僕の浮気相手はめめこさん
今日はまだ6月の中旬だというのに、まるで真夏のような暑さだ。
福岡空港から出た僕は、さんさんと頭上に輝く太陽をあおぎそう思った。
おかげでママにユニクロで買ってきてもらった、新品の990円のTシャツが汗でびしょびしょだ。
「アトピーがかゆい~、かゆいよぉ~、めめこ~背中叩いて~」
そう、あきのりは博多に浮気相手のめめこと会うために出向いたのだ。
「いやよ~汚い。粉がつくけん」
彼女は自分の丸い顎に垂れてきた汗を、ハンカチで拭いながらそう言った。
「そうそう、今日は私がご飯作っちゃるけん!楽しみにしとって!」
弾むような満面の笑みを浮かべながら、彼女は僕としゃべっている。
めめこは僕がなみと付き合っているということを知らない。
『罪悪感』はないかって?
そりゃあ全くないと言えば嘘になる。
だが皆が想像しているほどではないだろう。
なぜなら、僕は女の子が好きだからだ。
それ以上の理由もそれ以下の理由もない。
持って生まれた『持病』のようなものだ。
その夜はめめこの提案通り、めめこの自宅で手料理をいただくことになった。
メニューは、トンカツのようだ。
(ちっ!俺が欲しいのは豚の身体の肉じゃなくて、あんたの身体なんだよなぁ……)
あきのりは心の内ではそう思いながらも、1か月消費期限が切れた肉を使ったトンカツを「おいしい、おいしい!」と言いながら頬張った。
「そういえば、めめこって猫飼ってるんだよね?たしか名前はとろろだったっけ?」
「うん!見しぇちゃるけん、少し待っとって」
めめこはとろろがいる玄関にサンバするような足取りで向かった。
「なにこれ?とろろの脚になんかついとー。あきのり君がやったと?」
当然、僕はそんなことはしていない。
「いや?ちょっと貸してみ」
ただの紙切れが偶然、脚についたのだろうと思い、めめこからとろろを受け取りよく見ると、これは偶然などではない、明らかに何者かが故意につけたものだと分かった。
時代劇で果たし状などが、矢に結び付けられて飛んでくるシーンを見たことがあるだろうか。
まさに、あのような感じでとろろの脚にしっかりと結び付けられていた。
僕は、やや不審に思いながらも、ここは家の中である。
物語の中の出来事を現実で遭遇したワクワク感を残したまま、その紙をおもむろに開いた。
そのワクワク感は、『紙の中の文字』を見た瞬間、どこかに吹き飛んだ。
紙一面に血の文字で『銀河の果てからメテオに乗って室井あきのり参上!w銀河の果てからメテオに乗って室井あきのり参上!w銀河の果てからメテオに乗って室井あきのり参上!w銀河の果てからメテオに乗って室井あきのり参上!w銀河の果てからメテオに乗って室井あきのり参上!w』と殴りかかれていた。
「うわぁ、あ、あ、あ、あ、あぁ!!」
僕は思わず紙を投げ捨て、後ろにあった100均のごみ箱を壊すほどの勢いで腰を抜かし、床に座り込んだ。
2週間前の僕の部屋での『出来事』がなければ、こうは驚いていなかったはずだ。
めめこのイタズラなんだろうと、見た瞬間は高をくくっていたに違いない。
呼吸を整え、冷静さを取り戻すと、僕は黙り込んで考察を始めた。
この二つの出来事は同一人物の仕業に違いない……
僕のあのメールアドレスを知っているのは、両親と妹となみとめめこ。
ママとパパが僕の体たらくに嫌気がさしてこんな嫌がらせを?
いや、嫌気がさしているのは確かだが、こんな手段に出ることは絶対に考えられない。
それは妹も同じ。
じゃあ、やっぱりめめこがイタズラを?
いや、ないだろう。
今のめめこの反応を見ても、とても演技だとは思えない。
それに、めめこがそんなことをする人物だとは到底思えない……
それじゃあ……、やっぱり……。
僕は信じたくなかった。
大切な数少ない友人であり、恋人でもある彼女がこんなことをしていると。
「今夜は独りにしてくれ」
僕はめめこにそう言い残すと、むねむに2倍で請求しておいたレゴランドの入場料のあまりを使って、独り博多のカプセルホテルで寂しい夜を過ごした。
続く……