四十八話「タマ(魂、命、転じて意地、『プライド』の意)の張り合い」
「ケダモノ、じゃないな……いやそんなことは、どうでもいい。俺がどんな人間かなんて、どうでもいい、あぁどうでもいい、そんなことより……俺はあんたと、差し向かいで話したいだけなんだよなァア?」
平然としている。ように見える。それはそうだ。百戦錬磨の結橋財閥の創始者であり、総帥だ。そりゃあ今までいくらでも、数え切れないほどの、比べようのないほどの圧倒的修羅場を経験し尽くしてきたのだろうから。
こんなもの、ちょっと強い雨が降ってきたくらいの――
その程度の――
「くっ、ぐっふっふっふふ……!」
「――笑っているのか? ケダモノが」
「怯えているのか? 神さまよ」
ザワザワ、と取り巻きたちが動揺する気配がした。視線を移したりはしない。そんな余分はいらない。
人間。
タマ(魂、命、転じて意地、『プライド』の意)張ってる時は、一対一だ。
暁成は微かに、眉をひそませやがった。
やっとな。
「……神さま、だと? 誰がだ? この、オレがか?」
笑おうとしたようだった、不敵に。いや事実としてそれは9割9分9厘成功したようだったが、既にほぼ獣と化して臨戦態勢が整っていた竜苑寺には、それはあからさま過ぎてあからさまなソレだった。
「そうだよ、あんたがだよ。だってあんたの娘の名前、神仔だろ? 神の子なんだろ? だったらその父親は、神さまだろ? 違うか?」
「怯えているだと? 誰がだ? この、オレがか?」
「違うか?」
「――貴様、」
形相が、変わった。
まるで、鬼だと思った。神は西洋の表現であり、東洋風に言えば仏といえるだろう。そして仏は鬼にも成り得る、と考えるのはあまりにご都合主義だろうか?
相手に、不足無し。
「あァ? どうしたよ? 図星突かれて赤っ恥か? 自分の欠点も認められないような奴に子育て出来んのか? ていうかそうか、子育てしてねぇっていうか出来ねぇからこそ放棄して飴もお菓子も玩具も与えてそれで親の義務果たしてるって――」
ドン、とマホガニーの机を拳の底でブッ叩いた。すげぇ音がした。部屋全体が揺れたような錯覚を起こした。黒服たちも驚愕と恐怖に目を見開いていた。さすがは体重おそらくは120キロを越えているだろう巨躯。パワーもまぁそれは半端じゃない、まるで野獣、てかこの場合は鬼が適切か?
「――図星突かれて、かい?」
「舐めるなよ、若造が」
「舐めてねぇよ、この鬼ジジィ」
暁成が、立ち上がった。
竜苑寺が、歩み寄った。
そして零距離で、190センチと2メートル超が額を擦り合わせ、睨み合う。
「鬼ジジィとは誰に向かって――」
「鬼ジジィは鬼ジジィだろうが子供のひとりがどんだけ寂しい想い抱えてでもお父さんのこと大好きだから文句ひとつ言えなくて一生懸命良い子を演じて頑張ってるって言うのにそれすら察せずそのうえで良い子だなんて言わせてるのはヒトの皮を被った鬼だそうだ間違いねぇてか他の誰が何と言おうが鬼だ俺が決めたァァアアアアあア!!」
炎吐く剣幕で、竜苑寺は一気に捲し立てた。
それに暁成は、僅かな時間、押し黙る。それは圧倒されたというよりも、出方を見ているように竜苑寺は取った。
そして――竜苑寺は、後ろを振り返った。
「な、嬢ちゃん?」
そして、ウインクした。
暁成は、一瞬訳がわからなかった。いや目の前に立つ長身痩躯で、しかし鍛え抜かれた筋肉を持つ男の言動は、まったく持って理解不能だった。
そしてトドメとばかりの、娘に対してのウインク。
12歳の娘に、色目でも使っているつもりなのか?
この、変態が――
「……わぁ」
暁成は我が目を、疑った。
なぜ我が、娘よ?
そんな風に、瞳を輝かせている?
「――神仔?」
「お兄ちゃん、スゴいんだね?」
お兄ちゃんという呼び方も確かに気になったが、それを咎めるより先に――
「お兄ちゃん、竜だからね?」
「ドラゴン?」
「そうだよ? 実は人間は、仮の姿なのだ」
「仮面ライダー?」
「どっちかっていうとウルトラマン的なナニかといって欲しいところだけど」
「ウルトラマン?」
「ウルトラマンが生き残れずイケメン若手俳優ばかり起用した仮面ライダーと戦隊モノが生き残っている現状を老兵は憂うばかりだよ」
「老兵ってお爺さん?」
「ゴメン間違えたお兄さんね」
「うんっ、お兄ちゃん」
「――なんの話をしている?」
その空気を読まないやり取りに、暁成は横やりを入れる。それに竜苑寺と神仔は、息を合わせたように同時に暁成に振り返る。
我が娘の色が、変わっていた。
やたらと、キラキラと。
そんな瞳は、見たことがなかった。
「なに? パパ?」
ついでに言えパパと呼ばれたことも、同様になかった。
暁成は目を、瞬かせた。
「――いま、訊いた通りだ。二度は云わんぞ?」
「今、話してた通りだよ? 2回は言わないよ?」




