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六話「奇想天外、それも一興」

 それにこちらも愛想笑いと我ながらわけわからん挨拶を返し、そしてメイドさんはこちらに近づいてきた。それを竜苑寺は、ぼんやりと見つめる。メイド服とは、クラシカルなのかむしろ喫茶店的に新しいのかいやもはや古いのかなどとわけのわからん考察をしたり、煮られるのか? 焼かれるのか? などとこれからのことを考えたりしながら。

 メイドさんはベッドの脇までやってくると、竜苑寺の額にその冷たくて柔らかい掌をあてがい、

「熱は、下がったみたいですね」

「熱、あったんですか?」

「最初の頃はありましたね」

「まぁ、車に撥ね飛ばされてりゃそりゃありますよね」

「でもダンプカーに撥ねられて、よくその日の内に会話できますよね?」

「まぁ、鍛え方が違いますから」

「まあ、そうなんですか?」

 そんなどうでもいいやり取りを経て、メイドさんの冷たくて気持ちいい掌が離れる。竜苑寺は、なんだったら冷えピタでも貼ってくれないかなとか思ったりした。

 しかし、会社を離れて二日目に事故とは。

 まったく、たるんでいる証拠だった。会社のなかにこもっているだけでなく、もっと社会の荒波に晒されなければ。

「それで、怪我の状態はどんな感じなんです?」

「肋骨二本にヒビが入ってるだけで、あとは打ち身がある程度だそうですよ?」

「なるほど、なら明日には動けそうですね」

 メイドさんは、目を丸くした。よく見れば落ち着いた感じの顔立ちが整った、女優さんにでもなれそうなメイドさんだった。

「……本当ですか?」

「まぁ、予測では」

 動けないのはおそらくショック性のものだろうし。とりあえず一日は様子を見るとするが。しかしダンプカーもクラクションくらい鳴らせばいいものを、まぁこちらも本当にいきなり飛び出したものだから間に合わなかったのか?

 まぁいずれにせよと竜苑寺はメイドさんに、

「あの、」

「はい、なんでしょう?」

「寝てて、いいでしょうか?」

 メイドさんは、目を見開いた。こんな表情もギャップがあってあらかわいい。

「……本当ですか?」

「はい、本当ですが?」

 なにか引っ掛かる案件だっただろうか? と竜苑寺も目を丸くした。しかしメイドさんはしばらく呆気にとられたような感じのあと、

「――では、ごゆっくりお休みください」

 額に絞った濡れタオルを置き、一礼してしずしずと下がっていった。その姿を見送り、その姿がドアの向こうに消えたのを確認してから、竜苑寺は宣言通りまたも2秒で眠りに就いた。


 目が、覚めた。感覚から、おそらく睡眠時間は4,5時間と推測する。先ほどまでの時間と加味して、感覚的に総合睡眠時間は10時間強。いやはや僅か一日の間に睡眠時間が二ケタを越えるなど、いったいどれほどぶりのことだろうか。

 と一人物思いにふけって、竜苑寺は身体を起こす。辺りは、すっかり暗くなっていた。しかし窓からは月明かりが入ってきており、それは部屋のヨーロッパ的内装と相まって、とても幻想的な光景を作り出していた。

 それはまぁ、とりあえず置いておいて。

 手を、ぐーぱーしてみる。そして足をあげてみる。両方できたが、後者の方で微かに脇腹が痛んだ。だがまぁ、動くことに支障は無さそうだった。

 足を床に着け、立った。ほぼ丸一日ぶりの直立、なんだか感動的とも言えた。まぁそんな感慨にふけるのもほぼ一瞬のことだったが。この辺りが青春と縁遠い、歳食った甲ともいえる普段なら役に立つが今は邪魔なことこの上ない性分だった。

 さて、一日ぶりのリハビリがてらに、さっさとこの部屋を出るか。こんな恵まれ過ぎた環境では、青春のせの字も出そうにない。

 入口まで歩いていって、ドアノブを回した。予想通り、鍵がかかっていた。くるりと180度踵を返し、今度は窓という窓に手を掛けてみた。なるほど、戸締りは万全のようだった。というかこれ、俗に言う軟禁とかいうんじゃないか?

 なぜこうなった?

 私は、ただ遅れてやってきた思春期を、青春をめいっぱい謳歌したいだけなのだが?

 悩ましかった。竜苑寺は考え、とりあえず窓からの脱出を試みた。ドアからは人に見つかる可能性があるが、窓の外はベランダだ。そこから壁伝いに脱出する方が容易そうだった。屈んで確認すると、ここの窓は外から鍵を掛けるタイプのようだったから、この常備している十徳ナイフで丸く穴をあけ――

 ガチャ、とドアノブが回る音。

 振り返ると、あの13?15,6歳くらいだろう女の子が、メイドさんと年老いた執事風の男を引き連れて、扉から現れていた。そしてまっすぐ、こちらを見つめている。そりゃあ純心過ぎるぐらい純心な瞳で。竜苑寺も不意の出来事で咄嗟には反応できず、しばし見つめ合うハメになる。

「……やあ」

「オジちゃん、なにしてるの?」

「いや……ちょっと、夜月が綺麗だなぁ、と」


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