで、ひいばあちゃんにいつまでもこうして甘えているんだから。

 子供の頃から、こうして私は愛され守られているんだって思うと、幸せだなぁっていつも思うんだ。


 でも、今日はなんだかおかしかった。

 すっかり遅くなっちゃった帰り道、私は足を竦ませる。


「なんで、変……こんな、霧おかしい」


 呟いた声まで吸い込まれてしまったように思えて、思わずぶるっと震えた。

 ここまで濃い霧がこんな時間に発生するなんて今まで一度も無かった。

 いつもだったら人がいる畑も、家も、うっすらぼんやりと輪郭があるかないか、その程度しかわからない。こんな霧、見たことがなかった。


 ぞわぞわと背筋が粟立つこの感じ、すごく嫌だ。

 直ぐにでも家に戻りたかった。

 だけど、こんな濃い霧の中で自転車をかっ飛ばしたら慣れている道でも危ないって事は子供でも分かる。

 コケて用水路に落ちたり田んぼに突っ込んだりでもしたら大惨事になりかねないと諦めて自転車を押して歩き始めるけど、……どうして誰にも会わないの?


(おかしい、いつもならこの辺に田中のおばちゃんが買い物に行くって、子供たちが帰るんだってきゃぁきゃぁはしゃいでて。……どうして、なんで、誰もいないの……?)


 今日は割と暖かい日だった。

 春だもの、そりゃまぁ肌寒いくらいはあるけど、そうよ……震える程は寒くないはずなのに、寒い。ぞわぞわ、ぞわぞわ、私は誰もいない中を歩くから、余計にそう思うんだって早く帰らなきゃって思った。

 変な臭いもするし、ただただ怖くてたまらなかった。


「ひぇ!?」


 かちゃん、と音が聞こえて私の足首に何かがひっかかる。

 それはひやりとしていて、ごつごつとしていて、まるで枝に引っかかったみたいで、変な声が出ちゃったって慌ててそれを取ろうと思って下を向いて。


 咄嗟に、足を、振り払った。


 自転車を捨てて走り出す。

 もう我が家とは目と鼻の先だ、そのはずだ。


 だって、だって。

 見間違いだ、ねえ、そうでしょ?

 だって、だって、骸骨が私の足首を掴んで、地面に這いつくばって、骨なのにニタリって笑って、後ろからケタケタケタケタ嗤う声が聞こえた気がする。

 へんよ、そうよ、おかしいわ。

 わたしはきっとつかれてるの。

 じゃあ、どうして逃げるの? そりゃ怖いからだ。


 まるで犬みたいに荒い息で走る。

 何かに躓いて転んで、それが人間だって気がついて、大丈夫かって聞こうとしてまた悲鳴になった。それも情けない声が出た。


「ひ、ひぃ……!」


 だって、それは田中のおばちゃんだった。

 その上に得体の知れない何かがいて、ああ、ああ、そうよなんだっけ、ひいばあちゃんが見せてくれた昔の絵の、変なのがおばちゃんを食べていた。

 そいつの口から指がはみ出てて、田中さんはぴくりともしなくて、ツゥンと血の匂いがして、霧が濃くて。


 立てない。

 怖い、気持ちが悪い。

 尻もちをついたまま後ずさる。


 これ、幻だよね? こんなのおかしいでしょ? 現実的じゃない。だってお化けなんていないんだよ、じゃあこれはなに? 私は何を見ているの、何を見て怖くなったの、どうして田中のおばちゃんは倒れて、食べられてるの?


 静かだと思ってたけど、霧の中から音が。

 かしゃんかしゃん、って変な音が。

 ギッギッギッって嗤うみたいな音が。

 くちゃりくちゃりと粘着質な音が。


 それらの全部が、私を、囲む。聞こえる。

 逃げなくちゃ。本能的に、そう思った。

 なんとか必死に立ち上がって、迫るものを蹴っ飛ばして、途中で転んだりよろめいたりして走り出す。

 訳が分からないまま掴まれそうになるのを振り払って、家に着いても鍵なんか出してる暇も無くて、縁側の方に逃げても追ってきた何かが、私のすぐ後ろにいる。


「ひいじいちゃんっ……」


 縁側に身を乗り出したところで、何かに足首が掴まれた。

 ああ、逃げられなかったのかと愕然とする。

 でも、でも、ねえ!


「ひいじいちゃん、助けて! 助けて……ッ!!」


 死んだ人間に助けを求めるなんてあり得ない。

 だけど、ひいじいちゃんがきっと助けてくれるよって、ずっと言われてきたそれが、私の口から飛び出ていた。


 その瞬間だった。

 私を嗤う声が急に途絶えた。そして、低い声が聞こえた。


「――……おんしら」


 それは、私の隣からだった。

 ゆるゆると見上げれば、そこには、写真でしか見た事のないひいじいちゃん。

 作務衣姿で肩にあの日本刀を担いで、とても怖い顔で私の後ろを睨んでいる。


「うちの可愛い曾孫に、何しちょる。……今、礼儀ってモンを教えちゃろう」


 私の足を掴んでいた骨みたいのを蹴り飛ばしたかと思うと肩に担いだ日本刀を鞘のままぶん回す。

 そうしたら、なんだかぐちゃって嫌な音が聞こえて、そのまま縁側からひょいって降りたひいじいちゃんが転がった何かを力いっぱい踏みつけて潰す音が聞こえた。


「おお、海緒、はやなんちゃーがないちや、遅ぅなって悪かった。ひいじいちゃんが守っちゃるき安心しろ。な?」


 にっかと笑ったひいじいちゃんが、私の頭をぽんぽんって軽く撫でる。

 全然状況がわからないし、怖いのに、でもひいじいちゃんが、大丈夫って言った。

 もう大丈夫だって言ってくれたから。もう大丈夫なんだって、安心できた。


 どうして死んだひいじいちゃんがここにいるのとか、あいつらはなんなのとか、色々わかんない事しかなくて、でも優しい手は本当にそこにあって、ひいじいちゃんがよしよしって、頑張ったなって何度も声を掛けてくれるから涙が出てきた。

 まるで子供みたいに甲高い声が出て、鼻水まで出ちゃって、でも本当に怖かったの。


「こ、こわ、怖かった、よお、ひいじいちゃん……!!」

「泣きな。おんしに泣かれるとわしはどうしたらえいかわからん」


 思わずわんわん泣いたらひいじいちゃんが本当に困った声を出すもんだから、それがおかしくて、でも涙が止まらなくて、嬉しくて、嬉しくて。

 だけどひいじいちゃんは私の頭を撫でていたかと思うと、持っていた刀を持ち直した。


「海緒、ちっくとじっとしていやー」

「え? ひいじいちゃん……?」


 ひいじいちゃんが、前を向いて睨みつける。

 そこには、見たこともないような……ううん、昔話とか、そういうので見たような、気持ち悪い連中がこっちをじぃっ……と、見ていた。

 思わず悲鳴をあげた私を宥めるようにひいじいちゃんがまた頭を撫でる。


「今こいつらくるめるから、ほいたらひいばあちゃんのところに行こうかや」

「ひ、ひいばあちゃん、とこ?」

「そうちゃ。あしの事をあいと女は覚えちゅうかぇ?」

「わ、忘れるわけないじゃん!」

「それなら嬉しいやか。会いに行かにゃぁいかん」

「……ひぃじいちゃん、あの、あいつら」

「海緒、あしは腹が空いたがやき何か作ってくれやーせんか」

「えっ?」

「こいつらはあしが相手をするき、料理でもして待っとおせ」


 私は、ひいじいちゃんの言葉に頷くしかできなかった。


 あいつらの前で仁王立ちをするひいじいちゃんは、笑っていた。

 刀片手にぺって唾を手につけるその姿は、さっきまでの優しい姿じゃない。

 すらぁって、鞘から刀が抜かれて、私は目を瞠る。

 だって、そこにはまるで刀に寄り添うように立つ軍服の人が一瞬見えた。

 そして私を見て、その人は笑っていた。

 

「それ、ほんなら行こうかぃ、相棒!」

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