四十六話「うちはうち、よそはよそ……は俺流じゃあねぇんだなぁ」
つまらなそうに尋ねる暁成に、竜苑寺はニカッ、と笑って見せた。
その笑顔は、仁に口を押さえて驚かせるだけの衝撃を充分に持ち合わせていた。
暁成はそれに、机のうえに乗せている両足を、組む。
「どういうことか、事の経緯を聞かせてもらえるかな?」
「あんなとこ閉じ込めて、社会勉強も集団生活もなしに過ごしてりゃまともな人間に育たんでしょう?」
「簡潔な物言いだな。で? オレが、子供とSPにまともな人間性を求めると?」
「求めんでしょうなぁ」
「だったらひとの家庭事情と社員の教育方針にはとやかく言わんでもらおうか」
「そういうわけにも、いきませんなぁ」
そこで初めて竜苑寺はズイっ、と前に出た。両手はポケットに突っ込んだまま。
暁成の眉が、微かに上がる。
「――じゃあ、どういうわけにいくんだ?」
その展開に、暁成の周りの男たちも眉をしかめていた。不穏な空気が広がる。それは自分ですら含めているものだった。ただのひとり、一緒についてきたお嬢様だけはその胸中は窺い知れなかったが。
その中を、竜の男は平然と歩いていく。
「オレが、決めたんだ。この二人は、良い子だ。いやそりゃ親間違ったんじゃねぇかってくらいにね。だから然るべき環境に置いてやることにする。まともな、ひととして必要な――青春を、全う出来る環境にな」
「くっ!」
そこで暁成は、身体を沈み込ませて、笑った。というより、ツボに入り過ぎて声さえ出せない様子だった。当然といえば、予想できたといえばその通りな反応。
ふと、竜苑寺に視線を転じてみた。
意外にも、不満そうな顔をしていた。
「……なにか、おかしいですかね?」
「だいぶな……くっ、くく。いやはや竜苑寺グループというのも、潰れるのも時間の問題だろうな」
「――舐めんなよ、このクソ親父が」
空気が、凍てついたのを実感した。
誰も、言葉を発せない――いや元々この二人のやり取りに口を挟めるような立場の人間も言葉も無かったが、しかしそんな理屈など関係なく。
一触即発という言葉の意味を、初めて実感していた。
「……どういう意味か、竜苑寺グループの会長よ? 返答いかんでは、この先グループ間の関係が――」
「よーく見ろってんだよ、自分の娘の姿を、よ」
そう、暁成の言葉には取り合わず――ここまで一度たりとも言葉はおろか一切の動きを見せず、まるで本物の座敷わらしにでもなったかのようになっていた神仔の肩を押し、前に出していた。
少し、つんのめるようになった。竜苑寺はどう見ても大した力は入れているようには見えなかったのに。
その瞳に――光は、見えなかった。
もっと現実的に言うのなら、意思の力が見て取れなかった。
「いつも見ている。オレの可愛いひとり娘だ。お前のような独身で自由奔放好き勝手に青春だとかのたまっているガキに、色々言われたくは無いな」
「29でガキとは恐縮の至りだが」
そこでなぜか竜苑寺はニヤリと不敵に笑い、
「これであんたは、本当に見てると言えんのか?」
ただただ、神仔の両肩を支えるだけだった。
なにをするでもない。ただ後ろから、彼女の身体を支えるだけ。まるで病人にそうするように。それに仁含め、その場にいる全員が怪訝そうに眉をひそめる。意図が、わからない。
それは父であり問いかけられている暁成も、同様だった。
「……なんだ、それは? なにかトンチでも仕掛けて、オレの動揺を誘おうとかいう作戦か?」
「あんたには、娘はどう映っているんだい?」
意外だった。
竜苑寺は、必死だった。今までのような余裕や、そして怒りや、理屈がなりを潜めている。その代わりのように、取り繕っていない真剣で真摯な瞳が暁成の姿を捉えていた。そこに打算や計算は一切見て取れなかった。
なぜだかそれは、仁の胸を打った。
「……どういう、意味だ?」
「よーく見てやれよ、自分の娘だろ?」
「見ていると言っているだろうが。お前は、なにを――」
「今の、ここにいて、親が他人と言い争ってるのを聞いて、それが滅茶苦茶自分の境遇と将来に関係することだってのを聞いてて、それでも黙って、なんのリアクションも起こそうとしねぇ自分の娘をどう思うかって聞いてんだよ」
別に竜苑寺は叫んでいたわけではなかった。強い言葉で罵ったわけでもなかった。
ただ言葉遣いだけが、酷かった。
ただ視線だけが、熱かった。
「――神仔?」
暁成が、組んでいた足を下ろした。そして両腕も解き、マホガニーの机を回り込み、
一歩、
一歩と、
神仔に向かって、歩み寄ってきた。
「――――」




