八話「臨機応変、それが大人の在り方」
「あの、この屋敷に、その、なにか……」
『…………』
みんな、見ている。自分がなにを言うかを。しかし次の一手が、なかなか決まらない。引き延ばすのも、そろそろ限界だ。決めなくては、身の振り方を。それも、出来るだけスマートに。
ままよ。
「私に……なにかお手伝いできることは、ないでしょうか?」
「ありますよ」
即答だった。それにお嬢様は無表情で、執事もまた、無表情だった。考えが読めないのも、竜苑寺は慣れたものだった。見えなければ、引き出せばいい。
「それは、どんなものですか?」
「本日の夕食を作るのを、お手伝いいただけませんか?」
「……え?」
「さあ」
と戸惑っているうちに、竜苑寺はメイドさんに手を掴まれ、引かれ、そのまま執事とお嬢様の脇をすり抜け部屋を出ていた。止める手も呼びかける声も、なぜか無かった。
そのまま竜苑寺はなすがまま、廊下を進んでいた。最高級のものだろうカーペットが敷かれ、等間隔に陶芸品が飾られ、天井にはシャンデリアが輝くそこは間違いなく大金持ちの定番だった。
疑問に思い、声をかける。
「あの、」
「はい、なんでしょう?」
「……いや、」
「あらあら」
言葉を留めた自分を、メイドは楽しげに笑う。なるほど、これは出来る婦女子のようだ。うちに欲しい人材だと考え、しかしそういえば青春模索中の身だったことを思い出し、こうして見目麗しい婦女子と手を取り合って駆けるというのも青春といえなくもないかと竜苑寺は思い直したりした。もう駆けてはいなかったが。
「それで、今日はなにを作る予定なのですかな?」
「ビーフシチューですわ」
「そうですか。それならば得意料理だ」
「そうですの? それは楽しみですわ」
「いや、ハハハ」
うむ、悪くないなと竜苑寺は会社を出て初めて自然と、笑っていた。
そして残されたお嬢様は部屋で執事とふたりになり、会話を始めた。
ほぼ、一方通行的に。
「ねえ、じい?」
「はい、なんでしょうお嬢様?」
お嬢様は別れた時と同じドアの傍に棒立ちで、執事は両手は後ろの直立不動でそれに応じていた。
完全なる主従の関係が、そこにはあった。
「じいは、オジちゃまのこと知ってるの?」
「いくつか商談を交わしたことはございますが、個人的な話は、あまり」
「へぇ……どんなひとなの? オジちゃまって?」
「……以前にもお話し致しましたが、お嬢様には"多少は"他人の言葉に耳を貸すという寛容さをお持ちいただけた方が――」
「どんなのなの? どんなのなの?」
執事は眉間を押さえ――いつものことだと自分に言い聞かせ、
「……はい。わたくしめが感じた限りでは、竜苑寺さまは真に実直にして、大変聡明であられまして、常に無駄のない行動を心掛けておられる、非常に気持ちのよいお方だったように覚えております」
「へぇ……よくわかんない」
「はぁ……申し訳ございません。でしたら簡単に言って、大変生真面目で爽やかな青年でした」
「木マジメ?」
「キの漢字が違います、生きる方です。大変――スんゴク一生懸命な、カッコいい男だったなと思います、ハイ……ハァ」
執事――御門三ツ石は再度眉間を押さえ、ため息を吐いた。一応こっそり、お嬢様の手前なわけだし。しかしこう、甘やかされた金持ちのひとり娘全開の彼女の相手は心底疲れると言うのも事実だったりした。
元々が三ツ石自身、こうなる前までは彼女の父である結橋暁成の右腕として八面六臂の活躍をしてきただけに、このような子供言葉を使うのは臆面なく言わせてもらえば屈辱の極みというのが本当だった。もちろんそんな本音、墓場まで持っていくという所存ではあったが。
「へー、カッコいいんだー」
しかしこの子――結橋神仔もかなりぶっ飛んだ子であると三ツ石は感じてはいた。だいたい名前に神が入ってる時点でかなりキテいるが、まぁ苗字に暁が入っている父の娘だし、それくらいはするかと御門で石な執事は感心の逆、つまりは――傍について二年間一度も動揺しているところを見たことが無いしなに考えてるかわからないというか多分なにも考えずにここまでキテるわけでまぁ、大物だわな的な意味の感想を、抱いていたり。
「まぁ、そうですね。実によく出来た青年か、と」
「ふーん、ほー、おー?」
「……お嬢様?」
頭沸いたか? みたいな日に2、3度は思わずにいられない失礼な疑問を、今日も三ツ石は抱いた。
それに神仔は頭を傾げて、
「へー?」
前触れなく駆け出し、三ツ石の背面の扉から廊下に出ていった。それに三ツ石は再度眉間を押さえてから、追いかける。また、お嬢様の気まぐれが始まったか……今日はどうなることか? 三ツ石の憂鬱は、今日も止まらないようだった。




