四十三話「亀の甲よりジジイだね☆」
「権利、ですか?」
「そう。あなたに我々が所属する結橋家財閥擁する有能なSPである荒川仁女史と、総裁のひとり娘であられる結橋神仔様の人生を左右する、権利が?」
「こんなとこで閉じ込められて社会勉強も集団生活もなしに過ごしていたら、まともな人間に育ちませんよ」
「あなたのように?」
「私のように」
磨く部位が、レンズ部から縁へと移行する。
「――話は戻りますが、でしたら如何様に?」
「また、攫ってもいいんですがね?」
「暁成様にご連絡いたしましょうか?」
「一度彼とは、じっくりと話し合う必要があるでしょうね」
そこで三ツ石は、磨き終わったメガネを掛け直し、立ち上がり、机を回り込んで、竜苑寺の前に立つ。
「――なにを狙っている、小僧?」
「小僧じゃねぇよクソジジィ」
眼光鋭く、睨みつける。
眉根を寄せ、歯を剥き出す。
それは剥き出しの、戦闘開始を意味した。
身長差15センチの、年寄りが下から、アラサーが上から睨みあう。
「……暁成様を、彼、だと? 小僧貴様、身の程をわかっておるのか? 暁成様は齢19には現財閥の前身である結橋商会を立ち上げ、ただひとりの御身で東奔西走し、有能な人材を集め、育て上げ、そして――」
「まるでウィキペディアのコピペだな」
「! ……小僧」
「小僧じゃねえよ。じゃあ俺がしてきた実績っていうのも、わかってんだろ?」
「……フン、貴様と暁成様では比ぶるまでもない」
「言ってくれる……」
「が、その功績は認めんでもない」
「ツンデレかよ、このジジィ」
ニヤ、と竜苑寺は笑う。
それに三ツ石も、口の端を歪める。
「……なんだその、ツンデレというのは?」
「現実しか見てない骨董品にゃわからん単語さ。もっと世の中のこと勉強しな」
「くっ……くっく、似ている」
「――似ている?」
そこでふと、竜苑寺は言葉の応酬を止めた。
それに三ツ石も、今度こそ愉快そうに笑う。
「く、くっく……似ている。お前は暁成様に、よく似ている。不敵で、不遜で、無鉄砲で、誰にも従わず、屈さず、ただ己の道をひとりいく。くっく、よく似ている……私が仕えさせていただいた頃の暁成様に、それはよく似ておるわ」
「じゃあ話も合うかもな」
「合わんだろう」
竜苑寺は、微かにしかめっ面を作る。
「……なんでだ?」
「異質は他と違うからこそであり、異質同士が交わることは決してないだろう」
「なーるほどね。さすがは年の甲、ってわけか」
そして沈黙が訪れる。それは長いものではなかった。時間にしてみれば、ほんの数秒ほど。それがもたらす意味を、お互いが理解していた。
だから唐突に背中を向けた竜苑寺に、三ツ石は淀みなく声をかけることが出来た。
「どこへ行く?」
「なぜ訊くのですか?」
もう口調は、元に戻っていた。
だが三ツ石は、戻さない。
「……まさか、暁成様のところか?」
「なぜですか?」
質問を重ねても無意味だとも取れる、言葉の重複。
それが逆に、三ツ石の疑惑を煽った。
「…………まさか、本気でお嬢様と荒川を拉致するつもりじゃあるまいな?」
「なぜですか?」
その笑みに、百戦錬磨――とまではいかないが経験豊富で勝ち星はうち8割は越えているちょっとした漢の領域にまで至っている三ツ石は、直感した。
「――なるほど、そうか、確かに、合理的だ」
竜苑寺の、顔色が変わる。
「理解したのか? 今ので」
口調まで、元の木阿弥。
三ツ石はそれに、してやったりと相好を崩す。
「……舐めるなよ? 小僧」
ハッ、とした顔をする竜苑寺を、しかしすぐさま信用するほど三ツ石は純粋でもない。
そのうえで、
「……なぜそこまでする?」
事ここに至って純粋な疑問を、ぶつけていた。
ここまでのやり取りは、あくまで結橋家の執事長としての在り方だった。不利益をもたらそうとする不届き者に対する詰問に他ならなかった。
だが今のは、三ツ石個人としてのそれだった。
竜苑寺は語る。
「理由が、必要ですかな?」
その口調もまた、今までのどれとも違う毛色をしていた。今したように威圧するわけでもなく、この屋敷でしていたように綺麗に並べ立てるわけでもなく――ただ、そんな気がした。
理屈ではなく、直感的に。
そんな経験、かなり希少なことだった。
「無いかもな」
思わず、釣られていた。
楽しげに、愉しげに、竜苑寺は嗤う。
「なら、いいじゃないですか?」
「そんな単純なものか」
「そうですか?」
「現実を見ろ。現実は、どこまでいっても冷酷で、誰にでも平等に不可能と可能を分配するものなのだ」
「現実見ないから、青春というのでは?」
「合理主義者だと理解していたが?」
「そんなものは無価値だと理解してしまったのでね」
「無価値、か?」
「感動が少ない」




