五十六話「青春とは…… あとは本編をごろうじろ」
あっけらかんとした口調が、まるで会長らしからぬといったところだった。
だがよくよく考えてみれば彼は最初から、そういう気負いというか偉高いところが一切なかったように思う。まるで少年が、そのまま大人に――というより、大人が子供の真似ごと――いやよくわからなかった、仁のキャパでは。
その理由を尋ねようとしたが、
「理路整然とした論理など、必要ない――というより、無用の長物なのだよ。そんなものがあったら、青春出来ないんだよ」
ピン、ときた。
自分と竜苑寺を隔てる、大きなソレ。
「青春とは、なんです?」
以前三ツ石にも、そして燕にも尋ね、遂にはその実態を掴むには至らなかった、答え。
それを直接、ぶつけた。ある種自分を、ぶつけてみた。
竜苑寺は――それはそれは嬉しそうに、両手を広げていた。
「青春とは、ただひとり、大海原に漕ぎ出す旅人のようなモノ」
目を瞑り、天を仰ぎ――それはそれは、"痛々しい"感じに。
「地図も無く、航海術も無く、コンパスすらも無く。ただひたすらに、その胸に情熱のみを抱いて。その先には艱難辛苦の限りが彼を待ち受けているだろう。雨も降るだろうし、雷も落ちるかもしれない。嵐だってくるだろうし、それにやられて船も転覆したり、最悪破壊されることもあるかもしれない。一見すればそれは無策であり、無茶であり、若さゆえの無謀と断ずられるものかもしれない。
だが!
パイオニアというモノは、すべて無策とさえ笑われるほどの武骨な積み重ねによるものからしか、結実はしないのだよ!!」
なにがスイッチか、いつもわからない。
だが自分の問いかけが、そうしたことは間違いなかった。
自分が竜苑寺グループの会長を、動かした。
「カップヌードルを生み出した安藤百副! Apple社を創設したスティーブジョブス! いつだってそうだ誰だってそうなんだ! 見本があるわけでも前例があるわけでも模範回答があるわけでもなんでもないんだよ! 教科書も公式も正解でさえ一切無い! そんな中でしか、限界ギリギリのもうこれ以上はないというところからしか、新しいモノというソレは生まれ出ないあいかん脱線したっ!」
その素晴らしく通る声で紡ぎ出される情熱的で饒舌なその物言いにすっかり聞き入っていた仁だったが、よくよく考えてそういえば青春の話から企業のパイオニアの英雄譚へと姿を変えていた、聞き応えは満点だったが。
「あ、そうですね……と、青春」
「ああそう青春だ! つまり、私が言いたいのは――」
「……自分の殻を、破れ」
思いついた言葉が、口をついていた。
竜苑寺はニンマリ、と口の形を歪めていた。
「やぶれ」
囁いていた。
「自分の身なりや立ち位置や財力やその他諸々一切何にも、考える必要など、ないのだよ」
ただひとり。
結橋財閥総帥結橋暁成様やその御息女神仔様に30人もの有能で選ばれし人材が首を揃える中、それら一切なんにもないただの十六の子娘である、自分に対して。
「キミは、若い。それはもう何度も言ったね? 若さは、武器だ。若ければ、それ故の未熟さとして許される。歳を重ねれば、家族を持てば、社会的地位になれば、社員の命運を握れば、よりリスクの無い方法を取らざるを得なくなる。失敗が、自分の問題だけに留まらない。他者の命運を、自分ひとりの勝手な判断で危険に晒すわけにはいかなくなる」
言いたいことが、理解として自分の脳に染み込んでいくような心地だった。




