四十二話「いつでも祭りの終わりは、寂しいことよ」
竜苑寺は、廊下を歩いていた。それは煌びやかな廊下だった。隅から隅まで掃除が行き届き、埃ひとつ落ちていやしない。そしてワックスがかけられ、ピカピカ。足元を見ると微かに自分の姿が映っていた。そして立ち並ぶ調度品の数々に、名画がびっしりと壁という壁を覆い尽している。窓の外には手入れのいき届いた見事な庭師の業が光る。
まるで中世の城に迷い込んだ気分だな、と竜苑寺は笑った。
こんななんでも整えられた環境で完璧なスケジュールを送れば、まともな人間なら間違いなく不具合を起こすなと。
「……ハハ」
そしてポケットに手を突っ込んで、廊下を進み続けた。ミケランジェロ、ダヴィンチ、ゴッホにモネ、ピカソの描く荘厳かつ美麗一部理解不能でこう言っては愛好家に怒られそうだが落ち着かない絵たちに囲まれながら、目的地を目指す。既にまとっている執事服は、自分流に着崩していた。襟を緩め、ジャケットは羽織るだけにし、シャツのボタンは上下ふたつづつ外して裾も出し、頭もくしゃくしゃにして。
もう茶番は、終わりの時間だった。
そして竜苑寺は、目的の部屋の扉を開いた。
ノックも、なしに。
「……なにかご用ですか? 竜苑寺様」
そこに――暗い、というか明度を調整された照明の中で、まるで本棚の森のように密閉された空間で、山のように積まれた資料の中を、マホガニーの机にかじりつき、淡々と作業を続けるその部屋の主がいた。
間違いなく、それは執事長三ツ石だった。
それに竜苑寺は、快活に手を挙げる。
「やあ、三ツ石殿。ご機嫌麗しゅう?」
「――あまり、よろしくはございませんな」
「あら? それは如何にしてでしょうか?」
「あなたが、次から次に問題を持ってきていただけるからですが?」
「おぉ、それは恐悦至極」
頭を抱え、振り乱すその様に、さすがに三ツ石は眉をひそめる。
「……どういうことでしょうか、竜苑寺様?」
「今日限りで、お暇を頂きます」
スタスタと部屋を横切り、そしてマホガニーの机のうえに音も無く一枚の紙を乗せた。
見るまでも無いそれを、三ツ石はすれ違いざまのように机の中に引きとった。
作業の手を止め、ペンを置き、ため息をひとつ吐き、そしてようやく三ツ石は竜苑寺の目を見た。
そこには不信や不安や濃い疲労や――諦めのような感情が、浮いていた。
「ハァ――なにが、どういうことなのでしょうか?」
「私が付き合えるのは、ここまでです。残念ながら、私には使命があります。申し訳ないが、いつまでも執事をやっているわけにはいかないのです」
「……いつまでもと申されましても、竜苑寺様が執事をなされたのは本日一日のみですが?」
「時は有限ですよ?」
「……それで、ここを辞められるとして、次はどこでなにをなされる予定なのでしょうか?」
「学校に入って、やり直してみようかなーと」
ガタンっ、と三ツ石が椅子を鳴らした。
そしてゆっくりと、椅子の位置を直して体勢を立て直して、身体を起こして、再度竜苑寺と目線を合わせて、
「……お考えを、改められたのですか?」
「はい、あのふたりを」
ガタガタっ、と今度は本当に三ツ石は椅子からずり落ちた。それを竜苑寺は腕を組んで、悠然と眺めていた。その前で三ツ石はメガネを直しながら息も絶え絶えに立ちあがり、
「…………どういうことですか? あの二人とは、まさか……SPの荒川と、お嬢様のこととでも仰るつもりでは――」
「さすがですね御門さん、歳の甲」
ぐっ、と親指を突き出す笑顔の竜苑寺。それに三ツ石は今度は両手で頭を抱えて、
「――――なにを考えていらっしゃる?」
「あのふたり、まだ間に合いますから、私が責任もって青春を嫌というほど味あわせてやろうかと」
「どこで?」
「皇武舎総合学園で」
もちろん知っていた。小・中・高・大学までの一貫教育がなされるその巨大学園は生徒数が三千人とも四千人とも云われていた。一貫教育ゆえ有名大学への登竜門にこそならないがその偏差値の高さや志の貴さから信頼度や人気は凄まじく、あらゆる有名優良企業から人材のオファーが絶えないという。
「そこに、ふたりを?」
「はい」
「竜苑寺様は?」
「たまに様子見に来ますよ」
「……御冗談でしょう?」
「超本気ですが?」
三ツ石はみたび頭を抱え、かぶりを振り、そして疲れ切った様子でメガネを外し、それを懐から取り出した布巾で拭きつつ、
「……竜苑寺様、あなたにそのような権利がおありでしょうか?」




