五十八話「「……………………あ」か」
「というか、もういる」
その一瞬だった。
その場にいる全員――仁、暁成、神仔に、執事やSPの方々までひとり残らず余すことなく、目を瞬いていた。
ただ、ひとり。
竜苑寺だけが、視線を真っ直ぐに――真右に、切っていた。
部屋の、隅。
そこに二人の男女が、立っていた。
仁は縋るように、声を出す。
「……お母、さん?」
「久しぶりね、仁さん?」
「……お父、さん?」
「久しぶりだな、仁」
それぞれが、違う呼びかけ。
仁は一歩を踏み出そう――として、それを留めた。
留めて、
「お久しぶりです、お二人とも」
父は以前――もう十三年も前に会った時と、なにも変わらない姿だった。
「あぁ、久しぶりだな仁。元気にやっていたか? 仕事は立派に、果たしているか?」
「はい、日々、一所懸命に与えられた業務をこなしています」
「そうか。ならば何を言うことは無い。精進しろ」
「はい」
「仁さん」
母は以前となにも――笑顔で、前で手を合わせるその姿で、静かに佇んでいた。
「お久しぶりです、お母さん」
「元気?」
「はい、元気です」
「楽しく過ごしてる?」
「はい、過ごさせていただいています」
「そう、良かったわね」
「はい、良かったです」
そして、終わった。
会話も。やり取りも。そして十三年振りになる親子の、邂逅も。
なにもかも。
だいたい12秒ほどの沈黙があっただろうか。
「じゃあ、帰ろうかお母さん」
「はい、お父さん」
そうして二人は、仁に背を向けた。
そして顔だけ振り返り、
「では、またな」
「お元気でね、仁さん」
真っ直ぐに外へと歩いていった。それに仁は言葉で答えることなく、ただ前に手を添え、深々と頭を下げることで応えていた。ずっと、顔を上げることはなく――
ガチャリ、という音。
ハッ、とした様子で仁は頭を上げる。
そこには既に誰も、いなかった。
堪えていた、つもりだった。
「……………………あ」
それを竜苑寺は、聞き逃さなかった。
「仁くん」
声をかけた途端、仁はしまったという顔をして、すぐに消した。それは若さゆえの拙さというか、そういうものが現れていて大変好みだったが、しかし今は早急とした問題があったから、そこはぐっと堪えた。
堪えて、声をかけた。
「どうだったかい、御両親との再開は?」
「大変有り難いものでした、本当に、ありがとうございました」
一瞬で振り返り、手早く深々と頭を下げ、いつもの調子で礼を綴った。そこに変わった様子は一見するだけなら、無かった。
だが竜苑寺は――身体を右方向に九十度に折り曲げ、下から、仁の顔を、無粋にも無遠慮にも、覗き込んでいた。
泣いていた。
「――ぅえ? ひっ、あ……な、なにを!?」
不意打ちというか錯乱気味に、平手打ちが襲ってきた。
0,2秒弱ほど迷って、竜苑寺はそれをあえて、受けた。
パァン、という小気味いい音。
振り切った体勢で、仁は再度あ、という顔をした。
ひっぱたかれた竜苑寺は、首を捻じった体勢で――自嘲していた。
「……いーい、ビンタだったよ」
あわてた。
「うわっ、わ、あの、その……ご、ごめんなさいっ!」
めいっぱい頭を下げる。そこからパラパラと、透き通った粒状のなにかが散らばった。
それを竜苑寺は両手で、受け止めた。
それは弾け、純粋な水分へと変化した。
涙という名前の。
「え……あの、あ、その?」
「泣きたくなるほど、どうだったのかな?」
怯え、戸惑う仁は、それに応える術はなかった。
「嬉しかった?」
ぶんぶんと、首を振った。
「哀しかった?」
ぶんぶんぶん、と首を振った。
「なんだかわけがわからなかった?」
ぶんぶんぶんぶん、と首を振った。それに竜苑寺は、確信を持った。
「そうか、わけがわからないか」
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん、と仁は首を振り続けた。その勢いは留まることは無かった。それに竜苑寺は、心地の良い想いを抱えていた。




