四十七話「ドラゴンモード!!」
それにも神仔は、なんの反応も見せなかった。視線はうろんなまま。手はだらりと下げられたまま。
父親が。
肉親が近付いているというのに。
まるで視界に、誰も映っていないかのように。
「神仔?」
ゆっくりゆっくりと、暁成は神仔の目の前まで歩いた。そして上半身を屈め、身長差40センチを埋めて、我が子の顔を覗き込む。
「神仔?」
三度目の呼びかけに、神仔はようやく顔をあげた。
その瞳から、しかし残念ながら仁はなんの感情をすら、読み取ることは出来なかった。
神仔は真っ直ぐに、実の父親に視線を向けていた。
まるで、射るように。
と仁はなぜか感じた。
「なに? おとーさん?」
「神仔は、良い子だね?」
「うん、かな良い子だよ?」
「お父さんのいうこと、良く聞くもんね?」
「うん、良く聞くよ」
「お父さんのこと、大好きかい?」
「おとーさんのこと、大好きっ」
「――で、なにか問題あるか?」
横に向けられたその真顔に、竜苑寺は初めてその表情に――嫌悪感のようなものを、露わにしていた。
「本気か? それは?」
その想いは、傍で成り行きを見ていただけの仁も、同様だった。
暁成はあくまで、平静だった。
「なにがだ? 神仔は、オレの娘は良い子で、オレのいうことを良く聞いて、オレのことが大好きだという。それのどこに問題があるとお前は言っているんだ?」
狂人。
ヒトの皮を被った、化け物。
様々な単語が、脳裏をよぎった。普通じゃない。異常者。頭がおかしい。おかしくないと成功者にはなれない。どれもこれも的を得てはいると思う。だがどれも、言葉が足りてはいないと思う。
"コレ"は、自分が把握できる範疇を逸脱している代物だった。自分など、場違いもいいところだった。こんな所でここでこうしていても、なにをもたらすことが出来ないことは火を見るよりも明らかだった。
気持ち悪い、とさえ正直思った。一瞬雇い主であることさえ、忘れて。
こんな人間が、現実に、そして自分が関わることが可能な範囲の現実世界に、存在するだなんて。
「――ふぅ、ヤレヤレ」
軽く目を、疑った。
そんな異常光景を前にして、竜苑寺は目を閉じ肩を竦めていた。
悠々と。
泰然と。
ぶっちゃけいえば、余裕こいてた。
「なんだその態度は、若造?」
明らかにイライラしている暁成に対して、竜苑寺はどんどん――ある種普段通りに、戻っていった。
こんな緊迫した。
ある意味では敵地ともいえる状況で。
一触即発の、この時に。
「いやー……だって、ねぇ? 肩の一つも竦めたくだってなるってもんでしょ? だって、本当、その……くだらないっていうか? アホらしいっていうか、バカバカしいっていうか? そういえばアホらしいとバカバカしいの違いって、なんかあるんですかね? まぁ理屈としては語源的な意味合いもありますが、しかしそれが現実世界として正しい用法を――」
「アホらしい、だと?」
いきり立ってくる立場が、入れ替わっていた。
目を、疑った。
あの悠々自適で余裕しゃくしゃくな態度を決して崩さなかったあの超大物暁成が、青筋を立てている。
「どういう、つもりだ? アホらしいと言ったのか? 今の話を? フザけているのか? 舐めているのか? 貴様が言い出した、訊きだした話だろうが? それが、アホ――」
「アホらしいからアホらしいと言ってナニが悪いッ!?」
凄まじいほどの、声量だった。
それはどれほど凄まじかったかというと、音が形を持って全身に叩きつけられたと仁が勘違いするほど、それはそういうレベルの代物だった。
あまりの衝撃に、一瞬なにもかも忘れて息をすることさえ、忘れていた。
そして数瞬後。それに耳を押さえ顔をしかめ目さえ閉じている取り巻きの男たちと――眉ひとつ動かしておらず泰然としている暁成と、真っ直ぐ在り方を変えていない神仔と――獣のように歯を剥き出しに、前傾し、血走った眼で相手を睨みつける怪物を、見つけた。
一瞬仁は、ドラゴンがいると思った。
ギシギシ、と歯ぎしりする音が聞こえる。そのあとパックリと、口を開ける。喉の奥から、温かい吐息が零れる。指を、鉤爪状に曲げる。そして上体を屈め、膝をタメ込み、今にも飛びかからんばかりの格好をする。
臨戦体勢。
凶暴な、笑みを作り出す。
「ハァ~……あ"ァー……あア?」
「――ケダモノか、単なる」
パッと見ただけでは、暁成のそこに変哲らしい変哲は見て取れなかった。
竜苑寺の怒鳴り声も、変貌も、なんの影響も与えているようには見えなかった。
しかし文字通りドラゴンと化したその相貌には、ハッキリと視えていた。微かな顔色の変化や、出ていた汗とか、僅かな震えだとか、そういう諸々の要素から導き出される、洞察力から。
動揺、していると。




