恥辱と屈辱のTwilight.seven〈トライワイト・セブン〉
夜の帳が下りて、辺りが闇に包まれた時刻。
活気と賑やかさがあった日中の気配はなりを潜め、夜風の通り過ぎて草木の揺れる音と微かな虫の声が聴こえてくる。
「今日はありがとう」
その中に囁くように紡がれた声が通る。
ベッドに横たわるすぐ傍らに、僅かにも距離は離れていない、同じベッドに横たわる者からの声が。
「来てくれたのがあなたで良かった、仲良くやっていけそうだもの」
その透き通るような、凛とした女の声は親しげな声色。
そこに乗せてある感情は、親愛とか、友情とか、もしかしたら愛情かもしれない、ともかく好意を感じている者へ向けた声。
「……どうしたの? もう寝ちゃった?」
「……えと、いや」
「ゴメンね、もう眠い?」
「いや、大丈夫……だけど……」
体温すら感じられそうな程に近くに居る彼女は、こちらを気遣うように、とても優しげな気配を放っている。
そのくすぐったくなるような雰囲気にあてられて身動ぎをすれば、かするように肘や膝で彼女の身体の一部へと触れてしまって、更に落ち着きを失ってしまう。
だけど、彼女はそんな落ち着きの無い俺を不思議そうに見詰めるだけで、まるで気にした素振りは無い。
そんな彼女を見てしまえば、邪な思考を支配されて悶々としているのが罪悪のように思えてくる。
いや、事実として罪人のようなものなのか。
彼女にとって、この女性しか在籍していない“白獅子騎士団”の団員であるキャロルにとって、自分は警戒に値する存在だと思われていない。
非常に遺憾ながら初見で気に入られ、初日から「一緒に寝ましょ?」と誘われるぐらいには好かれてしまった。
断じて同衾では無い。ただの添い寝であるここ大事。
先に白状しておくなら、俺はれっきとした男性だ。
誰が何と言おうが性別は男性であり、きちんと女性に興味を持っている健全な精神の持ち主だ。
「クリス?」
言葉を詰まらせている俺へ呼びかけるキャロル。
クリスハイト・トールセイス。 それが俺の名前であり、齢十八歳の成人男性だ。
「変な娘ね、別に恥ずかしがる事ないのに」
「それは、その……」
「女の子同士だよ? 一緒に寝るのなんて普通だよ」
「……ソウデスネ」
重ねて告げよう、俺は男だ。
断じて女の子同士ではないのだ。
しかし、隣に寝そべる彼女、キャロルは俺を女だと思って信じて疑わない。
そして、間違いを正す事も俺には出来ない。
「……クリスの髪の毛、キメが細かくて羨ましいな、肌もすべすべだし」
キャロルがそんな事を呟きながら、俺の髪の毛を弄ったり、頬を指でなぞったりしてくる。
キャロルは羨望を込めたようなため息を吐きながら、俺の容姿を褒めているが嬉しくない。
触られて動悸が激しくなっているが決して嬉しくはない。
だって男として見られてないんだもの。虚しい。
「私もちゃんとお手入れしないとダメかな? 女の子らしい事、あんまりしてないし」
「………えと、十分キレイかなぁって」
「そうかな?」
実際キャロルはかなりの美貌と言って良い。
本人はあまり自覚が無いようだが、街を歩けば大抵の男はその姿に釘付けとなるだろう。
では、そのキャロルに羨ましがられる自分はと言うと、誠に遺憾ながら完璧に美少女である。
至近距離、それも肌が擦れ合う寸前まで接近した状態であろうと見抜けない程、俺は顔つきも体格も女の子だった。
ついでに言うと男として付いているべき物も現在は無くなってしまっている。悲しい、この状況で、なぜ一番必要な物が存在しないのか。
挙げ句の果てには同世代の、美少女と言って差し支えの無い人物に羨望されるとか、どうしてこうなった。
……まあ、原因というか命令のせいなのだが。
キャロルと一緒に寝ようとしている、この状況は正直恐ろしい。
だって、本当は男だと知れたら騎士団員全員参加による集団私刑だろう。
その上で虫や生ゴミを見る目付きを浴びせかけられつつ翌朝には憲兵へ突き出される筈だ。
実は男なんです。 と、告白する事によって性別偽装の変質者という汚名を負ってでもバラしてしまおうかと考えないでもなかったのは事実なのだが、やはりと言うかそれはする訳にはいかなかった。
では何故、俺を女だと信じて疑わない女の子と、仲良くベッドへ潜り込むような状況へと陥ったのかと言えば、その答えは主に俺が悲しみに暮れてしまう事情があるのだ。
この白獅子騎士団には、女性しか入団出来ない。
なら、女になれば良いよね、と俺の君主は言ったのだ。
お前にしか任せられない任務があるから、女の子になれと命令されて俺はここにいる。
◇◆◇
先日の話である。
「──王下百景【黄昏】クリスハイト、参上致しました!」
呼び出しに応じて王宮、陛下の執務室へと足を運んだ。
「来たかクリス、話をするから座ってくれ」
「ハッ」
「畏まらなくて良いぞ、他に誰も居ない」
「はぁ、ですが」
「幼馴染みなんだ、別に良いだろう?」
「……他の者に示しがつきませんよ、陛下」
ため息を吐きつつ陛下……つい先日十八歳になったばかりの若き王、エラリオ陛下が座るソファの対面へと座る。
陛下とは0歳児からの付き合いで、まあ、陛下の乳母が俺の母親だったという間柄、つまり産まれ付いての主従関係ってやつである。
半分兄弟のような関係で、陛下はやたらと俺に気安い。王とそれに従う騎士という間柄、正直あまりよろしい態度ではない。
現に今だって二人きりではなく、王下百景──陛下直属の特務騎士隊の先輩、陛下の直衛を任されている【暁】ドロテアが微動だにせず陛下の後ろに控えている。
俺は知っている、彼女は礼節にうるさいという事と、侍女服を着こなしていてそうは見えないが、王下百景序列第三位と団長、副団長の次に強い猛者である事を。
「さてと、クリスは先日、序列七位になったんだったか、最年少記録らしいじゃないか」
「陛下のコネを疑われてますけどね」
「だろうね、はっはっはっ」
正直、後が怖いので普通に畏まりたい。それをやるとこの陛下、とたんに機嫌が悪くなるので出来ないのだが。
「でだ、歴代最年少で序列上位にまで上り詰めた優秀な幼馴染みに任務を与える」
「……任務ですか、陛下が直接?」
「ああ、極秘故にな」
本来は団長を通して下を動かすものなのだが、こういった形での叙任は珍しい。今まで無かった訳では無いが。
「詳細についてはここに書いた。この場で読んで持ち出さずに燃やしてくれ」
「…………」
渡された書類を見る。確かに一歩間違えば国の存亡に関わる程の案件である。
王下百景が動くのは当然、しかも動きを察知されないように注意が必要と。
「陛下、ですが、適任は他に居ると思いますが、例えばそちらの【暁】などならなんの問題も無いと……」
「【暁】は私の直衛だから駄目だ、それに実力的にお前以下には任せられない」
「いや、そうは言ってもですね?」
「大丈夫、ちゃんと考えている……まずはこれを飲んで貰おうか」
「はい……?」
テーブルの上におかれる杯と、そこに注がれている謎のどぎついピンク色の液体。
見るからにヤバそうな雰囲気だが、これを飲めと?
「……陛下、あの、これは?」
「まあまあ、良いから、飲め。王命な?」
王命と来たよ。つまり拒否不可能。
「ちなみにこの謎の液体の効果は?」
飲むにしてもせめて、効果を事前に知りたい。どうせろくでもない効果の魔法薬なんだろうが。
「まあ良いか、それは『変化の秘薬』だ。さる高名な大賢者が、その生涯を賭けて造ったとされる伝説の性転換の薬だ」
やっぱりろくでもない薬だった。なんでそんなもん飲まなくちゃいけないのか。
「飲め。さもなくば処刑」
陛下の後ろのドロテア先輩が剣に手をかけた。うん、拒否したらすかさず俺の首が飛ぶな……。
「……くっ!! 任務後、ちゃんと戻れるんでしょうね!?」
「それは大丈夫、秘薬は二つあるから」
「約束ですよ、絶対終わったら元に戻りますからね、俺は女体になりたい願望とか持ってなかったんですから!」
「はっはっはっ、わかったから早く飲め」
最高ににやけた顔で急かす陛下。悦んでやがる。
「……ええいままよ! どうにでもなれ!」
そして俺は、覚悟を決め秘密を一気に飲み干した。
「えっ、ん? 痛っ、いででででででで!?」
瞬間、物理的に肉体が変化し始め、激痛と共に俺の鍛え上げた男の身体にお別れする事となった。
まさに男であることを忘れてしまいそうな痛みが主に股関を重点的に走り、俺は意識を朦朧とさせた。
「おお、思った以上に可憐だな! 良いぞクリスハイト、いや、クリスティナだな! はっはっは!」
そんな、腹立たしい声を聞きながら、俺はこれから始まる屈辱の日々を憂いつつ意識を無くし……。
「よしドロテア手筈通りにしろ!」
「御意に。ではクリス、失礼を」
「……」
「まずはこの男臭い服を全て脱がせましょうか……あら小ぶりですけど可愛らしいお胸」
「…………」
「野暮ったい髪を鋤いて、眉も整えましょうか。ついでに下も綺麗に整えましょうね」
「………………」
「下着はきちんと女性用のを準備しましたからね、男物の汚物は焼却しましょうか、うふふふふ」
「さ、これで美少女の出来上がり」
痛みで身動き取れない所を辱しめられた。
屈辱!!